第21話 調査開始
馬車はベルクの門前で止まった。
石壁はレーベンより低い。
門も狭い。だが、人の出入りは途切れていなかった。
荷馬車、徒歩の商人、籠を抱えた女、槍を持つ門兵。
規模は小さいが、街としては十分に動いている。
「着いたよー」
カイルが手綱を軽く引いたまま言う。
俺たちは荷台から降りた。
地面を踏んだ瞬間、長く揺られていたせいか足裏に少しだけ違和感が残る。
レオニスが周囲を一度見回した。
「まずは聞き込みです。
門周辺、街道利用者、露店、住民、商人――この辺りから当たりましょう」
「手分けするのか?」
俺が聞くと、レオニスは頷いた。
「はい。ただし完全には分かれません。
この件はまだ何があるか分からない。二人一組で動きます」
地図を広げるほどでもないと判断したのか、指だけで配置を示した。
「私と怜さんで門兵と街道利用者を当たります。
ミレイはアリシアさんと一緒に、露店と周辺の住民から。
バンとカイルは商人周りをお願いします」
「りょーかい」
ミレイが軽く手を挙げる。
「任せて。怖がらせない方が得意だから」
「俺が怖がらせるみてぇな言い方だな」
バンが鼻を鳴らす。
「みてぇじゃなくて、そのままでしょ」
「うるせぇ」
短いやり取りのあと、レオニスが全員を見た。
「共通で聞くことは三つです。
最初に見た場所。時期。どの方向から来たように見えたか。
推測はいりません。見たままだけで十分です」
「分かった」
レオニスは短く頷いた。
「では、二刻後に門の内側で合流を」
銀爪がそれぞれ散っていく。
俺もレオニスと並んで歩き出した。
前を行くバンとカイル、それにミレイとアリシアの背中を見る。
「……銀爪は、仲がいいんだな」
隣を歩くレオニスが、少しだけこちらを見る。
「そう見えますか」
「見える。連携も会話も、無理がない」
レオニスは少し考えるように前を向いた。
「長いですからね。この四人で組んで、もう三年になります」
「三年……」
「ええ。最初から噛み合っていたわけではありません。
ですが、依頼を重ねるうちに、自然と今の形になりました」
俺は前を見たまま聞く。
「喧嘩はしないのか」
「しますよ」
レオニスは淡々と言った。
「バンは短気ですし、ミレイは遠慮がありません。カイルは軽い。
正直、静かな日よりうるさい日の方が多いです」
「……それでまとまるのか」
レオニスは前を向いたまま、静かに言った。
「まとまる必要なんてないんです」
少し意外で、そちらを見る。
「パーティは、信頼関係で成り立っています。
性格も考え方も違って当然です。実際、全員かなり違いますしね」
少しだけ間を置いて、続ける。
「背中を預ける時に疑わないこと。
役目を果たすと信じられること。
それがあれば十分です」
「いい関係だな」
「はい。今のパーティでなかったら、冒険者はやっていないでしょうし」
少し引っかかった。
「……冒険者は、やっていない?」
俺が聞くと、レオニスはわずかに目を細めた。
「ええ。少し長くなりますので、その話はまた今度」
その視線が前方へ向く。
大きな門の脇には、長槍を立てた兵が二人いた。
年は三十前後。姿勢は崩れていないが、こちらを見る目は少し警戒気味だ。
レオニスが歩調をわずかに上げる。
「まずはこちらから行きましょう」
俺も頷き、門兵の方へ向かった。
レオニスが先に一歩出る。
「この東門の外れで、大型の魔物の目撃が続いていた件で伺いたいことがあります。
最初に見た場所と時期、それから、どちらへ向かったかを聞かせていただけますか」
門兵の一人が、こちらの装備に目を留めた。
俺の鎌、レオニスの盾と剣。
次に、顔つきがわずかに和らいだ。
「……ああ、あの灰色の化け物のことか」
レオニスが頷く。
「はい。最初に異変があったのは、いつ頃でしたか」
門兵は少し考えてから答えた。
「一番最初は……十日か、もっと前だったか。夕方だな。
東門の外れで、林の向こうに妙にでかい影が見えたって話が上がった」
「はっきり姿を見た者は?」
「そこまではっきりじゃねぇ。遠目だ。
ただ、次の日も、その次の日も似たような話は出た。林の奥で枝がでかく揺れただの、灰色の影が横切っただのな」
三日。
そこは聞いていた話と噛み合う。
「その間、人を襲ったという報告は?」
門兵は首を横に振った。
「ない。街まで出てきたわけでもねぇ。
見えるか見えねぇかの距離に気配があるだけだった」
レオニスが続ける。
「方向はどうでしたか。山側から、ですか」
「ああ。東の林だ。
山の方から気配が来て、しばらくすると見えなくなる。そんな感じだった」
「荷馬車を気にしているような様子は?」
門兵は眉をひそめた。
「気にしてた、ってほどでもねぇが……荷馬車が通ると、林の奥で動きがあったって話は聞いたな」
俺とレオニスの視線が一度だけ交わる。
門兵は槍の石突きを軽く鳴らした。
「ギルドに調査依頼が出て、《銀爪》が動き始めた頃には気配が消えてた。
皆、山に戻ったと思ってたよ」
「ありがとうございます。助かりました」
レオニスが頭を下げ、俺たちはその場を離れた。
少し歩いてから、俺は口を開く。
「最初は十日前後前。三日続いて、消えた。
だが、まともに姿を見せたわけじゃない」
「ええ。石橋での動きとは違います」
レオニスの声は落ち着いていた。
「少なくともベルク段階では、人前に出ることを避けていたように見えます」
門兵から離れたあと、俺たちは東門の近くをしばらく歩いた。
街道脇で荷を整えている御者。
門をくぐってきた旅人。
林の方から戻ってきた採集帰りの男。
何人かに声をかけたが、返ってくるのは似たような話ばかりだった。
「遠くで見た気がする」
「林の奥で音がした」
「門兵が騒いでいたのは覚えている」
断片ばかりで、門兵の証言を越えるものはない。
レオニスも無理に掘り下げようとはしなかった。
曖昧な話を積んでも、調査の精度は上がらないからだろう。
やがて、門の上の影が少しずつ傾き始める。
約束の刻限が近い。
レオニスが足を止めた。
「……こちらは、この辺りまでにしましょう」
「ああ。」
最初の目撃は十日前後前。
その後、三日ほど東門外れの林で断続的な目撃。
襲撃はなし。
銀爪が動き始めた頃には消えた。
結局、こちらで拾えたのは、既に出ていた話の裏付け程度だった。
「戻りましょう。他の組の話も聞きたい」
「はい」
俺たちは門の内側、合流場所へ引き返した。




