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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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第三王子がエリシア王女と正式に婚姻を結んだという知らせが、第一王子のもとにも届いた。

第一王子は、寝台へ深く身を沈める。

まだ身体は本調子ではない。

だが、胸に去来したのは痛みではなく、城に戻った翌日、弟の第三王子が訪ねてきた時のことだった。

扉が静かに開く。

侍従が第一王子に声を掛けようとしたが、第三王子は小さく首を振った。

「そのままで、良いですよ」

穏やかな声だった。

第一王子は枕からわずかに顔を上げる。

「相談出来ませんでしたが、エリシア王女と婚姻を結んだ事を報告しにきました」

その言葉に、一瞬だけ息を呑む。

婚姻、それも隣国の王女。

本来なら、王家の命運を左右する重大事だった。

第一王子は、しばらく第三王子を見つめる。

そして、掠れた声で問い掛けた。

「……では、王位を望むのか」

弟ほどの功績があれば、誰も止められない。

自分は幽閉され、父王も権力を奪われていた。

もし弟がその気なら、誰一人として異を唱えられなかっただろう。だが、返ってきた答えは、あまりにも静かだった。

「……いいえ」

迷いのない一言だった。

第三王子は、ゆっくりと言葉を続ける。

「私が望むのは、静かな領地経営だけです。温泉療養地を育て、医学を発展させる。それが私の役目です」

少し、言葉が途切れる。

「そして……エリシア王女と穏やかに暮らせれば、それで十分です」

第一王子は目を閉じた。

目の前の弟は、王冠ではなく、人の命を救う道を選んでいる。

それでも、その力は王冠を軽く上回ってしまっていた。

諸侯が放っておくはずがない。

第一王子はゆっくりと息を吐く。

「……ならば、お前の婚姻、私は認める」

第三王子が顔を上げる。

「温泉療養地も、お前の領地も、誰にも触れさせん」

弟は静かに頭を下げた。

「ありがとうございます」

やがて第三王子は一礼し、病室を後にする。

扉が静かに閉まる。

一人になった第一王子は、天井を見上げ、小さく苦笑した。

「守る、とは約束したが……」

かすかな笑みは、すぐに苦いものへと変わる。

「かなり厳しいだろうな……」



そんな第一王子の元に、国王が見舞いに訪れた。

部屋へ入ってきた国王は、以前よりも幾分やつれて見えた。

反乱の後始末、冷害への対応、そして、王国の立て直し。そのすべてが、一人の王の肩へとのしかかっていた。

「調子はどうだ……?」

「順調です」

第一王子が答えると、国王は安堵したように小さく頷いた。しかし、その表情は晴れない。

しばらく沈黙が続いた後、国王は静かに口を開いた。

「……少しだけ、聞いて欲しい」

第一王子は黙って頷く。

国王は窓の外へ目を向けた。

「レオンハルトは、この国を救ってくれた。反乱を鎮めただけではない、冷害を乗り越える仕組みまで残していった」

国王は一度言葉を切り、深く息を吐く。

「私は……あの事件で、一人の息子を裁いた。王である以上、逃れることのできぬ裁きだった」

その声には、父としての痛みが滲んでいた。

「二度と、兄弟が剣を交えるような国にしてはならん。そして、二度と父が我が子を裁くような悲劇を繰り返してはならん」

国王は静かに続ける。

「だからこそ、レオンハルトが残したものは、何としても守らねばならない」

国王は遠い目をした。

「隣国の王女との婚姻も、その一つだ。あの婚姻がなければ、疲弊した我が国は、いつ隣国に攻め込まれてもおかしくなかった」

第一王子は静かに耳を傾ける。

国王はゆっくりと第一王子へ向き直った。

「お前が王となる日が来ても、必ず守り続けてくれ」

国王は静かに息を吸う。

「私は王として、それを守り抜く。これは、私自身の誓いだ。覚えておいて欲しい」

その言葉は、誰かに聞かせるためではなかった。

自ら口にすることで、その誓いから決して逃げないためのもの。

第一王子には、その姿が、自らを縛りつける鎖を自らの手で掛けたように見えた。


そして、国王は何も言わず、一束の書類を差し出した。

「レオンハルトからの指示書類だ」

第一王子は書類を受け取り、目を通し始めた。

最初に書かれていたのは、王国中の備蓄量と人口の徹底調査だった。

各領地の食料を棚卸しし、収穫まで何日持つのかを計算すること。さらに、定期報告を義務づけ、被害の大きい地域へ優先的に食料を送る。

「……ここまで把握するのか」

次の頁には、宮廷行事や不要な軍事行動をすべて凍結し、その費用を飢饉対策へ回す案。

被害の少ない領地には特別災害税を課し、拒む諸侯には王軍を背景に従わせること。

さらに、炊き出しを報酬として働ける者を公共事業へ従事させ、道路や水路、城壁を整備する計画。

そして、寒さに強い作物の試験栽培と、各地の被害を数字で管理する報告制度まで記されていた。

第一王子は最後の頁を閉じる。

「これは……」

言葉が続かなかった。

国王は疲れ切ったように椅子へ腰を下ろす。

「……やるしか、ないのだろう」

その声には、王としての覚悟よりも、膨大な実務を前にした疲労が滲んでいた。

第一王子は書類の束を見つめる。

どれ一つとして、一度命じれば終わる仕事ではない。

状況に応じて、毎日のように判断を重ね続けなければならない。

第一王子は苦笑にも似た息を漏らした。

「……幽閉されていた頃の方が、まだ気楽だったのではありませんか」

国王は小さく肩を落とす。

「……私も、そう思わんでもない」

第一王子は、わずかに笑ったが、すぐにその表情を消し、書類へ視線を落とす。

「いえ。レオンハルトは、父上ならできると信じて渡したのでしょう」

国王は苦笑しながら、書類をめくった。そして、一枚を持ち上げる。

「だが、見てみろ。定期報告は早馬で送るよう書いてあるのだ」

第一王子も、書類を見る。

「……きっと、心配しているのでしょう」

国王は苦く笑った。

「……本当に、それだけだと思うか?」

第一王子は沈黙した。

国王は、書類へ目を落としたまま続ける。

「自分が失敗したから、その後始末を押しつけられたのではないか。冷害への対応を誤った王に、今度こそ何とかしろと……」

第一王子は、ゆっくりと視線を逸らした。

否定できなかった。

「……深読みでしょう」

第一王子は、静かに言った。

国王は、疲れたように笑った。

「……そうであってほしいものだな」


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― 新着の感想 ―
正確で速い情報は宝よりも価値がある時勢ですから
 国王様、主人公は貴方が懸念されていることを考えているのでは無く、喫緊の課題の時は「早馬」で、情報を把握して対処すべき! と、考えているだけでしょうねー。
うん、深読みです(
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