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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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104 

夜明け前、現場に立つ。

崩された街道……石は外され、土が崩されている。 事故ではない。

「……手際が良すぎるな」

しゃがみ込み、土を指で崩す。乾き具合、踏み固め方、そして。

「馬の数が多い」

マルクがわずかに目を細める。

「作業用、ではありませんか」

「違う」

私は首を振った。

「作業だけなら、ここまで踏み荒らさない。これは――護衛付きだ」

つまり、ただの賊ではない。

「……領主の差し金か」

口に出すが、証拠がない。 このままでは、誰も裁けない。

私は立ち上がった。

「……いいだろう。ならば、動かす」

マルクがわずかに顔を上げる。

「動かす、とは」

私は振り返らずに言った。

「餌を撒く」

その日のうちに、命を下す。

「街道は“完全に復旧した”と流せ」

マルクが一瞬だけ言葉を失う。

「……ですが、まだ仮復旧の段階です」

「構わん。そう“見せろ”。加えて、クロウフォード伯爵が軽傷で済み、明日には移送される――そう広めろ」

「……虚報、ですか」

「違う」

私はわずかに口元を緩めた。

「半分は事実だ」

だからこそ、信じられる。

「犯人は、自分の仕掛けがどこまで効いたかを知りたがる。道が本当に使われるのか。伯爵はどの程度の怪我を受けたのか」

「……なるほど」

マルクの目が細くなる。

「見に来たところを、捕らえると」

「いや」

私は首を振る。

「来るのは末端だ。本命は動かん。しかし、“報告”は必ず上に上がる」

そこで、捕まえる。


翌日。

「――動きがありました」

報告が入る。街道付近に現れた“商人風”の男。 荷は軽く、足取りに無駄がない。

捕らえるが、拷問は、しない。尋問だけだ。

代わりに。

「……放せ」

マルクが驚いた顔をする。

「よろしいのですか」

「ああ。ただし、追え」

男は解放され、怯えたふりをして、必死に逃げた。その背を、影が追う。

距離を保ち、気配を消し、道なき道を越えて――辿り着く。

館でも、街でもない、一つの領境。そして、そこに控える紋章。

「……やはりな」

私は報告書を閉じた。

「クロウフォード伯爵領との交易を嫌っていた領主……」

名を、口にする。

「――ここか」


数日後。その領主は、私の前に引き出されていた。言い逃れはできない。使者、資金の流れ、兵の動き、すべて、調べ上げてある。

「……なぜだ」

私は問う。

男は、歯を食いしばる。

「……貴様のせいで、我が領は干上がる」

吐き捨てるように。

「クロウフォードと結び、富を独占する……!王家はいつもクロウフォードばかりを助け、我らを切り捨てる!」

その言葉に、一瞬だけ別の光景がよぎった。

ある、書状。

整っているとは言い難いが、必死に綴られた文字、リディア嬢のものだ。

飾りはないが、必要なことはすべて書かれていた。現状の把握、問題、そしてどうすれば持ち直せるか。感情に流されず、現実を見据えていた。

視線を戻す。目の前の男は、ただ歪んだ怒りをぶつけているだけだ。

――なぜ選ばれるか、か。

口には出さない。しかし、答えはあまりにも単純だった。

先を見る者と、今を壊す者、その差だ。

「……そうか。お前には、そう見えるのか」

静かに答える。

「だが違う。それは“順番”だ」

視線を落とし、わずかに息を吐く。

「飢えた土地に余剰が流れ、需給が整う。次に富むのは――お前の領地だったかもしれない」

男の顔が歪む。私は続けた。

「それなのに、壊したのか。街道を、人を、秩序を」

一歩、踏み出す。

沈黙。答えは、いらない。

私は机へと手を伸ばし、そこに置かれた重厚な法典へ、静かに手を添える。

「私はこの地を治める領主だ。だが同時に王家の人間でもある」

法典に、一瞬だけ視線を落とす。

「ここで起きた組織的破壊は、単なる私闘では済まされない。王権への反逆。法では――大逆と定められている」

空気が、張り詰めた。

「判決だ。領地への反逆、賓客への危害、治安の破壊。全てにおいて、見せしめとする」

逃げ場は、ない。

「財産は没収。領地は接収――本人は、処刑。例外は認めない」

静かに言い切ると、沈黙とともに空気が沈んだ。

「……失礼を承知で申し上げます」

マルクが、低く口を開いた。

私は視線だけで続きを促す。

「……厳し過ぎるのでは、ございませんか」

わずかに言葉を選びながら、それでも退かない声音。

「道の破壊は重罪、承知しております。しかし……領地の接収に加え、処刑までとなれば」

一瞬、間を置く。

「……他の領主たちに、過度な恐怖を与える可能性もございます」

私は、わずかに目を細めた。

「恐怖で統べることが、常に最善とは限りません」

マルクの言葉は、諫言としては穏やかだ。

だが、その芯は明確だった。

私は、短く息を吐く。

「……恐怖で統べるつもりはない。だが――線は引く」

静かに答え、指先で法典を一度叩いた。

「今回の件は、偶発ではない。意図的な破壊だ。見逃せば、“できる”と判断される」

マルクは、何も言わない。

「一度でも通れば、二度目が来る。二度目があれば、三度目は止まらない」

私は視線を上げた。

「……ここで終わらせる」

それだけを、告げる。

やがて、マルクは深く頭を下げた。

「……承知いたしました」

その声に、迷いはもうなかった。



その夜。

館の一室に、灯りが一つだけ灯されていた。

「マルク、夜、少し時間をいいか」

呼びかけると、間を置かずに応じが返る。

「……は。すぐに」

扉が静かに閉じられる。

外の気配は遠い。私は卓の上に、二つの杯と、濃い色の酒瓶を置いた。

「珍しいですね」

マルクが、わずかに目を細める。

「共に酒をお望みとは」

「……ああ」

短く答え、瓶を傾ける。

とろりと重い液体が、杯に落ちる。

「強い酒だ。喉を焼く」

一つを、マルクへ差し出す。

受け取ったマルクが、わずかに眉を動かした。

「……それはまた」

「こういう日は、これくらいでいい」

私は自分の杯を取り、口に運ぶ。

舌に触れた瞬間熱が走り、喉を落ちる頃には焼けるような感覚に変わる。

「……」

一息で、半分ほどを空けた。

静けさが戻る。

「好んで人を裁くわけではない」

ぽつりと、言葉が落ちた。

「……私がここで法を曲げれば、それは、王家の威光を私が踏みにじることになる」

一瞬、言葉が途切れる。

……残念ながらな。

喉元まで出かかったそれを、飲み込む。

「……私に、軽く裁く権利はない」

それから、ほんのわずかに視線を逸らした。

「もし私が、ただの一領主であったなら、彼を処刑せずに済んだかもしれない」

マルクは何も言わない。 ただ、杯を手にしたまま、待つ。

「だが、裁かねばならない。それが、領主であり、王家に連なる者の責務だ」

もう一口、酒を含む。熱が、少しだけ思考を鈍らせる。

「……分かっている。見逃せば、崩れる。甘くすれば、付け込まれる」

昼に語った理屈と、同じ言葉。

「……それでもな。気分のいいものではない」

わずかに、息を吐く。

やがて、マルクが静かに杯を傾けた。

「……承知しております。本日のご判断は、正しかったかと。……恐れる者も出ましょう。しかし同時に、“越えてはならぬ線”も明確になりました」

私は、わずかに目を細める。

それから、マルクは静かに付け加えた。

「殿下は、“好んで”ではなく、“必要として”決断されている」

私は、何も言わなかった。

ただ、杯を傾ける。酒は、相変わらず喉を焼いた。

「……そうだな」

小さく、応じる。

それ以上の言葉は、いらない。

灯りが、ゆらりと揺れる。外では、何事もなかったかのように夜が更けていく。

だが、この部屋だけは、少しだけ違っていた。

領主としてではない時間。ましてや王子であることも忘れさせる、ほんのわずかな、人としての余白。

酒は減り、言葉は少ない。

それでも、沈黙は重くはなかった。



処刑の報は、すぐに広がる。

そして同時に、“この領地で秩序を乱せば、どうなるか”それもまた、広がった。

私は窓の外を見る。

街道はすでに修復され、人も物も、また流れ始めていた。

「……これでいい」

小さく、呟く。

守るべきものは守った、そして。

「次は――」

私は、視線を上げた。


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― 新着の感想 ―
公衆の場で領主の決定に口を挟むなんてあり得ないと思うんだけど?
 ただの領主だけで無く、王族であるがゆえの苦悩なんですかね〜。
こんばんは。 信賞必罰、ちゃんとした「罪を犯せばこうなる」という見せしめがないと理解しませんからね人間ってやつは…残念ながら。 それが出来てないからこそ、今の日本は外人による犯罪がアホみたいに増えて…
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