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教会内部での審議
そこには、幾人もの高位聖職者が集まっていた。
長い机の上には、幾通もの報告書が並べられている。
小国における冷害の状況、かの領地にに流入した難民の数、教会が関与する救助活動の記録。
そして、南部の開拓地に関する報告書。
最後に、第三王子が保有するという、阿片の加工技術についての報告。
議場には、重い沈黙が落ちていた。
やがて、一人の司教が口を開く。
「……つまり、彼らは我々に、第三王子を国王として支持せよと求めているのですか」
「正確には、そうではない」
向かいに座る枢機卿が答えた。
「大国として、第三王子の王位継承を支持することを望んでいる。教会には、その正当性を与えてほしいのだろう」
「正当性を与える?」
別の司教が眉をひそめた。
「現国王は存命です。しかも、一度は王位を失ったとはいえ、すでに復権しています。王冠を戴いた者を、今度は我々が退けるというのですか」
その言葉に、室内の空気がわずかに重くなった。
王の権威は、単なる世俗の権力ではない。
王は神から権威を与えられた者であり、教会はその秩序を認め、支える立場にある。
一度王位を認めた者を、都合が悪くなったからと別の王子に取り替える。
それを許せば、教会自身が王権を選別する存在になってしまう。
「それに、第三王子は第三王子だ」
年老いた大司教が静かに言った。
「長子ではない。王位継承の順位も低い。彼を王にするならば、何を根拠とする?」
「能力です」
若い司教が答えた。
「能力?」
「はい」
若い司教は、机上の報告書へ視線を落とした。
「冷害によって民が飢え、各国には難民が溢れました。その状況で、第三王子は救助を行いました。自らの領地だけではなく、国境を越えて流入した者たちまで受け入れ、食糧を確保し、教会と協力して救済を続けています」
「それは、第三王子としての慈悲なのでは」
「慈悲だけではありません。大聖堂の建設も進めています」
若い司教は続けた。
その言葉に、数人の聖職者が顔を上げた。
大聖堂、それは単なる一つの教会ではない。
信仰の中心であり、巡礼者を集め、職人を集め、商人を集め、やがてその土地そのものを変える。
何より、第三王子が教会のために莫大な資金と土地を差し出すという意思の表れでもある。
「大聖堂の建設費は、相当な額になるな」
一人の司教が言った。
「ええ。そして、第三王子が王となれば、その寄進はさらに増える可能性があります」
若い司教は答えた。
その瞬間、室内に短い沈黙が落ちた。
誰もが、その意味を理解していた。
王となった第三王子は、現在の立場では持ち得ない財産と権限を手にする。
新たな土地、新たな税収、新たな王領、そして、教会への寄進。
「……教会が利益を求めて王を選ぶのか」
低い声が響いた。
「そのような言い方は慎みなさい」
「しかし、事実でないのか?」
反対派の司教は、報告書を指先で叩いた。
「阿片の加工技術。難民の救済。大聖堂の建設。すべて、第三王子の価値を示すものだ。しかし、それは同時に、彼が王となれば教会にも利益があるという話でもある」
若い司教は口を開いた。
「……利益を得ることが、直ちに罪になるわけではありません。しかし、神の名を使って世俗の利益を得るならば、それは別の話です」
その言葉に、誰も反論しなかった。
教会は、世俗の権力から完全に離れているわけではない。
土地を持ち、財産を持ち、裁判権を持ち、王侯貴族から寄進を受ける。
教会もまた、この世界の一部だった。
だからこそ、聖職者たちは慎重になる。
第三王子を支持すれば、教会にとって大きな利益となる。
だが、それだけを理由に王を選べば、神の名を政治の道具にしたことになる。
「では、第二王子はどうなのか?」
別の司教が口を開いた。
反対派の司教が顔を上げる。
「王位簒奪を企てた、王を倒し、王冠を奪おうとし、そして失敗した」
「ええ」
若い司教は静かに答えた。
「しかし、第三王子はその第二王子を殺さなかった」
議場の空気が変わった。
「王位を奪おうとした者を、処刑しなかったのです」
「処刑できなかっただけでは?」
「ならば、なぜ内戦にならなかったのですか?」
別の声が返った。
「なぜ、王都が血に染まらなかった? なぜ、王軍と諸侯が大規模に衝突せず、国王は復権できた?」
誰もすぐには答えなかった。
第三王子は、王位を奪うこともできたはずだった。
第二王子によって、王家は大きく揺らぎ、国王もまた、以前のような権威を保ってはいなかった。
それでも第三王子は、自ら王冠を奪わなかった。
王を復権させ、反乱者を裁き、王国を血で覆うことなく事態を終わらせた。
若い司教が言った。
「彼は王になることを望んでいない、という報告もあります」
「……望んでいない?」
「少なくとも、王位を得るために動いているようには見えないです」
若い司教は、静かに続けた。
「それでも、民は彼のもとへ集まっています。諸侯も、商人も、教会も、彼の能力を無視できなくなっています」
「それは危険だ」
反対派の司教が言った。
「本人が望んでいない王位ほど、危険なものはない。王冠を求める者ならば、王になるために何をするか予測できる。しかし、王になりたくない者が王になった場合、彼は王冠そのものを必要としない」
「だからこそ、私たちは彼を支持できるのでは?」
「それは詭弁だ」
「いいえ」
若い司教は、静かに首を振った。
「王とは、王冠を欲する者である必要はないのではありませんか?」
議場が静まり返る。
「王とは、民を守る者ではないのですか」
その言葉は、あまりにも単純だった。
だからこそ、重かった。
王位継承順位、血筋、長子相続。
それらは王国の秩序を守るために必要なものだ。
しかし、王国がすでに崩れかけているならば。
「王位継承の秩序を壊すことになる」
老大司教が言った。
「第三王子を支持すれば、次の時代から、王子たちはこう考えるだろう。『自分が有能であれば、王位を奪ってよい』と」
「しかし、彼は王位を奪っていません。結果として、王位を得るのです。ならば、その違いを明確にすればよいのです」
若い司教が答えた。
「彼が王位を奪ったのではなく、国が彼を必要としたのだと」
その言葉に、反対派の司教は黙り込んだ。
「危険な考えだ」
やがて、彼はそう呟いた。
「ええ。ですが、国がすでに危険な状態にあるのです」
若い司教は認めた。
第三王子が王となれば、その技術は一人の領主のものではなく、小国全体のものとなる。
そして、その小国と大国との関係を考えれば、教会にも新たな影響力が生まれる。
彼は、王となる能力をすでに示している。
問題は、彼が王になる資格を持つかどうかではない。
王になるべきかどうか。
そして、その判断を教会が下してよいのかどうかだった。
長い議論の末、会議は最終段階に入った。
大司教が立ち上がる。
「我々は、王位継承の順位を否定するのではない」
その言葉に、全員が耳を傾けた。
「血統を軽んじるのでもない。王権を我々の都合で動かすのでもない」
大司教は、ゆっくりと十字架へ目を向けた。
「しかし、神が人を王として立てる時、その御心が必ずしも人の定めた順序と一致するとは限らない」
反対派の司教が口を開く。
「……もし、第三王子を支持した結果、王国がさらに乱れれば?」
大司教はしばらく沈黙した。
そして、静かに答えた。
「その時は、神の裁きが下るだろう」
誰も口を挟まなかった。
「我々が決めるのは、神の御心そのものではない」
大司教は続けた。
「我々が決めるのは、誰が神の前で王としてふさわしいかを、我々の知る限りにおいて判断することだけだ」
それは、教会にとって都合のよい逃げ道でもあった。
教会の決定は、こうして下された。
第三王子を、王位にふさわしい候補として支持する。
ただし、それは「王位を奪え」という命令ではない。
「神の御前で、最も多くの民を救い、最も深く王国を支える者が誰であるかを見極めよ」という判断だった。
そして教会は、その判断に一つの逃げ道を残した。
もし、何かが起こったなら。
もし、第三王子が王となった後に国が乱れたなら。
もし、彼が神の御心に背いたなら。
その時は、また判断すればいい。
なぜなら、教会にとって最も重要なのは、第三王子ではなかった。
王冠でもなかった。
神の意思こそが、最上だった。
そして、人の判断が誤っていたのなら。
その誤りを裁くのもまた、神の意思なのだから。
数日後、大国の外交官は再び教皇庁へ招かれた。
前回と同じ一室で、枢機卿は静かに告げる。
「教皇庁は決定いたしました」
外交官は姿勢を正す。
「我らは、あの御方が神の教えを最も忠実に実践していると考えております」
飢えた者へ食を与え、病める者を救い、得た富を己ではなく民へ還元する。
「神の教えを実践する者が国を導くならば、より多くの命が救われるでしょう」
外交官は一通の文書を差し出した。
「阿片事業による利益の寄進は、これまでどおり継続されます。その履行は我が国が保証いたします」
枢機卿は文書を受け取り、静かに頷く。
「ならば教会も、神の御心に従いましょう」
二人は立ち上がり、固く握手を交わした。




