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第三王子視点
私は静かに寝室へ向かった。
扉の前には、司祭と、マルク達が控えている。
侍従が恭しく扉を開いた。
室内へ足を踏み入れると、柔らかな蝋燭の灯りが天蓋付きの寝台を照らしていた。
そこには、既にエリシア王女の姿があった。
侍女たちによって薄衣へ着替えさせられた王女は、寝台の縁へ静かに腰掛けている。
両手は膝の上で固く重ねられ、視線は伏せられたまま。
王女は、儀礼として待つよう教えられてきたのだろう。
ただ、言われた通りに。
ただ、夫となる者を待つために。
その傍らでは侍女たちが最後の身支度を整えていた。
寝具の乱れを直し、薄衣を整え、髪を軽く撫でて形を整える。
マルク達も室内を見回り、灯火や暖炉に不足がないことを確かめていた。
やがて司祭が静かに一歩前へ進み出る。
厳かな祈りが唱えられ、銀の器から聖水が寝台と私たちへ振り撒かれた。
「神の祝福がありますように。子孫が栄え、この婚姻が永く守られますように」
静かな祈りだけが寝室へ響く。
祈祷が終わると、司祭は静かに十字を切った。
だが、誰もすぐには動かなかった。
侍女達は王女の側に控え、マルク達も待っている。
私は、その光景を静かに見渡した。
国家のための婚姻、王族として当然の儀礼。
そう理解していても、胸の奥に重く沈むものは消えなかった。
……まだ、人がいる。
私はゆっくりと口を開いた。
「皆、もう下がってよい」
室内の空気が止まる。
侍女達は互いに顔を見合わせ、司祭も思わず目を瞬かせた。
年長の侍女が、おそるおそる一歩進み出る。
「殿下……ですが、帳を閉じるまでお側に控えるよう仰せつかっております。何かございましたら、すぐお手伝いできるように、と……」
私は静かに頷く。
「祝福は終わった」
全員の視線が私へ集まる。
「後は、夫婦の務めだ」
誰も言葉を返せない。
私は穏やかな声で続けた。
「王女の身支度も済んでいる。これ以上、皆をここへ留める理由はない。」
司祭は少し考え込み、やがて静かに頷いた。
「……確かに、婚姻の祝福は既に終えております」
私は侍女達へ視線を向ける。
「ここから先は、私が王女をお守りする」
その一言で、侍女達もようやく表情を和らげた。
年長の侍女がエリシア王女へ深く一礼する。
「王女殿下、お健やかな夜となりますよう」
侍女達は名残惜しそうに王女を見つめながら、退室していく。
マルク達も続き、司祭は最後にもう一度祝福の言葉を述べた。
「神の御加護がありますように」
静かに一礼し、部屋を後にする。
最後の一人が扉を閉めた。
やがて廊下には近衛騎士とマルクが控え、誰も寝室へ近付かぬよう夜通し見守ることになる。
ようやく寝室には静寂が訪れた。
私は、小さく安堵の息を吐いた。
だが、私は知らなかった。
扉の向こうでは、小さなざわめきが広がっていたことを。
最後に扉を閉めたマルクは、静かに息を吐く。
「殿下自ら、お下がりになってよいと仰せになるとは……」
もう一人の侍従が頬を赤くしながら、小声で囁いた。
「まさか、祝福が終わるのを待っておられたのでしょうか……」
若い侍女は口元を押さえ、小さく笑う。
「殿下も、お若いのですね」
年長の侍女は苦笑しながら肩をすくめた。
「夫婦だけの時間を大切になさりたかったのでしょう。私どもも、これ以上は野暮というものです」
侍従も声を潜める。
「ですが、ここまで早く退出を求められるとは思いませんでしたな」
「余程、王女殿下をお慕いなのでしょう」
誰もが、それぞれ勝手な解釈を口にする。
司祭は静かに微笑みながら言った。
「若き夫婦には、神のお導きがありますように」
そう言い残すと、司祭は礼拝堂へ戻るため静かに歩み去っていく。
やがて廊下には、寝室を警護する近衛騎士と、万一の呼び出しに備えるマルク、侍女だけが残った。
皆、声を潜めながらも、どこか安堵したような表情を浮かべていた。
エリシア王女視点
エリシア王女は、その一部始終を静かに見つめていた。
「皆、もう下がってよい」
その一言だけで、長く続いてきた慣わしの流れさえ変えてしまう。
侍女たちが困惑し、司祭までもが言葉を失う。
それでもレオンハルト殿下は、一歩も譲らなかった。
エリシア王女の表情は変わらない。
幼い頃から王族として教育を受け、どのような場でも感情を表に出さぬよう教えられてきた。
だからこそ、伏せた瞳も、整えられた姿勢も、乱れることはない。
けれど、その内側は違っていた。
指先に、じわりと汗が滲む。
胸の前で重ねた手を握り直しても、その湿り気は消えない。
頬へ、少しずつ熱が集まっていくのが分かった。
……儀式が終わるのを、待ちきれなかった?
そんな考えが、不意に胸をよぎる。
侍女たちは、本来なら帳が閉じられるまで控え、何かあればすぐに駆け付けられるよう待機する。
そのように教えられた。
それなのに、この方は……。
祝福が終わるや否や、皆を下がらせた。
私と二人きりになることを望まれた。
その事実だけで、胸の奥が熱を帯びる。
同時に、理由の分からない冷たさも走った。
もし、私の知らない何かを望まれていたら。
もし、この方には、人には言えないような嗜好がおありだったら。
あるいは、何も知らない私を前提に、容赦なく振る舞われるのだとしたら。
そんな想像が頭をよぎるたび、鼓動は速くなり、胸の奥がひやりと冷えていく。
それでも、王女は顔には出さない。
王族とは、そうあるべきだと教えられてきたから。
静かに息を整え、ゆっくりと顔を上げる。
そして、目の前に立つ第三王子へ視線を向けた。




