第28話 対峙
木々の隙間、その暗がりの向こうに――人の気配がある。
そう思った瞬間、もう遅かった。
「――伏せろ!」
喉が裂けるように叫ぶ。
次の瞬間、空気を裂く鋭い音が走った。
矢だ。
一本目は、俺たちの頭の高さを薙ぎ、背後の木へ深々と突き刺さる。
乾いた衝撃音が、窪地に響いた。
アリシアが息を呑み、ミレイの肩が跳ねる。
バンが反射的に前へ出た。
二本目。
今度は低い。
レオニスが半歩踏み込み、盾で受ける。
硬い音が弾け、矢が土の上を転がった。
「……来たか」
バンが低く吐く。
レオニスは盾を構えたまま、静かな声で言った。
「慌てずに。すぐに体勢を立て直しましょう」
その一言で、場が締まる。
「カイル、上を抑えてください。ミレイは術式を見て。バンは前を受けます。怜さんは遊撃。アリシアさん、まずは全体に支援を」
短く、迷いのない指示だった。
俺は横へ滑り、鎌を構える。
カイルはすでに高い枝へ視線を走らせている。
ミレイの杖先に淡い光が宿る。
アリシアは息を詰めたまま頷き、杖を握り直した。
柔らかな光が散り、俺たちの身体に薄くまとわりつく。
筋肉が軽く反応する。
視界の奥行きが、わずかに鮮明になった。
その直後、正面の林が揺れた。
姿を現したのは三人。
高い枝の上に弓手が一人。
地上には杖を持つ術者。
そして、その前へ一歩遅れて出てきたのが、細剣を下げた男だった。
背は高くない。
だが、妙に目を引く。
黒い外套の下に軽装の革鎧。
無駄のない立ち姿。
口元だけに薄い笑みを浮かべている。
男は窪地の木を一瞥し、それから俺たちへ視線を戻した。
「よくここまで探し当てたな。だが、踏み込みすぎだ」
声は低いが、よく通った。
驚いているようでいて、足元は少しも崩れていない。
細剣の男が、わずかに顎を上げる。
「射線を作れ」
それだけで、二人が動いた。
高い枝の上から矢が走る。
正面では、術者の杖先に赤黒い光が集まり、地面を這う術式が伸びた。
弓と魔法。
その二つがこちらの動きを縛った瞬間、細剣の男がレオニスへ踏み込んだ。
速い。
「ミレイ!」
レオニスの声と同時に、地面を這った拘束の光が横から焼かれた。
ミレイの火花が術式を断ち切り、空気が弾ける。
カイルの矢も同時に飛ぶ。
高い枝の弓手は身を捻って避けたが、その一瞬で射線がずれた。
その間に、バンが前へ出る。
大剣が唸る。
細剣の男は、バンの大剣を受けなかった。
刃を添えるだけで軌道を流し、半歩外へ逃がす。
そこへ、レオニスの盾が来る。
男は踏み込みを止めた。
無理に抜ければ、盾で潰される。
そう判断したのだろう。
次の瞬間、細剣が角度を変え、レオニスの盾腕へ走った。
レオニスは盾をわずかに引き、刃を外へ逃がす。
その隙に、バンの大剣がもう一度落ちた。
男は表情も変えない。
ただ、二人の間合いから一歩だけ退いた。
その一歩を、カイルの矢が追う。
逃げた先に矢が刺さり、男の足が止まる。
さらに術者の杖先で赤黒い光が膨らんだ瞬間、ミレイの火花が横から走り、術式の起点を焼いた。
銀爪は、四人揃うと別物だった。
レオニスが位置を切る。
バンが圧をかける。
カイルが上を止める。
ミレイが魔法を潰す。
一つ一つは昨夜見たものの延長だ。
だが四人揃うと、それが途切れない。
誰かが攻めれば、誰かがその出口を塞ぐ。
誰かが止めれば、別の誰かがその隙に圧をかける。
無駄がない。
二人の時も凄かった。
だが、四人揃うとこうなるのか。
それでも、押し切れない。
相手も手練れだった。
弓手はカイルに完全には封じられず、少しでも隙があれば射線を通してくる。
術者はミレイと打ち消し合いながら、拘束の機会を探っている。
細剣の男は、レオニスとバンの連携の間でなお崩れない。
あの3人と銀爪の実力は拮抗している。
だが、なぜか男から余裕を感じる。
三人。
本当に、三人だけか。
窪地に入った時の気配は、もっと薄く広がっていた。
正面の三人が目立ちすぎている。
俺は鎌を握り直し、周囲を見た。
木の幹。
落ち葉。
低い茂み。
影の濃い場所。
いる。
まだ、どこかにいる。
細剣の男がこちらへ視線を流した。
「来ないのか」
誘っている。
俺が前に出れば、アリシアが一人になる。
ミレイの背後も空く。
あの男は、それを待っているように見えた。
「……怜さんは行かないんですか」
アリシアが小さく言った。
「誘われている」
俺は短く言った。
「え……?」
アリシアが聞き返す。
その瞬間、右後ろの茂みが、風とは違う揺れ方をした。
葉が遅れて沈む。
足音はない。
だが、土がわずかに鳴った。
伏兵だ。
短剣を持った四人目が、ミレイの背後へ飛び込む瞬間だった。




