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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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101/105

101

属国の王城。

乾いた風が、石の回廊を抜けていく。陽は強く、空は高い。その中で、王は一通の書簡を受け取った。

封蝋は、大国の王家の紋。そして――もう一つ、見慣れた印は教会。

「……ほう」

低く呟き、封を切る。静かに目を走らせるうちに、その表情がわずかに変わった。

「……阿片、か」

側近が顔を上げる。

「は」

王は書簡を読み進める。

内容は明確だった。この地の気候を活かし、ケシの栽培を拡大すること。採取された阿片は、大国を通じて管理されること。

そして。

「教会の認可を得た、医療のための事業……」

王は、小さく息を吐いた。

「“苦痛から人を救う聖なる事業”、か」

言葉だけを見れば、これ以上ない大義だ。

戦場で苦しむ兵、病に伏す民、その痛みを和らげるための薬。教会がそれを認めたとなれば、もはや異論は挟みにくい。

「……なるほどな。我らに“役目”を与えるか」

搾取ではない、と言いたいのだろう。“神に仕える地”へと引き上げる、それがこの話の表向き。側近が、慎重に口を開いた。

「……悪い話では、ありませんな」

王は、視線を上げないまま答える。

「表向きはな」

やがて、書面を閉じた。

「教会の名がある以上、拒めば“信仰を疑われる”。受ければ、我らは“聖なる薬の産地”となる」

それは、確かに地位の上昇だった。

ただの属国ではなく、役目を持つ土地。名目が変わるだけで、扱いもまた変わる。

「……発言力も、多少は増すか」

側近が、わずかに頷く。

だが、王の目は冷めていた。

「だが。誰が、どこまでを持っていく?」

その問いに、誰も即答できない。

大国が管理する、その一文の意味は重い。

「金も、流通も、最終的な裁量も……向こうだ」

王は、ゆっくりと立ち上がった。

窓の外を見る。広がる大地。

本来なら、麦が育つ畑。

「……その畑を、削ることになるな」

小さく呟く。

食糧ではなく、薬草。しかも、日々口にするものではない。民にとっては、遠い“誰かのための作物”。

「民は、どう思う」

側近は、わずかに言葉を選んだ。

「……大義があれば、従いはしましょう」

王は、鼻で笑った。

「“あれば”な」

教会の名は強いが、それだけでは腹は満たされない。

「収穫が思うようにいかなければ、さらに不満は出ます」

王は頷いた。

「……その上で、利益が見えなければ、いずれ、“なぜ我らが”になる」

静かな断定。

王は、書簡をもう一度見た。整えられた文言、崇高な理念、隙のない構成。

「……上手く書いてあるが、どこまで本気か、分からぬな」

教会の名が、本当に守るためのものか。それとも、都合よく使うためのものか。

王は、ゆっくりと息を吐いた。視線が鋭くなる。

「条件をつけ、…受ける」

「は」

「この地の取り分、そして価格の保証、“聖なる事業”ならば、相応の扱いを求めるのは当然だ」

遠く、風が吹いた。

その風は、まだ静かだったが。

いずれ、大きく揺れることを、誰もが薄く感じていた。



農民視点

乾いた風が、畑を撫でていく。

麦はよく育っていた。背丈も揃い、穂も重い。今年も、悪くない出来になるはずだった。その畑の端に、数人の役人と村の者たちが集まっていた。

「……本当なのか」

誰かが、低く言う。

誰もすぐには答えなかった。やがて、一人の農民が前へ出た。日に焼けた手で、土をひとつ掬う。指の間から、さらりとこぼれ落ちる。

「この土地はな、一番良く出来る土地だ」

静かに、しかし押し殺した声で言った。

「これを、潰せというのか?」

その言葉に、周囲の空気が重く沈んだ。

役人は一瞬だけ視線を落とし、すぐに戻す。

「違う、更に役に立つのだ」

農民の眉が、わずかに動く。

「……何にだ」

問いは鋭い。

役人は一歩踏み出した。

「薬だ」

ざわめきが起こる。

「この地は、特に質の良いものが育つとされている。教会も認めた。人の痛みを取り、命を救う薬だ」

「……薬?」

農民の声に、疑いが混じる。

「ケシの花を植える」

その一言で、空気が変わった。

知っている者もいる。知らぬ者もいる。だが、どこかで聞いたことはある名だった。

「……あれは、良くないものだと聞いた」

農民が口を挟む。

「使い方を誤れば、な」

役人は続ける。

「だが、これは違う。医師の管理のもとで使われる。教会も認めている。戦で傷ついた者、病に苦しむ者、その痛みを取り除くためのものだ」

言葉は整い、理屈も筋が通っている。

「……それで、俺たちは何を食えばいい」

ぽつりと、誰かが言った。

風がまた吹き、麦が揺れた。

農民は、畑を見たまま言う。

「この土地は、家族を食わせるためのものだ。薬になるのは結構だが、腹は満たされない」

役人は、わずかに言葉を詰まらせた。

それでも、答える。

「補償は出る。王家からの直轄事業だ。買い上げも保証される」

「……いくらだ」

即座に返る。

「それで、麦より上になるのか?」

沈黙。

その一瞬で、すべてが伝わった。農民は、小さく息を吐く。

「……神のため、か」

皮肉でも信仰でもなく、確かめるような声だった。役人は、頷いた。

「人を救うための仕事だ」

農民は、土をもう一度握る。

強く、そして、ゆっくりと開いた。

「……救う、ね」

視線は、遠くを見ていた。戦場も、王も、教会も、見たことはない。だが、腹を空かせた子どもは、何度も見てきた。

「俺たちは、誰に救われる」

誰にも向けられていない言葉だった。

その場にいた誰もが、同じことを考えていた。

それでも、命令はすでに下っている。

畑は、変わる。そして、その先にあるものが――救いなのか、別の何かなのかは、まだ誰にも分からなかった。


あれから、季節が一つ巡った。

麦の代わりに、見慣れぬ花が並ぶ。白や薄紫の花弁が、風に揺れている。

遠目には美しいとすら思える光景だったが、農民はそれを、そんな目では見ていなかった。

指先に小さな刃を当て、未熟な実に浅く傷をつける。じわり、と白い液が滲むのを、待つ。乾いた空気の中で、ゆっくりと固まっていくそれを、丁寧に削り取る。

「……面倒なもんだな」

隣の男が、ぼやいた。

「麦の方が、よほど楽だ」

農民は、何も言わなかった。

手間は増え、気も使う、だが。

「買い上げは確かだ。去年より金は残った」

ぽつりと、別の男が言う。

その言葉に、何人かが頷く。

事実だった。約束通り、王家はすべてを引き取った。量も、質も、細かく見られたが、支払いは滞らなかった。

「……悪くはない」

誰かが言う。

農民は、ふと視線を上げた。

畑の端、以前麦を植えていた場所には、今は同じ花が並んでいる。

「……増えたな」

小さく呟く。

作付けは、広がっていた。最初は一部だけだったが、今年は違う。

「来年は、もっとだとよ。王家が増やせってさ」

隣の男が言う。

農民は、黙った。懐に手を入れると硬貨の感触。確かに、去年より多い。子どもに少し良い靴を買えた。冬も、少しは楽だった。けれど。

「……麦は、減った」

ぽつりと口に出るが、誰も否定しない。

遠くで、子どもたちの笑っている声がした。

その声を聞きながら、農民はゆっくりと息を吐く。

「……まあ、いい。今は」

誰にともなく言う。

その言葉は、納得ではなかったが、拒絶でもない。

“様子を見るしかない”それだけだった。


風が、花を揺らす。

美しく整った畑は、確かに豊かに見えた。

だがその豊かさが、どこまで続くのかは――

まだ、誰にも分からなかった。

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なんだか危うい。蝗害や異常気象で食料不足になった時が、こわいなと思いました。 第三王子とクロスフォード伯爵との会話で、人に食べさせること、備蓄、保存と加工、害虫対策etcといった言葉があったことや、第…
15年位前、実家の近くの空地(休耕地)にセテイゲルム種の「けし」が生えて、保健所と警察の人が駆除していた。土地の所有者に連絡か取れなくて苦労していた様子でした。 沢山の株が生えていた様子なので、繁殖力…
 王子の懸念材料の「けしの実」付属問題解決のスタートは成功しそうですね。 しかし、農民は主食=小麦の減産が少々ご心配のようで‥‥わかる気がしますね。
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