第19話 消えた足跡
レオニスは地図の上に指を置いたまま、淡々と状況を整理し始めた。
「まず、現在地はここ――レーベンです」
指先が城壁の印を軽く叩く。
「そして、アッシュオーガが確認されたのが石橋。怜さんとアリシアさんに討伐されました」
地図上で指が滑り、石橋の印で止まる。
「問題は“その前”です。最初の目撃情報は、石橋のさらに東――ベルク付近で出ています」
アリシアが首を傾げ、小さく呟いた。
「……でも、アッシュオーガって……山奥の魔物ですよね。どうして、そんなところに……」
レオニスは否定も肯定もせず続ける。
「我々はその目撃情報を受け、ベルク側で調査を開始しました。三日間、目撃は継続しています」
一拍。
「ただし――その三日間は、襲撃がありませんでした。人を襲った、荷を奪った、という報告は一件もない」
不自然だ。
目撃される距離にいるのに、手を出していない。
「それで、石橋に移動してから急に襲撃が始まった……?」
俺が確認すると、レオニスは頷いた。
「はい。襲撃が発生したのは石橋付近に移ってからです。荷馬車の破壊、食料の抜き取り、護衛の死亡――」
言い終える前に、アリシアが不安そうに眉を寄せる。
「じゃあ……アッシュオーガは、どうやってベルクから石橋まで……?」
「そこが、現時点での最大の穴です」
レオニスの指が、ベルクと石橋の間をなぞる。
「我々も痕跡を追っていました。ただ――ベルク郊外を越えたあたりで、一度、足跡も擦過痕も途切れます。そしてしばらく行方をくらませた後…」
そして石橋へ指が戻る。
「石橋付近で、再び痕跡が出る。まるで――途中を“飛ばした”ような途切れ方です」
ミレイが肘をつき、地図を覗き込む。
「“飛ばした”って言い方、嫌だね。足跡が途切れるのは雨ならまだしも……最近降ってない。そこだけ綺麗に消える?」
確かに違和感しかない。たまたま地形で消えたのか。消されたのか。
地図の線を目で追い返した。
「ベルクから石橋までの間。そこでアッシュオーガがどう動いたのか調査するべきだ。途切れた地点が分かれば、理由も見えてくる」
レオニスはこちらを向き、短く頷く。
「同意します。最優先は“途切れた地点の特定”です」
一拍置き、淡々と付け加える。
「もし外因があるなら――“痕跡”が残ります。残滓、拘束痕、誘導の跡。その類です」
レオニスの言葉が落ちると、卓の周りの空気が一段だけ重くなった。
ミレイが椅子を鳴らして立ち上がり、ぱん、と軽く手を叩く。
「よし。方針は決まりね。――行き先はベルク。最初の目撃地から洗い直す」
「待ってくれ」
口を挟む。
ミレイが眉を上げた。
「どうしたの」
地図の東側――山の印のあたりに視線を落とした。
「“途切れ”も追う。だが同時に――アッシュオーガが、どうやってベルクまで来たか。そこもだ」
レオニスが静かに頷く。
「同意します。山奥からベルクへ降りた経緯が分かれば、偶然か外因か――判断材料になります」
カイルが地図の森の縁を指でなぞった。
「なら聞き込みは、目撃だけじゃなく“山側から来た感じがあったか”まで拾おう。
ついでに、荷車の往来とか、獣道の利用者も当たれそうだね」
アリシアが小さく頷く。
「……聞き込みなら、私も手伝えます」
レオニスが肯定した。
「はい。ベルク到着後、まずは聞き込みと現場確認。次に痕跡を追います」
地図の上で、レオニスの指がベルクの印に触れる。
「出発は一時間後。最低限の補給と装備の確認を。――各自、解散」
卓が崩れ、椅子が引かれる音が重なる。
俺は地図から目を離さず、ベルクと石橋の間の空白を見た。
そこに“何か”がある。
(……人為なら、相手は俺たちより先に動いている)
そう考えた瞬間、胸の奥が冷えた。




