VS バン
裏手の訓練場は、ベルク支部の規模に見合った簡素な造りだった。
土を踏み固めた長方形の広場。片隅には藁束と木人、壁際には使い込まれた木剣や槍が立てかけられている。灯りは多くないが、間合いを見るには十分だった。
片側では、ミレイがアリシアに向き合っていた。
アリシアは杖を構え、まだぎこちないながらも集中している。杖先には小さな火花が散り、かすかな青白い光が震えていた。
「そっちはそっちで続けてていい」
バンが言い、訓練場の中央へ出る。
「こっちは軽くやるだけだ」
ミレイが鼻で笑う。
「壊さないでよ」
「壊れる方が悪い」
即答だった。
とても安心できる返事ではなかった。
俺は鎌を背から下ろし、軽く握り直す。
バンは大剣を肩から外した。柄を握るだけで、空気が少し変わる。重い。あの武器は、振るうだけで圧になる。
レオニスとカイルは外側に下がった。
アリシアも気になるらしく、何度かこちらへ目を向けている。ミレイに肩を叩かれ、慌てて正面へ戻った。
「一本」
バンが剣先を下げたまま言う。
「先に明確に取った方の勝ちだ。殺す気はねぇが、甘くもやらん」
「十分だ」
俺が答えると、バンの口元がわずかに歪んだ。
一拍の静寂。
先に動いたのはバンだった。
大剣の間合いにしては速い。正面から圧をかけるだけじゃない。横へ逃がさない踏み込みだ。
初撃は見た目以上に重かった。
受けない。半歩ずらして外す。剣風だけで頬が撫でられる。まともに受けていたら、腕ごと持っていかれていた。
だが、そこで終わらない。
振り抜いた直後、本来なら生まれるはずの隙が薄い。戻しが速い。二撃目がすでに来ている。
「っ」
今度は後ろではなく、内側へ潜る。大剣の柄に近い死角へ入るつもりだった。
だが、バンはそれを読んでいた。
肘が来る。
咄嗟に身体を開き、掠めさせて抜ける。わずかに遅れて鎌を振るったが、刃は届く前に剣の腹で弾かれた。
「なるほどな」
バンが低く言う。
そのまま間合いを詰めてくる。
重い。だが、雑ではない。
ただ振り回しているんじゃない。大剣の重みを圧として前へ押し出し、逃げる先を限定している。
石橋で感じた感覚に近かった。
強い相手は、一撃だけが強いわけじゃない。
立つ位置そのものを削ってくる。
三合、四合。
バンは崩れない。
だが、見えてくるものもある。
踏み込みは重い。重いぶん、重心の乗る瞬間がはっきりしている。
剣を返す時、右肩がわずかに先に開く。
一撃ごとの圧は強いが、次に繋ぐ角度は素直だ。
「どうした、来ねぇのか」
挑発ではない。確認だ。
俺は答えず、距離を半歩だけ詰めた。
バンの剣が横に薙ぐ。
さっきまでと同じ軌道。
だが今度は、外へ逃げない。
刃の内側へ踏み込む。
剣風が髪を掠める。
視界の端で大剣が通り過ぎるのを確認しながら、鎌の柄を短く持ち替えた。
近すぎる間合い。
バンの目が、わずかに開く。
そこへ、一閃。
鎌の刃ではない。柄の先端を喉元へ突きつける。
止まる。
それだけで十分だった。
訓練場に、ぴたりと音が消えた。
バンの喉元すれすれで、俺の鎌が止まっている。
あと半歩踏み込めば、先に届いていた。
「……」
バンは動かなかった。
それから、ゆっくりと息を吐く。
「一本だ」
低い声だった。
俺が鎌を引くと、ようやく周囲の空気が戻る。
カイルが目を丸くする。
「いや……早っ」
ミレイも、さすがに少し驚いた顔をしていた。
「今ので取るのね」
アリシアは状況を理解するのに一拍遅れたらしい。
それから、はっとしたようにこちらを見た。
「勝ったんですか……?」
「そうなるな」
バンが答える。
悔しそうではあったが、取り乱してはいない。むしろ、何かを噛みしめるようにこちらを見ていた。
レオニスが静かに言う。
「……一対一で相当強いとは聞いていましたが」
一拍。
「ここまでとは思っていませんでした」
カイルが苦笑する。
「真正面からやり合いたい相手じゃないね、これ」
バンが大剣を肩に担ぎ直した。
「押してりゃ潰せると思ったが、甘かったな。近づかせた時点でもう負けだ」
俺は鎌を下ろしたまま、短く息を吐く。
確かに取った。
だが、余裕があったわけじゃない。
数合の中で見切れたから届いた。それだけだ。
少しでも読みが遅れていれば、こっちが押し切られていた。
レオニスが、そんなこちらを見て静かに続けた。
「一対一の強さは十分分かりました」
その声音には、驚きと納得が半分ずつ混じっている。
「ですが――我々はもともとパーティです」
そう言って、バンの横へ並んだ。
「もしよろしければ、次は私とバン、二人を相手にしてみませんか」
訓練場の空気が、また少し変わる。
アリシアが目を見開く。
ミレイは面白そうに細めた目でこちらを見る。
カイルは口笛を吹きかけてやめた。
バンは何も言わなかった。
ただ、大剣を握り直して一歩だけ位置をずらす。
レオニスは視線を外さない。
「一対一と、複数を同時に相手にするのとでは、求められるものが違います。今後一緒に動くなら、そこも見ておきたい」
俺は二人を見た。
片方は正面から圧をかける前衛。
もう片方は、盾と剣で間合いそのものを支配する男。
一対一なら切り込める。
だが二人なら、話は別だ。
「……いい」
そう答えると、レオニスが静かに頷いた。
「ありがとうございます」
俺は鎌を握り直し、二人の立ち位置を見た。
一人で勝つための戦い方なら、磨いてきた。
だが、パーティとしてぶつかる戦いは、まだ知らない。
だからこそ、試す価値がある。




