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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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伯爵は、爵位を剥奪された。

公には――理由は「体調不良」とされた。しかし、その内実が隠し通せるはずもない。

伯爵夫人が阿片中毒に陥ったこと。そして、それを止められなかったこと。その噂は、あっという間に広がった。

「そんな事で……」

「重すぎるのでは?」

「中毒と言っても、治るのでしょう?」

市井では、様々な声が上がった。

同情もあれば、疑問もある。納得しきれぬ者も多い。

けれど、判決が覆ることはなかった。それは一人の伯爵の問題ではない。国としての意思表示だった。

阿片の取り扱いに対し、いかなる立場であろうと、例外は設けない。その線を、はっきりと引くための。重さは、見せるためにある。

私は、その後、父のもとへ赴いた。

言葉は、用意していたはずだった。だが、口を開くより先に、身体が動いた。

深く、頭を下げる。

「……」

沈黙が落ちる。やがて、父が言った。

「良い」

短い一言だった。

「阿片で、助かっている者の話も聞いている」

責める声ではない。かといって、慰めでもなかった。ただ、事実を置くように。

「……」

私は、顔を上げることができなかった。

胸の奥で、何かが重く沈んでいる。救ったはずのものと、壊したもの。そのどちらも、確かに存在している。

「……申し訳、ありません」

ようやく絞り出した声は、わずかに震えていた。

父は、それ以上何も言わなかった。

沈黙のまま、時間だけが過ぎる。

許されたわけではない、責められたわけでもない。ただ、背負うべきものが、そこに残された。



私は領地に戻った。

伯爵夫妻は爵位を失った以上、かつての地位に戻ることはない。名も、立場も、静かに切り離されていく。

護衛付きの馬車で、二人は人目を避けるように王都を発ったと報告を受けた。

見送る者は、ほとんどいなかったという。

私は、治療方法をまとめた書類を渡していた。昔、何かで読んだ書物の記憶だ。

阿片は、段階的に減らす。急断はさせない。

禁断症状を抑えるため、極少量を計画的に投与する。

発汗、震え、不安、錯乱――症状に応じて水分と休息を確保させる。拘束は最小限。ただし、自傷の兆しがあれば例外とする。眠れぬ夜が続き、食が細るとしても、量は戻さない。

方法は簡単だ。

ただし、心が削られるだろう。



領地に戻ると、医官たちの空気が変わっていた。

いつものような雑談はなく、声は低く、動きもどこか慎重だ。一人の処分が、ここまで響く。当然だ。あれは“見せしめ”ではない。けれども、“境界”は示した。

私は、彼らを見渡して言った。

「……皆も、覚えておくように」

わずかに間を置く。

「阿片の扱いは、特権ではない」

静かな声だったが、誰もが顔を上げた。

「命を預かる者に許された“手段”だ。履き違えるな」

誰も何も言わず、一様に頭を下げた。

それでいい。理解は言葉ではなく、結果で示されるものだ。

私は踵を返した。

この領地で、同じことは二度と起こさせない。



マルクは、すべてを見ていた。

伯爵を、伯爵夫人を、そして、殿下の後ろ姿を。

王都への道中、馬車の中で、伯爵夫人は震えていた。最初は、ただの落ち着きのなさだった。指先が細かく震え、視線が定まらない。呼吸が浅く、何度も唇を湿らせる。

「……まだ、か」

かすれた声で、何度も問う。

やがて、汗が滲み、額に張り付き、髪は乱れ、呼吸は荒くなる。その目は、何かを探していた。

「……薬を……」

その一言に、すべてが集約されていた。

マルクは、言葉を失った。

これが、あの穏やかだった伯爵夫人なのか。上品に微笑んでいた、あの女性が。

目の前にいるのは、別の何かのようだった。

「……恐ろしい」

思わず、胸の内で呟く。

阿片とは、人を鎮め痛みを消すものだと思っていた。だが違う。これは、人を縛り、内側から壊し、奪い、求めさせる。

……ここまで、変えるのか。

背筋に、冷たいものが走る。

視線を上げると、殿下は、変わらず前を見ていた。揺れず、迷わず、まるで、この光景を知っていたかのように。

……違う。

マルクは、すぐに思い直す。

知っていたのではない、覚悟していたのだ。

だからこそ、迷いながらも量を絞った。だからこそ、王都に着けば更に絞ると決めた。

感情ではなく、結果を見ている。

「……」

マルクは、唇を引き結ぶ。

動揺はある、恐れもある、だが、それを外に出すことは許されない。

殿下の側に立つ者として。

それでも、一人で背負っているその背中は、あまりにも静かで。

「……」

かける言葉が、見つからなかった。

慰めでは足りない。

理解したふりをするには、重すぎる。

ただ、何も言わず、隣にいる。

それしか出来ないことが、悔しかった。

それでも、目を逸らさなかった。

あの背を、見失わないために。


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― 新着の感想 ―
新しい物、手段の功罪がよく見えるストーリーだと思いました。だからこそコントロールするための信念と準備、経過の観察が肝要なんですな…人類の歴史を学んでいるようです。不謹慎にもすっごい面白いですが笑
教会が騒がないか心配。 たとえ神の加護であっても濫用は戒める、とでも誘導しておかないと一気に異端審問とか始めかねない。 逆に阿片を使えば王侯貴族すら操れる、と考える者もそのうち出てくるんだろうなぁ(-…
中毒って本当に怖い。 麻薬ほど劇的じゃ無くても、身近にありますよね。 私も、砂糖中毒だと最近。。。泣き 血液検査で生活習慣病手前だと出たのに、全然やめられない。 マルク、中毒者自身への影響意外の、悪…
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