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私は、マルクの部下への報奨について考えていた。
彼は、私の影武者を務めた。
私の姿をして人前に立つということは、私の代わりに危険を引き受けるということだ。相応の報奨を与えるべきだった。
金銭、爵位、領地、いくつか考えたが、どれもしっくりこない。
そんな時、マルクから彼の実家が王都にあると聞いた。
ならば、私は王都での仕事を任せればいいと思った。
ただし、単なる里帰りではない。
先日、ある事件で捕らえた者の中に、王都の有力貴族の元から逃げてきた者がいた。
その身柄をどうするか。
王都側に引き渡すのか、こちらで裁くのか。罰金や没収財産をどう扱うのか。
領地ごとに裁判権や慣習が異なる以上、交渉が必要になる。
相手は王都の有力貴族だ、簡単な仕事ではない。
私は、マルクの部下を呼び出した。
改めて向かい合って見る。
なるほど、言われてみれば、確かによく似ている。
だからこそ、彼は影武者を務められたのだろう。
もっとも、その事実を知る者はごく僅かしかいない。
私は机の上に置かれた一枚の肖像画へ目を向けた。
随分昔に、婚姻用に作らせてあった、私の正式な肖像である。
この時代の肖像画は、本人そっくりに描くためのものではない。
王家の紋章とともに、そこに描かれた人物が正統な王族であることを示す、公的な証だった。
「報奨について考えた」
彼の目に、期待が浮かんだ。
「影武者という役目は危険を伴った。金一封と危険手当は出す」
彼は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「それとは別に、君にしか任せられない仕事がある」
「私に、ですか?」
私は肖像画を手に取った。
「先日の事件で捕らえた者の中に、王都の有力貴族のもとから逃げてきた者がいる」
彼の表情が、少しずつ固まっていく。
「その身柄引き渡しについて、王都で交渉してもらいたい」
「……私が、ですか?」
彼の目から、期待の光が消えた。
「ああ。これを持って行くように」
私は肖像画を差し出した。
彼は不思議そうな顔で受け取る。
「殿下のお姿、ですか?」
「王都では、私の代理として交渉してもらう。その肖像は、君が正当に私から権限を与えられた使者であることを示す証になる」
「……なるほど」
「相手は王都の有力貴族だ。一か月ほど腰を据えて交渉することになるだろう」
「……一ヶ月」
「ああ。ただし、交渉の合間は実家で休んで構わん」
彼の顔が、わずかに上がった。
「実家で……?」
「王都にあるのだろう?」
「はい」
「往復の路銀も、王都での滞在費もこちらで出す」
彼は、黙った。
「もちろん、遊びに帰るわけではない。重要な司法交渉を任されて、王都へ派遣されるのだ。実家にも、そう伝えて構わん」
私は、真顔で続けた。
彼は、報奨と聞いた時には期待に満ちた目をしていた。
しかし、その内容が積み重なるにつれ、目はどんよりと濁っていった。
「……殿下」
「なんだ」
「これは……報奨、なのですか?」
「ああ。十分に重要な仕事だ」
私は、迷いなく答えた。
彼は、黙り込んだ。
その時、隣にいたマルクが口を開いた。
「誇れますよ。とても」
彼の部下が、ゆっくりとマルクを見る。
「レオンハルト殿下から、王都の有力貴族を相手にする交渉を任されたのですから。しかも殿下ご自身から、肖像画付きで」
彼の部下の目が、わずかに輝いた。
「……そう、ですか」
マルクは頷いた。
「実家の者に、胸を張って言えるでしょう」
彼の目が、今度こそ輝いた。
「……行って参ります!」
私は、マルクを見た。
「これでよかったのか?」
「はい」
マルクは即答した。
「彼にとっては、最高の報奨でしょう」
「そうか」
「何より、私の胃痛の原因を一つ、部下に引き受けてもらえます」
「……お前は黙っていろ」
マルクの部下視点
僕は、レオンハルト殿下から重要な仕事を任された。
すぐに実家へ手紙を書く。
王都へ派遣されること。
殿下の代理として、有力貴族との司法交渉を任されたこと。
そして、その証として殿下の肖像画を預かったこと。
かなり丁寧に書いた。
それなのに、実家へ帰ると家族は妙な顔をした。
「……本当に帰ってきたの?」
「手紙に書いたよね?」
父は苦笑した。
「冗談かと思った。てっきり殿下のお側を辞めたのかと」
「辞めてない!」
僕が事情を説明すると、家族の表情が一変した。
「殿下の代理として?」
「うん」
「王都の有力貴族と交渉を?」
「そう」
僕は荷から肖像画を取り出した。
父は息をのみ、額縁の王家の紋章を見ると、慎重に受け取った。
「……殿下ご自身から預かったのか」
「うん」
父は静かに頷いた。
「ならば、お前は殿下のお役に立ったのだろう。理由は聞かん。王家には口にできぬこともある。だが、それほど信頼されたということだけは分かる」
母は肖像画と僕を見比べた。
「こうして見ると、不思議ね。目元が少し似ている気もするわ」
僕は思わず苦笑した。
すると父は、肖像画と僕の顔を何度か見比べた。
そして、静かに首を振る。
「……いや。似ている、というほどではないな。殿下のほうが、ずっと王族らしいお顔をされている」
「父さん……」
少し傷ついたように聞こえたのか、父は慌てて続けた。
「いや、悪い意味ではない。そもそも、殿下と同じである必要などないのだ」
父は肖像画を見つめた。
「お前は、お前だ。殿下が信頼して、お前に仕事を任された。そのことの方が、よほど大切なことだ」
僕は黙って父を見た。
「……影武者など、お前には務まらんだろうしな」
「え?」
父は当然のように言う。
「お前は昔から、緊張すると顔に出る。隠し事も苦手だ。殿下のお姿で人前に立つなど、無理に決まっている」
僕は思わず吹き出した。
……父さん、本当は、できたんだよ。
誰にも気づかれないように、殿下の代わりを務めたんだ。
けれど。そう言われると、不思議と嬉しかった。
父にとって僕は、殿下の代わりではない。
ただの僕なのだ。
父は笑った。
「肖像画は本人そっくりに描くものではない。王家の威厳を示すためのものだ。それでも、そう見えてしまうものなのだろう」
僕は曖昧に笑った。
本当の理由は誰にも話せない。
それでいいのだと思った。
父はすぐに表情を引き締める。
「この肖像画は書斎へしまおう。鍵を掛け、交渉の日まで誰にも触らせるな」
母も頷いた。
「汚してしまっては大変ですもの」
家族全員が慎重に包み直す姿を見て、僕は少し可笑しくなった。
その日から家族は、親戚や知人に僕のことを誇らしげに話し始めた。
第三王子殿下の代理として、王都の有力貴族との交渉を任されたこと。
その噂はすぐに広まり、昔の知人や貴族の使者まで我が家を訪れるようになった。
金貨を山ほど貰ったわけでもない。
爵位や領地を授かったわけでもない。
それでも、家族の笑顔を見ていると、この報奨も悪くないと思えた。
もう二度と影武者は務めたくない。
あれは、僕のような人間が引き受ける仕事ではない。
やはり、人には身の丈に合った役目というものがある。
それでも。
家族の笑顔を見ることができた。
故郷で胸を張ることもできた。
リディア様のお側で働くこともできた。
そう考えると、悪い話ではなかった。
レオンハルト殿下らしい、不思議な報奨だった。




