第23話 隠された痕
東門を抜けてしばらく進むと、道は林の中へ細く折れていた。
門前の人通りはもう見えない。木々が視界を遮り、街の音も遠い。夜なら、外から中の様子はまず分からないだろう。
「……ここまで入れば、確かに見えませんね」
アリシアが小さく呟いた。
レオニスは足を止め、周囲を見渡す。
「老婆の話と位置は合います。東門外れから少し入った先。人目を避けるなら、ちょうどいい」
「そのぶん、何も残ってなきゃ骨だな」
バンが鼻を鳴らした。
全員でゆるく広がり、地面と木々を見て回る。
だが、しばらくしても目につくものはなかった。
争った跡も、踏み荒らしも、太い足跡もない。落ち葉は薄く積もり、土も荒れていない。拍子抜けするほど普通の林だった。
バンが周囲を見回し、低く吐く。
「……何もねぇな」
アリシアも不安そうに辺りを見た。
「……普通の林と変わらないですね」
俺も地面へ視線を落とした。
落ち葉の積もり方も、土の荒れ方も、綺麗に整っている。
「……いや」
思わず声が漏れた。
レオニスがすぐに反応する。
「どこか気になります?」
「綺麗すぎる」
靴先で落ち葉を軽く払う。
「三日目の夜に、何人か人がいた。しかも“何か大きなもの”のまわりに集まっていたって話だ。もしそれが本当なら、もう少し何か残っていてもいいはずだ」
さらに土を見下ろす。
「人が動けば地面は乱れるし、大きなものが暴れれば木か土に何かしら出る。でも……整いすぎてる」
カイルが目を細めた。
「……なるほど。いいところに目をつけるね」
しゃがみ込み、指先で地面を探る。
「確かに、何もなさすぎる」
カイルは足元を指で示した。
「ここ、落ち葉の乗り方が揃いすぎてる。自然に積もったなら、もっと濃い場所と薄い場所が出る。でもこれは違う。上から薄く散らした感じだ」
アリシアが目を見開く。
「隠したってことですか」
「たぶん」
カイルは少し離れた土の表面も見た。
「こっちも同じ。表面だけ妙に均一だ。枝か何かで軽く掃いて、その上から落ち葉を散らしてる。普通に見れば分からない。でも、何もないにしては整いすぎてる」
バンが低く唸った。
「つまり、誰かが痕を消した」
「そう考えるのが自然かな」
レオニスの視線が鋭くなる。
「痕跡が“残っていない”のではなく、“残さないようにしている”わけですね」
「少なくとも、この辺はそう見えるね」
カイルは立ち上がった。
ミレイが二本並んだ木へ視線を向けた。
「ええ。土は均せるけど、木にかかった力までは消しにくい」
杖の先に淡い光が灯る。
強い魔法ではない。薄く揺れる光が、木肌を撫でるように流れていく。
最初は何も変わらない。
だが、右側の木を光がなぞった瞬間、一部だけ色が鈍く沈んだ。さらに隣の木にも、ほぼ同じ高さで似た痕が浮かぶ。
「……そこ」
ミレイが目を細める。
肉眼では、ただ樹皮が少し荒れているようにしか見えなかった。だが光を通すと違う。横一文字に、強い力がかかった跡が二本、向かい合うように残っている。
「同じ高さですね」
レオニスが二本の木を見比べる。
「ええ」
ミレイは光を保ったまま答えた。
「表面の傷だけじゃない。内側まで歪んでる。しかも一度じゃないわね」
「縄か」
俺が言うと、ミレイは首を横に振った。
「それだけじゃない。拘束魔法の残りがある」
その一言で空気が変わった。
「拘束魔法?」
アリシアが息を呑む。
「何かを縛って止める魔法。時間が経ってかなり薄れてるけど、この木の間で使われたのは間違いないと思う」
バンが木と木の間を見た。
「人間相手の位置じゃねぇな」
「ええ」
ミレイは短く頷く。
「もっと大きい。しかも、暴れるのを一時的に押さえた感じが強い」
レオニスは周囲を見渡し、静かに言った。
「ここで何かを止めた。その上で、痕跡を消した……そう見るのが自然ですね」
「ここは現場だな」
カイルが土を払って立ち上がる。
「でも終点じゃない。ここで押さえたなら、その後どこかへ出してる」
「門は通してねぇだろうな」
バンが即座に返す。
「こんな場所まで引っ張ってきて、最後だけ東門を通る理由がねぇ」
「ええ」
レオニスは頷いた。
「なら、この先に出した道があるはずです」
俺はもう一度、均された地面と木の痕を見た。
何もない。
だが、その違和感こそが、ここで何かがあった証拠になっていた。
ミレイが杖の光を消す。
「ここから先も追えそうね。隠しきれてないものが、まだあるかも」
カイルがレオニスへ目を向ける。
「朝なら、もっと分かりやすい痕も拾えると思う。今日はそろそろ引いた方がいい」
「そうですね。日が落ちる前に戻りましょう」
レオニスは周囲を見回し、短く続けた。
「明朝、ここから再開します。ミレイは魔法の跡を追ってください。カイルは地面と道筋を読む。私たちは、それに合わせて動きます」
俺たちも、その背を追って林を後にした。




