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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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107

数日後の話。

私は、クロウフォード伯爵の病室を後にした。重い扉が閉まる音が、やけに響く。

命はある。だが、領主としては――終わりだ。

廊下に出ると、少し離れた場所に、一人の少女が立っていた。

「……リディア嬢」

名を呼ぶと、ゆっくりとこちらを見る。

顔色は悪く、目元には隠しきれない疲労と、わずかな赤みがある。それでも背筋は伸びていたが、限界は近いように見えた。

「レオンハルト殿下……」

かすれた声だった。

一歩、近づく。近すぎず、遠すぎず。

「書簡は届いているはずだ」

リディアは、わずかに頷いた。

「……はい。後見の件も」

指先が、わずかに震えている。

私は一瞬だけ視線を落とし――ゆっくりと、自分の手を差し出した。

抱き寄せはしない。ただ、そこに“支え”を置く。

「立てるか」

問いではなく、確認。

リディアは一瞬だけためらい、そっとその手に触れた。

力は弱い。だが、確かに掴んでいる。

そのまま、私は静かに言う。

「私は、お前の後見として立つ」

言葉は簡潔に、曖昧さは必要ない。

「領地の管理、対外関係、軍事――すべて、私が支える」

リディアの肩が、わずかに震えた。

「……ですが、それでは……」

「奪わない」

即座に遮り、視線を合わせる。

「お前の領地だ。お前が領主であり、私は、その隣に立つ」

廊下の空気が、静かに張り詰める。

「……どうして、そこまで、してくださるのですか」

小さな声。私は、わずかに目を細めた。

「必要だからだ」

嘘ではないが、それだけでもない。

「ここが崩れれば、周囲も崩れる」

現実を告げ、わずかに声を落とす。

「それに――、守る価値があると判断した」

リディアの指が、ぴくりと動いた。

視線が揺れる。

「……私に、ですか」

「領地にも、お前にもだ」

否定しない。そのまま静かに続ける。

「泣くな、とは言わない。だが、崩れるな。立て、領主として。私が、支える」

長い沈黙のあと――リディアは、ゆっくりと息を吸った。そして、小さく頷く。

「……はい」

声はまだ弱い。

だが、先ほどよりも、確かだった。手に触れる力が、ほんのわずかに強くなる。

離さない………。

私は何も言わず、そのまま支え続けた。


ただ一つだけ。

リディアの視線が、ほんの一瞬だけこちらを見上げる。その奥にあるものに、私は気づいていたが、触れはしなかった。



リディア視点

廊下に一人残されたあと、リディアはその場に立ち尽くしていた。

「……どうして」

かすれた声が、零れる。

ついこの間まで、母の容態はようやく落ち着いてきていたのに。長く続いた看病。終わりが見え始めて、ほんの少しだけ、息をつけると思った。――なのに。

「どうして、今度は父様が……」

唇が震える。視界が滲むのを、必死に堪えた。崩れてはいけない。分かっている、分かっているのに――

「……私は、どうすればいいの」

答えは、どこにもない。領地、家臣、民、すべてが、自分に向かってくる。

「……」

ぎゅっと、手を握りしめる。

そして脳裏に浮かんだのは、先ほどの言葉だった。

「後見として立つ」

レオンハルト殿下の声。胸が、わずかに熱を帯びる。正直に言えば。

「……嬉しい」

小さく、零れた。

頼れる。間違いなく、支えてくれる。あの人がいれば、領地は守られる。きっと、自分一人では届かない場所まで、手が届く。

「……でも」

すぐにその思考を止め、首をゆっくりと振る。

「それでは、だめ」

守られるだけでは、いけない。

後見は“支え”であって、“代わり”ではない。

「私は……領主になるのよ」

声はまだ小さい。けれど、確かに芯があった。

その時、不意に思い出す。あの場で差し出された手。自分を支えた、確かな感触。強く引き寄せるのではなく、ただ支えるだけの距離、それでも。

「……あたたかい」

思わず、呟いていた。

口元が、わずかに震える。触れられたのはほんの一瞬だけれど、その温もりは、妙に鮮明に残っている。

胸の奥が、静かに騒ぐ。熱を帯びて。

「……いいえ」

一度目を閉じ、そして開く。

先ほどまでの揺れを、少しだけ押し込める。

「応える、のよ」

言い直す。決意に変えるために。


胸の奥の不安は、消えない。

怖いものは、怖いまま、それでも。

「……今だからこそ」

一歩、踏み出す。

足取りはまだ軽くはないけれど、止まってはいない。

リディアは、顔を上げた。

その瞳には、わずかに残る涙と、消えない覚悟が、宿り始めていた。


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― 新着の感想 ―
王女もリディアも2人とも好きすぎて、 2人とも偏らず応援してます! きっと、寄りかかるだけの女なら選ばれないから 頑張ってほしいな♪
リディア好きなんよな
 リディアの巻き返し、なるか…。
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