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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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数日ぶりに、商人が現れた。

「妙な噂が流れております」

私は書類から目を上げる。

「温泉の水を飲めば、病が治る、と」

「……噂だろう」

「問題は、その続きです」

商人は、机へ小瓶を置いた。中には、薄く濁った液体。

「街道の端で売られております。“聖泉を封じた奇跡の水”として」

私は、小瓶を見た。嫌な予感がした。

「誰が売っている」

「流れの説教師です。教会の正式な人間ではないでしょう」

「中身は」

商人は肩をすくめる。

「そこまでは。ただ――」

一瞬、笑みが消える。

「買った者が腹を壊しております」

調べさせた結果、水は温泉ではなく、ただの川水だった。しかも保存状態が悪く、腐っている。

だが問題はそこではない。

「……巡礼客が減るな」

私が言うと、マルクが頷く。

「“あの領地の水で病になった”と広まれば終わります」

温泉街、医学大学、巡礼、全て“信用”で成り立っている。そして信用は、 一度崩れると戻らない。

私は即座に動いた。

「教会に連絡、市場での販売は禁止。その街道へ兵を出す」

マルクが書き留める。

「説教師は?」

「捕まえる。しかし、本命じゃないな」

こんな雑な手で、 本当に壊せるとは思っていない。これは“試し”だ。

商人が、ぽつりと言った。

「殿下。この件、単独ではありません」

「何だ」

「隣領でも似た噂が流れております」

商人は続ける。

「温泉がある土地ばかりです」

「……商売敵か」

「おそらく」

温泉巡礼路を潰したい勢力。あるいは、巡礼を別ルートへ流したい教会勢か。

「なるほど。では、逆に使うか」

私は、小さく息を吐いた。

翌日、教会前の広場。

医学大学の医師が、 “偽聖水”の危険性を説明していた。その横で、 正式に封印された瓶が並ぶ。

「こちらが、教会認可の聖水になります!」

修道士が声を張る。

「煮沸済み!」

「医学大学確認済み!」

「寄進付き!」

人々が群がり、市場が動いた。


そして、偽聖水を売っていた説教師は、数日後に捕まった。

「誰に頼まれた」

問いに対し、 男は震えながら答える。

「……金を積まれただけだ!」

男は、石床に額を擦りつけるようにして叫んだ。粗末な巡礼服、泥に汚れた靴、怯えきった顔。 兵に両腕を押さえられながら、何度も首を振る。

「知らなかった!本当に知らなかったんだ!ただの水でいいって……それを、“聖水”として売れって……!」

「どんな人物だった」

マルクの声は低い。

男は、震えながら答えた。

「顔は知らねぇ……商人だった。いや、商人の使いか……?」  

言葉は曖昧だった。

「どこの商会だ」

「わ、分からない!宿で声を掛けられただけなんだ!」

涙混じりの声。嘘ではないのだろう。男は、ただの末端だ。金に困り、金に釣られ、利用されただけ。

それでも、巡礼路に偽の聖水を流し、温泉街の信用を傷つけ、医学大学の名を汚す。

それが目的だったのなら、十分だ。

「……切るには、安い駒だな」

私が言うと、マルクが静かに頷いた。

「おそらくは」

男を見下ろす。

怯え、震え、命乞いをしている。 黒幕を知るほどの立場ですらない。

「どうしますか」

「追放でいい」

男が、弾かれたように顔を上げる。

「た、助けて……」

「次はない」

短く告げた。

兵が男を引きずっていき、泣き声はやがて遠ざかった。


その日の午後。

机の上には、回収された瓶が置かれていた。

“奇跡の聖水”。そう銘打たれた偽物。

私がそれを手に取ると、薄く濁った水が、瓶の中で揺れた。

もし発見が遅れていれば、巡礼客は病に倒れ、噂は広がり、「あの領地の温泉は危険だ」と囁かれていた。

一度広がった不信は、 病より厄介だ。

私は、静かに言った。

「……やはり、情報は速さだな」

「はい」

マルクが答える。

「今回は特に、商人の情報が早かった」

もし数日遅れていれば、 市中へ完全に流通していたかもしれない。

私は、瓶を机へ戻した。

商人は、兵より早く異変を嗅ぎつける。流れを見るからだ。そこに僅かでも淀みがあれば、彼らは気づく。

「……使い方次第か」

小さく呟く。

力にもなるが、敵に回せば、厄介極まりない。

私は改めて理解していた。

この領地は、兵だけでは守れない。

情報もまた、領地を守る“力”なのだと。

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― 新着の感想 ―
王族の事業にこんな事したら国家反逆罪で一族処刑されそうなものだが、、、
同一人物(商人)の主導による密偵と妨害工作のマッチポンプ…とか?
 おいおい、王族の領地でなにしてるんだ。王家に『影』はいないの?
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