第22話 夜の目撃
門の内側まで戻ると、先にミレイとアリシアが来ていた。
アリシアは杖を抱えたままこちらに気づき、小さく頭を下げる。ミレイは壁際にもたれ、こっちを見るなり片手を上げた。
「そっち、何かあった?」
「こちらは大きな進展なしです」
レオニスが簡潔に返すと、ミレイは肩をすくめた。
「そっか。私たちも似たようなもんだったかな。ちょっと面白い話は聞けたけど」
その時だった。
「おー、揃ってんじゃん」
門の外から戻ってきたカイルが軽い調子で声をかけ、少し遅れてバンも姿を見せる。バンは相変わらず無愛想な顔のまま、まっすぐこちらへ歩いてきた。
「商人どもは口が多くて面倒くせぇ」
「でも、無駄足じゃなかったよ」
カイルがそう続けると、レオニスは全員を見回した。
「全員揃いましたね。では、共有しましょう」
その一言で、自然と全員が壁際へ寄る。
門の出入りを邪魔しない位置で、レオニスが地図を広げた。
「まず、こちらから報告します。東門の門兵と、周辺の街道利用者への聞き込みです」
指先が東門外れを示す。
「最初の目撃は十日前後前。夕方、東門外れの林の向こうに大きな影が見えたという話が最初です。その後、三日ほど似た証言が続いています。ただし、その間に襲撃はありません。街へ出てきた形跡もなく、人を襲ったという報告もなし。見えるか見えないかの距離で、気配だけがあった」
一拍置いて、静かに付け足す。
「以前、確認していた内容と大きくは変わりません」
最初の目撃は十日前後前。
その後、三日ほど東門外れの林で断続的な目撃。
襲撃はなし。
銀爪が調査を始めた頃には消えていた。
こちらで拾えたのは、結局その裏付け程度だった。
「ただ、荷馬車が通る時に、林の奥で動きがあったという話はありました」
「気にしていた、ってほどではないがな」
俺も補う。
「荷が動くと、奥で何かが揺れた。門兵の話はその程度だ」
ミレイが眉を上げる。
「荷に反応してた可能性がある、ってこと?」
「そこまでは言い切れません」
レオニスは淡々と答えた。
「ただ、少なくともベルク段階では、石橋で見せたような襲撃性は確認されていません」
「こっちも似たようなもんだ」
バンが低い声を挟む。
「商人の話は、だいたい石橋の件ばっかりだった」
カイルがその後を継いだ。
「目撃そのものは曖昧。でも、橋が止まっていた数日だけでも商人には十分痛かった、って話はかなり聞けたよ」
レオニスが視線を向ける。
「具体的には?」
カイルの指が地図の石橋を軽く叩いた。
「ベルクとレーベンの間で、まともに荷を通せる一番近い道が、あの石橋だったってこと。別の道がないわけじゃない。でも遠回りになるし、荷も人手も余計に食う。だから、あの橋が止まっていた数日だけでも仕入れは鈍る。商人にとってはそれで十分痛い」
バンが腕を組んだまま続ける。
「レーベンは北方ででかい都市だ。そこへの行き来が鈍るだけで、ベルクみてぇな街には響く」
「……数日通れなかっただけで、そんなに変わるんですか」
アリシアが小さく漏らした。
「変わるよ」
カイルは珍しく軽さを抑えた口調だった。
「すぐに露骨な値上がりが出たわけじゃない。でも、あの数日で仕入れを控えた店はあったし、このまま長引けば値を上げるしかないと考えていた商人もいた。つまり、“橋が危ない”ってだけでも、もう十分に効いてたってこと」
「被害は橋の上だけで終わる話じゃなかった、ってことだな」
そう返すと、カイルは頷いた。
「そういうこと」
決定的な手掛かりではない。
だが、石橋の件が荷馬車一台二台で終わる話ではなかったことは分かる。
橋が止まれば、荷は鈍る。
荷が鈍れば、仕入れは揺らぐ。
それだけで、街の空気は少しずつ悪くなる。
「……で、最後にこっち」
ミレイが壁から背を離した。
「露店と住民の聞き込みは、大半が空振り。見た、見てない、聞いた気がする、その程度。目撃の話も、だいたい前に出てた範囲から出なかった」
「ですが」
アリシアが小さく続ける。
「一人だけ、気になることを言っていた人がいました」
「どんな話だ?」
俺が促すと、アリシアは記憶を辿るように目を伏せた。
「東門の近くで薬草を売っているお婆さんです。三日目の夜……東門外れの方で、何人か人影を見たって」
場の空気が、わずかに静まる。
ミレイが横から補足した。
「夜更け。暗くて遠くて、何をしてたかまでははっきり見えてない。ただ、“何か大きなもの”のまわりに、人が何人か集まってたように見えたって」
「大きなもの?」
バンが眉をひそめる。
アリシアは頷いた。
「暴れていたようにも見えたけど、はっきりしないそうです。その人は、てっきりギルドが追っているんだと思って、近づかなかったって……」
レオニスの視線が鋭くなった。
「……それは、調査を始めてから初めて出た話ですね」
誰も口を挟まなかった。
反応としては、それで十分だった。
レオニスはそのまま問いを重ねる。
「場所は?」
「東門外れ。林に入る手前あたりだそうです」
指先が地図の一点に置かれる。
「時刻は」
「日が落ちて、だいぶ経ってから」
「目撃者の確度は?」
「高くはありません」
ミレイが先に答えた。
「作り話には見えなかった。でも、お婆さん自身も“今思えば、あれは何だったんだろうね”って言い方だったかな」
「……三日目の夜、か」
レオニスの声が低くなる。
誰もすぐには口を開かなかった。
三日目。
目撃が続いた最後の夜。
そのあと、気配は消えている。
そこに、何人かの人影。
この日の報告の中では、明らかにそこだけ重い。
ただし、それだけで答えにはならない。
そこが厄介だった。
レオニスはしばらく地図を見ていたが、やがて口を開いた。
「日が落ちる前に、東門外れだけ見ておきましょう」
「賛成」
ミレイが即座に頷く。
「話の出た場所が本当にその辺なら、早めに確認しましょう」
「暗くなる前までだな」
バンも短く言った。
俺は鎌の位置を直し、東門の外へ目を向けた。
決定打はない。
俺たちの組も、前に掴んでいた以上の答えは持ち帰れなかった。
それでも、何もなかったわけではない。
三日目の夜。
東門外れ。
何人かの人影。
何か大きなもの。
あの目撃が本当なら、気配が消えた夜、あそこには魔物以外の何かがいたことになる。
「行きましょう」
レオニスが先に歩き出す。
俺たちも、その背を追って東門へ向かった。




