第27話 対峙
林の奥。
木々の隙間、その暗がりの向こうに――人の気配がある。
そう思った瞬間、もう遅かった。
「――伏せてください!」
喉が裂けるように叫ぶ。
次の瞬間、空気を裂く鋭い音が走った。
矢だ。
一本目は、俺たちの頭の高さを薙ぎ、背後の木へ深々と突き刺さる。
乾いた衝撃音が、窪地に響いた。
アリシアが息を呑み、ミレイの肩が跳ねる。
バンが反射的に前へ出た。
二本目。
今度は低い。
レオニスが半歩踏み込み、盾で受ける。硬い音が弾け、矢が土の上を転がった。
「……来たか」
バンが低く吐く。
レオニスは盾を構えたまま、静かな声で言った。
「慌てずに。すぐに体勢を立て直しましょう」
その一言で、場が締まる。
「カイル、上を抑えてください。ミレイは術式を見て。バンは前を受けます。怜さんは遊撃。アリシアさん、まずは全体に支援を」
短く、迷いのない指示だった。
俺は横へ滑り、鎌を構える。
カイルはすでに高い枝へ視線を走らせている。
ミレイの杖先に淡い光が宿る。
アリシアは息を詰めたまま頷き、杖を握り直した。
柔らかな光が散り、俺たちの身体に薄くまとわりつく。
筋肉が軽く反応する。視界の奥行きが、わずかに鮮明になった。
その直後、正面の林が揺れた。
姿を現したのは三人。
高い枝の上に弓手が一人。
地上には杖を持つ術者。
そして、その前へ一歩遅れて出てきたのが、細剣を下げた男だった。
背は高くない。
だが、妙に目を引く。
黒い外套の下に軽装の革鎧。無駄のない立ち姿。口元だけに薄い笑みを浮かべている。
男は窪地の木を一瞥し、それから俺たちへ視線を戻した。
「よくここまで探し当てたな。だが、踏み込みすぎだ」
声は低いが、よく通った。
驚いているようでいて、足元は少しも崩れていない。
「やれ」
それだけで、三人が同時に動いた。
上から矢。
正面から術式。
そして細剣の男が、まっすぐレオニスへ踏み込む。
速い。
「ミレイ!」
レオニスの声と同時に、地面を這った拘束の光が横から焼かれた。
ミレイの火花が術式を断ち切り、空気が弾ける。
カイルの矢も同時に飛ぶ。
高い枝の弓手は身を捻って避けたが、その一瞬で射線がずれた。
その間に、バンが前へ出る。
大剣が唸る。
細剣の男は真正面から受けず、刃を流して半歩だけ外へ逸れる。
だが、逸れた先にはもうレオニスの盾がある。
「……さすが銀爪か」
男が細剣を返しながら低く笑う。
銀爪は、四人揃うと別物だった。
レオニスが位置を切る。
バンが圧をかける。
カイルが上を止める。
ミレイが魔法を潰す。
一つ一つは昨夜見たものの延長だ。
だが四人揃うと、それが途切れない。誰かが攻めれば、誰かがその出口を塞ぐ。誰かが止めれば、別の誰かがその隙に圧をかける。
無駄がない。
二人の時も凄かった。
だが、四人揃うとこうなるのか。
それでも、押し切れない。
相手も手練れだった。
弓手はカイルに完全には封じられず、少しでも隙があれば射線を通してくる。
術者はミレイと打ち消し合いながら、拘束の機会を探っている。
細剣の男は、レオニスとバンの連携の間でなお崩れない。
本来、B級パーティでも簡単には倒せない。
それが一目で分かった。
「怜さん。アリシアさん」
レオニスが短く呼ぶ。
「支援を切らさず、隙ができたらリーダーを狙ってください」
「分かった」
その瞬間、細剣の男の視線が俺とアリシアへ流れた。
見られた。
だが、それでいい。
バンの大剣が上から落ちる。
男は半身で外す。
そこへレオニスの盾が寄り、退き足を削る。
ミレイの火花が術者の動きを止め、カイルの矢が上の弓手を幹へ縫い付けるように射線を押し込む。
攻防は続く。
だが、相手にはまだこちらへ意識を割く余裕があった。
アリシアが杖を持ち上げ、支援の詠唱へ入る。
その一瞬。
細剣の男の意識が、アリシアへ寄った。
その隙へ入る。
地面を蹴る。
一歩で足りる。
鎌を返し、最短で首元へ走る。
男の目がわずかに開く。
細剣が跳ね上がる。
一閃。
金属音が弾けた。
男の細剣が根元から折れ飛ぶ。
同時に、鎌の刃先が肩口を浅く裂く。
血が散る。
細剣の男は大きく飛び退いた。
笑みが、初めて消えていた。
「……なるほど」
低く呟く。
その視線が、銀爪の四人、俺、そしてアリシアまで順に走る。
「……厄介だな」
次の一言には、もう余裕だけではない現実味が混じっていた。
「銀爪だけなら押し切れる。だが……あの二人まで絡むと、骨が折れる」
「引くぞ」
その瞬間、術者が何かを投げた。
黒い玉。地面に落ち、濁った煙が一気に広がる。
「煙です!」
アリシアの声。
レオニスの盾が前へ出る。
バンが舌打ちしながら踏み込みかけるが、レオニスが左手を出して制した。
「追わないでください」
低い声だった。
だが、はっきりと止まる強さがある。
「相手の退路が見えていません。こちらも消耗しています」
確かに、息は浅い。
バンの肩も大きく上下している。
ミレイは術式の打ち消しで魔力を削られていたし、カイルも上への牽制を続けて呼吸が荒い。
俺も、今の一撃でかなり持っていかれていた。
煙の向こうで、細剣の男の声だけが残る。
「覚えておけ
次はない」
そのまま、気配が林の奥へ溶けた。
煙が薄れる。
残ったのは、抉れた地面と折れた細剣の破片、それに血の線だけだった。




