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マルクの先導で、入口付近に私は視線を向けた。
――急使。
土埃にまみれた外套。 馬を潰す勢いで駆けてきたのだろう。 息は荒く、整える余裕もない。この場にふさわしくない姿であることなど、気にしていない。 いや――気にしていられないのだ。
広間の空気が、わずかにざわめく。
だが、誰も咎めない。 それだけで、ただ事ではないと知れる。
「……来い」
低く告げる。
騎士は一瞬だけ膝を折り礼を取ると、 迷わず立ち上がりこちらへ進み出た。その動きに、訓練された兵の気配がある。
周囲のざわめきが、自然と落ちていく。やがて、私のすぐ傍で足を止めた。
視線を落とし、声を抑える。
「街道巡回の兵より、緊急報告にございます」
私は、わずかに顎を引いた。続けろ、という合図。騎士は、さらに一歩だけ近づき、私の耳元で声を落とした。
「クロウフォード伯爵領へと続く街道が、何者かにより破壊されました。……それにより、クロウフォード伯爵が負傷されております」
静かに、息を吐く。表情は変えない、しかし思考は一瞬で切り替わっていた。
「……意図的、か」
「は。路盤が掘り崩されております。通行を狙ったものかと」
私は、ゆっくりと顔を上げた。
「諸君。申し訳ないが、この場を中断させていただきます」
声は大きくないが、広間の隅まで通る。
楽の音が止まる。 杯を持つ手が止まり、視線が一斉にこちらへ集まった。
「領内において、看過できぬ事態が発生しました」
短く、しかし曖昧にはしない。
「客人の安全に関わる問題です。対応を最優先とします」
一礼する。
「本日のもてなしは、後日、改めて埋め合わせします。どうかご容赦いただきたい」
沈黙。だが、それは不満ではない。 理解の沈黙だった。
エリシア王女が、静かに口を開く。
「……当然のご判断です」
その声は、場を支えるように落ちる。
「どうか、お気になさらず。こちらのことは問題ありません」
――助かる。私はわずかに頷いた。
「感謝いたします」
それ以上は言わない。 すでに次へ進んでいる。
「マルク」
呼ぶと、即座に背後に現れる。
「騎士団を動かせ。現場を封鎖、街道は全面通行止めだ。出入りした者、全て洗え」
「はっ」
「工兵も出せ。応急でいい、夜のうちに仮復旧に入れ。物流を止めるな」
「承知しました」
「それと、クロウフォード伯爵をこちらへ搬送しろ。医師は最上の者を用意する」
「は」
命令は終わりだ。
私は外套を取り、歩き出す。
……まさか。大国の王族が滞在し、警備が分散したこの瞬間を――狙ったか。
「……いい度胸だ」
怒りではなく、評価に近い、しかし。
「――潰す」
それだけは、揺るがない。
足音が石床に響く。
宴は終わった。
そして――本当の意味での“領主の仕事”が始まる。
話の流れにより、今回は短いです。




