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第29話 伏兵

黒い影。


短剣を持った男が、背後へ滑り込んでいる。


狙いは魔法を潰しているミレイ。


俺は地面を蹴った。


間に合う。


ミレイの背後へ入り、伏兵の短剣を鎌の柄で弾く。


金属音。


短剣の軌道が外れ、伏兵の目がわずかに開く。


次の瞬間、俺は柄を返し、男の鳩尾へ叩き込んだ。


「ぐっ……!」


伏兵の身体が折れる。


ミレイは振り向きざまに杖を振った。


火花が弾け、伏兵の足元を焼く。


その瞬間だった。


正面から、細剣の男の声が飛ぶ。


「いまだ」


低い一言。


それだけで、敵の術者が杖を振った。


地面を這う赤黒い光。


拘束魔法が、バンの足元へ伸びる。


「ちっ!」


バンが大剣を叩きつける。


術式は砕けた。


だが、半分だけだ。


残った鎖が足首に絡み、踏み込みが止まる。


その一瞬を、細剣の男は逃さなかった。


レオニスの盾を刃で弾き、身体を沈める。


そのまま、バンの懐へ入った。


速い。


細剣が、鎧の隙間へ滑り込む。


「バン!」


レオニスの声が飛ぶ。


刃は深くは入らなかった。


だが、バンの脇腹から血が散る。


「くそ!」


バンの膝が落ちかける。


まずい。


正面が割れる。


細剣の男が、さらに一歩踏み込む。


狙いはバンではない。


倒れかけたバンを庇うレオニス。


盾を寄せた、その内側。


「もらった」


細剣が走る。


俺は戻ろうとした。


だが、間に合わない。


距離がある。


速さだけでは、届かない。


その時、アリシアが前に出た。


「――《スパーク》!」


細い雷が走った。


大きな魔法じゃない。


威力も足りない。


だが、真っ直ぐだった。


雷は細剣の男の足元を撃った。


土が弾ける。


男の踏み込みが、ほんの一瞬だけ止まった。


その一瞬で、レオニスの盾が間に合う。


細剣が盾に弾かれ、軌道が浮いた。


そこへ、カイルの矢。


男は首を傾けて避ける。


だが、完全には外れない。


矢が頬を裂く。


さらにミレイの火花が横から走った。


男は後ろへ跳ぶ。


だが、その退路には俺がいた。


今度は届く。


鎌を振る。


細剣の男は、とっさに剣で受けた。


金属音。


次の瞬間、細剣が根元から折れ飛んだ。


刃の欠片が宙を回り、土に刺さる。


同時に、俺の鎌が男の肩口を裂いた。


浅い。


男は大きく飛び退き、折れた剣の柄を握ったまま着地する。


初めて、呼吸が乱れていた。


細剣の男は、銀爪を見た。


レオニス。


負傷したバン。


弓を構えるカイル。


肩から血を流しながらも杖を構えるミレイ。


そして、俺とアリシア。


男の目が、アリシアで止まる。


「……なるほど」


低い声だった。


笑ってはいない。


「銀爪だけなら、何とかなると思ったが……」


そこで男は、折れた剣を捨てた。


「見通しが甘かった」


術者が杖を構え直す。


伏兵も体勢を立て直しかける。


弓手もまだ枝の上にいる。


だが、細剣の男はもう前に出なかった。


「撤退だ」


短い命令。


術者が黒い玉を地面へ叩きつける。


濁った煙が、一気に広がった。


「逃がすか!」


バンが血を押さえながら踏み出そうとする。


だが、膝が落ちる。


「ぐっ……」


「待ってください」


レオニスが即座に前へ出た。


盾を構えたまま、煙の奥を睨む。


「こちらも消耗しています。それに、罠かもしれません。」


「けどよ……!」


「今は追う場面ではありません」


レオニスの声は静かだった。


だが、誰も逆らえない重さがあった。


俺も一歩出かけて、足を止める。


煙の向こうに気配はある。


追えば、届くかもしれない。


だが、アリシアを置いていくことになる。


バンも動けない。


ここで追えば、こちらの形が崩れる。


煙の奥から、細剣の男の声だけが残った。


「次は、その娘から潰す」


アリシアの肩が、わずかに震えた。


俺は鎌を握る手に力を込める。


煙が薄れる。


残ったのは、抉れた地面。


折れた細剣。


黒く焦げた土。


血の線。


ただ、戦闘の跡だけだった。

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