表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

122/122

122

ある日。

小国の王城に、一団の使節が現れた。

門兵たちは、その外套に刻まれた紋章を見て、わずかにざわめく。

青色に金糸で縫われた百合の絵柄。

皇国、それも国を二つ挟んだ先にある大国だった。普段、直接の交流はほとんどない。

交易ですら、間に幾つもの商会を通すほど遠い国だ。その使節団が、わざわざ王城まで来たのである。

「皇国より親書をお届けに参りました」

一人が、自国の紋章を胸に下げ、恭しく一礼した。差し出された書簡は、深紅の封蝋で閉じられている。王は、それを受け取った。

重い。羊皮紙の厚みではない。 中身の意味が、だ。

封を切る。

室内は静まり返っていた。やがて、王の眉がわずかに動く。

「……婚姻?」

側近が、思わず声を漏らした。

王は、視線を落としたまま答えない。

書簡には、丁寧な言葉で綴られていた。皇国第二皇子と、この国の第一王女との婚姻希望。友好と、永き繁栄、両国の未来のために。

使節は、丁寧に一礼してから口を開いた。

「無論、我が皇国は、貴国に拙速なご決断を求めるものではございません」

声音は穏やかだった。圧を感じさせないが、不思議と軽くも聞こえない。

「王女殿下の御身に関わること。軽々しく定められる話ではないと、我らも理解しております」

そこで一度、言葉を切る。使節は視線を静かに王へ向けた。

「ただ皇国としても、可能であれば早めのお返事を頂戴できれば幸いに存じます」

あくまで願い、強制ではない。しかし、背後にあるものを考えれば、それが単なる希望でないことは、誰にでも分かった。

使節は続ける。

「婚姻に関する準備もございます。護衛、持参品、航路、宿場の確保……早期に定まれば、それだけ両国にとって負担も減りましょう」

理屈としては、正しい。だからこそ、断りづらい。使節は、さらに柔らかく微笑んだ。

「もちろん、皇国は貴国との友好を何より重視しております」

穏やかな言葉。けれども“友好を重視している今のうちに”そう聞こえない者はいなかった。

王は、静かに頷く。

「……急がせるつもりはない、か」

「はい」

使節は即答した。

「ですが、良き縁は、時を逃さぬ方がよろしいかと」

どこまでも柔らかいのに、断ればこの空気そのものが冷えるのだと、誰もが理解していた。


使節を下がらせてから。

王の執務室には、重い空気が満ちていた。

机の上には、皇国からの親書。

その周囲を囲むように、第一王子、宰相、財務卿、外務卿、そして数人の有力貴族たちが並んでいる。

「……なぜ、我が国だ」

誰かが小さく呟く。

小国である。軍事力も、領土も、皇国には遠く及ばない。しかも距離がある。

間には別の国まで挟まっている。普通なら、もっと近く、もっと有力な王家を選ぶはずだ。

「皇国ほどの国が、なぜ今さら……」

「第一王女殿下を、ですか……?」

「何か裏があるのでは」

ざわめきが広がる。

その中で、一人の老臣が静かに口を開いた。

「……阿片でしょうな」

空気が変わった。王が、ゆっくりと顔を上げる。

「続けろ」

老臣は、慎重に言葉を選んだ。

「今、最も安定して阿片を扱えている国は我が国……」

誰も、続きを口にしなかった。

皆、同じ名を思い浮かべていたからだ。

第三王子の領地、医学大学、管理体制。

王は、ゆっくりと書簡を閉じた。

なるほど、と。婚姻そのものが目的ではない。血縁を作ることで将来的な供給、優先取引、医療知識、交易路、それらすべて“家族”として手を伸ばそうとしている。


沈黙を破ったのは、財務卿だった。

「……断れる相手ではありませんな」

低い声だが、その一言で空気が決まった。

「皇国は、我が国の数倍の国力を持ちます」

外務卿が続ける。

「しかも今回は、正式な婚姻の申し入れです。敵意ではなく、友好の形を取っている以上、拒絶は極めて危険かと」

「しかし、あまりにも急だ。これまで大した交流もなかった国だぞ」

王が言う。

「だからこそ、でしょう」

老臣が静かに返した。

「皇国は、“今”動く必要がある」

視線が、机の書簡へ落ちる。

阿片。近年、その価値は急激に上がっていた。医学大学、麻酔、 鎮痛、外科手術。

ただの薬草ではなく、国家を支える“技術”になり始めている。

そして、その供給と管理に成功した土地。

「皇国は、血縁を欲しているのです」

宰相が、静かに言った。

「交易だけでは足りぬのでしょう。いずれ供給を制限された時、真っ先に切られる立場にはなりたくない」

「つまり、第一王女を“橋”にする気か」

王が目を細める。

「おそらくは」

婚姻で結び、 交易路を固定化できれば、 皇国にとって利益は大きい。

「……拒めば?」

王の問いに、部屋は静まった。

外務卿が、慎重に口を開く。

「表向きは問題ないでしょう。しかし、今後交易で不利を受ける可能性があります。関税、護衛契約……あらゆる場面で」

「属国に近い扱いになるかもしれませんな」

誰かが呟いた。

王は、肘掛けに指を打ち付けた。苛立ちではない、理解してしまったからだ。

これは選択肢があるように見えて、実質、ない。


やがて、議論が一区切りついた頃。

王は、静かに口を開いた。

「……レオンハルトには、まだ伝えていなかったな」

部屋の空気が、わずかに張る。

宰相が、慎重に言葉を選ぶ。

「急ぎ、お伝えすべきかと」

「だが、反対された場合は?」

誰かの問いに、沈黙が落ちた。

王は、ゆっくりと目を閉じる。

反対――あり得る。レオンハルトは、感情で動く男ではない。むしろ逆だ。

利益、危険、継続性。それらを秤にかけた上で、“国に不利”と判断すれば、容赦なく異を唱える。

そして何より、阿片技術の詳細を、最も深く握っているのは彼自身だった。

「……いや。この婚姻は、断れん」

王は、静かに首を振った。

「皇国は、承諾を前提で動いている。ここで拒めば、失うものが大きすぎる」

交易、外交、周辺国との力関係。

どれを取っても、皇国との関係悪化は避けるべきだった。

「ならば尚更、知らせねばなりません」

宰相が言う。

「後から詳細を知れば、殿下は“既に決まった話”として受け取られるでしょう」

王は、しばらく考え込んだ。

そして、決断する。

「急使を出せ。最速で向かわせろ。宿場ごとに馬を替えろ」

その一言で、空気が動いた。

王は、机の上の親書へ視線を落とした。

「……レオンハルトなら、気づくだろうな」

皇国が、何を狙っているのか。なぜ今、この婚姻なのか。

「だが、それでも受けねばならん」

王は、静かに言った。

それは、王としての諦めであり。

同時に、国を守るための選択でもあった。

誰も驚かなかった。最初から、その結論へ向かって議事は進んでいたからだ。

婚姻条件、持参金、護衛兵の数、移動経路、すぐに、具体的な話へ移っていく。

既に、“決定後”の空気だった。

そして、ここにおいて、第一王女本人の意向確認はされなかった。


誰も、それを口にしない。

王女とは、国のために嫁ぎ、国のために子を産み、国のために血を繋ぐ存在。

それが、この時代の王族だったからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
えーと、まずは、レオ領主の居る【王国】、でその隣国の【大国】…それから大国の【属国】に、今回初めて出てきた、【皇国】… ふむ、【共和国】とか出てくるかな⁇まぁまだ早いか。
大国と皇国の力関係がわからないけれど、そもそも阿片の生産と流通は大国なんだから そこ飛ばして皇国の話だけされてもどうなんだろう 大国がこれをしればむしろ流通制限すらしかねない 使い方の知識は第三王子で…
「断れない」とは言うけれども。 そもそも阿片の原材料は大国の属国産で、大国を介して融通して貰ってるも同然なんですよね。 大国ガン無視で即決していいのかな? どう考えても大国との関係が軋むと思いますが。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ