204
私は、エリシア王女に尋ねた。
「領地を守ってくれたことへの礼として、何か望みはあるか」
エリシア王女は、すぐには答えなかった。
しばしの沈黙の後、彼女はゆっくりと私を見つめた。
「……望み、ですか」
「ああ。領地でも、屋敷でもいい。あなたが望むものを」
王女自身のために、相応のものを与えるべきだと思っていた。
しかし、エリシア王女はしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「レオンハルト殿下が、お決めくださるのなら……それが一番です」
……一番、判断に迷う答えだ。
領地が欲しいと言われれば、話は早い。
どれほどの規模なら妥当か。どの土地を与えるか。どの程度の権利を認めるか。
考えるべきことは多いが、判断の基準は明確だ。
しかし、「殿下がお決めください」と言われると、そうはいかない。
これは、私の判断そのものが問われている。
私は顔には出さず、考えた。
領地を与えることはできる。
しかし、彼女に領地を与えれば、それは単なる褒賞ではない。
彼女の故郷との繋がりを、領地という形でこの国に残すことになる。
それは悪いことではない。
むしろ、エリシア王女の立場を強くするという意味では、非常に有効だ。
けれども、私は別のものを思い浮かべた。
建設中の大聖堂。
主祭壇を中心に、その周囲にはいくつもの礼拝堂が設けられる予定になっている。
その一つを、エリシア王女のためにする。
この国に嫁いだ一人の王女が、決して故郷から切り離されたわけではないと示すために。
同時に、それはエリシア王女の両親に対する、明確な返礼にもなる。
娘を守るために兵を送り、その兵たちがこの国で役目を果たした。
その功績を、領地という形ではなく。
この国で、永遠に残る場所として報いる。
私は、ゆっくりと口を開いた。
「では、私が決めよう」
エリシア王女は、静かに頷いた。
「大聖堂に、あなたのための礼拝堂を造る」
エリシア王女の表情が、わずかに変わった。
「……私のための、礼拝堂ですか?」
「ああ」
私は続けた。
「場所は、主祭壇に近い場所がいい。大聖堂の中でも、最も日当たりの良い場所を選ぶ」
エリシア王女は、黙って私の言葉を聞いていた。
「礼拝堂の名には、あなたの名を冠する。入り口にも、祭壇にも、あなたの名を刻む」
そして、最後に。
「それから、あなたの故郷の紋章も刻もう」
エリシア王女の瞳が、わずかに揺れた。
「……故郷の、紋章を」
「ああ」
私は頷いた。
「あなたは、この国の王子である私の妻だ。だが、それ以前に、あなたはあなたの両親の娘であり、あなたの国の王女でもある」
エリシア王女は、じっと私を見ていた。
「だから、その礼拝堂には、あなたの名とともに、あなたの故郷の紋章を残す」
それは、単なる褒賞ではない。
領地のように、誰かの手に渡ることもない。
屋敷のように、時代が変われば失われることもない。
大聖堂がそこにある限り。
その礼拝堂は、エリシア王女のために存在し続ける。
そして、彼女の故郷の紋章もまた、そこに残り続ける。
「……これで、よいだろうか」
そう尋ねると、エリシア王女はゆっくりと微笑んだ。
「……両親も、さぞかし喜びます」
その笑顔を見て。
私は、これでよかったのだと思った。
エリシア王女視点
エリシア王女は微笑みながらも、胸の奥では大きく心が震えていた。
大聖堂に礼拝堂を寄進するだけでも、莫大な費用が必要となる。まして、その礼拝堂に一人の人間の名を冠し、その名を入口や祭壇へ刻むとなれば、それは並の寄進では決して許されない。
それほどのものを、レオンハルト殿下は、自分のために用意しようとしている。
それは単なる褒賞ではなかった。
王女として生まれ、この国へ嫁いだ自分を、どちらの国からも切り離さないという約束。
両親の名誉を称え、一族の栄誉を後世へ伝える贈り物。
けれど、それ以上に胸を打ったのは、レオンハルト殿下が、自分を「政略結婚で迎えた妃」としてではなく、一人の妻として大切に思ってくれていることだった。
この礼拝堂は、自分がこの国で生きた証となる。
それは、「あなたはこの国の家族だ」と、言葉よりも深く語りかける贈り物だった。
……殿下は、そこまで私のことを考えてくださっていたのですね。
胸の奥が熱くなり、思わず涙が込み上げそうになる。
この方の妻になれて、本当に良かった。
けれど王女として、その涙を人前で見せるわけにはいかなかった。
「……両親も、さぞかし喜びます」
その一言に、溢れそうになった感謝と、夫への想いのすべてを込めた。




