第18話 昇級
その夜は、回復魔法を何度も重ねられた。
熱が引くというより、芯までほどけていく感覚だ。骨の奥に残っていた鈍痛が、波が引くみたいに薄れていく。
意識が落ちる直前、隣のベッドでアリシアが小さく息を吐くのが聞こえた。
夜が明ける。
痛みは残っている。だが、足に力は入る。
アリシアも同じだった。顔色は戻り、歩幅は小さいが、倒れる気配はない。
二人で支部ギルドへ向かう。
朝のギルドは騒がしい。掲示板の前に人が群がり、受付の声が飛ぶ。
奥の長机に、ジークと《銀爪》がいた。地図を広げ、何か詰めている。
俺たちに気づいたジークが、顎を上げる。
「よう。待ってたぜ」
その一言のあと、机を指で叩いた。
「……まずはこれだ。カードを出せ」
俺とアリシアが差し出したギルドカードを、ジークが受け取る。
「石橋の件――あれは討伐の“依頼”ではなかった。だが、やったことはB級相当だ。
さすがに、Fのまま置けねぇ」
アリシアが目を瞬かせた。
「……でも、昇格って、普通は何件も依頼を――」
「依頼“数”じゃねぇ。実績だ」
ジークは淡々と言い切る。
「功績は記録される。査定は規定で回る。
たった一つでも、線を越えりゃ上がる。――お前らは越えた。だからDだ」
特殊な刻印具をカードの上に押し当てる。
一瞬、熱が走り、縁を光が這った。
Fの文字が、Dに塗り替わる。
アリシアが息を呑む。
「……D級」
ジークが肩をすくめる。
「これが実績だ。お前らはそれくらいのことをやった。異論はねぇよな」
言い方は雑だが、手続きは正確だった。
「……ありがとうございます」
アリシアが頭を下げる。
俺は短く頷く。
「助かる」
ジークが鼻で笑う。
「礼はあとだ。問題は次だ」
地図の上に拳を落とす。
「調査の件。今のところ“被害”が表に出てねぇ。依頼人もいねぇ。
だからギルドとしては、正式な依頼にできない」
「依頼にできない……?」
アリシアが聞き返す。
「ギルドは“依頼人と被害”があって初めて動ける。金も人手も、理由なく回せねぇ。
つまり――これは掲示板に貼れない。報酬も保証も、ギルドは出せねぇ」
一拍置き、ジークの目が細くなる。
「だがな。火種は、被害が出てからじゃ遅ぇ」
レオニスが、静かに頷き言葉を添える。
「こちらは、私たちの“自主調査”として動きます。
怜さんとアリシアさんには、協力者として同行していただく形になります」
依頼じゃない。保証もない。だが、やる理由は十分だ。
「分かった。協力する」
ジークが満足そうに頷く。
「よし。じゃあ改めて顔合わせだ。銀爪、あとは任せたぞ」
レオニスが一歩前に出る。背筋が伸び、声は落ち着いている。
「では、改めてパーティの自己紹介を。
リーダーのレオニスと申します。盾と剣を扱います。
戦闘では主に前に立ち、受け役を務めています。」
一礼。動きに一切無駄がない。
「では、次は俺だな。」
隣で、豪快そうな男が鼻を鳴らした。背に大剣。腕が太い。
「俺はバンだ。前衛で相手をぶった切る。面倒くせぇのは嫌いだが、筋は通す。よろしくな」
次に、弓を背負った男が髪を整え、前に出た。笑顔が軽い。
「カイル。弓使い。戦闘では遠距離でサポートが得意で~
あとは索敵と追跡、地図読み担当ってとこかな」
俺とアリシアを見て、片目を細める。
「で、Dに上がったって? いきなり出世じゃん~。まぁあ無理すんなよ、二人とも。顔、まだ寝起きみたいだし」
軽口に見えるが、視線は足取りと呼吸を一度で拾っている。
アリシアが小さく頷いた。
「は、はい。ありがとうございます」
「よし。いい子~」
カイルが親指を立てる。アリシアがわずかに固まった。
すかさず、ミレイがつっこむ。
「やめときな。嫌がってるじゃん」
「え~? 励ましだって」
「励ましなら、手を動かしな」
ミレイは肩をすくめて、アリシアに向き直る。
「改めて。ミレイ。魔法使い。火力担当。……それと、あなたの先生役ね」
レオニスが一礼して、場を締め直す。
「以上が《銀爪》の構成です。
怜さんとアリシアさんも軽く自己紹介をお願いしてもよろしいですか」
淡々としているのに、言葉が整っている。
「怜だ。鎌を使う。」
ジークが横から補足する。
「タイマンじゃこの街にいる冒険者の中で一番強いと思うぜ。
踏み込みが速く、頭も相当回る。」
「へぇ」
バンが興味を隠さず、俺を見上げる。
「アッシュオーガをやった鎌使いか。こりゃ一度、手合わせしてみてぇな」
レオニスが、バンを軽く制した。
「怜さんが全快してからにしましょう。
私たちは“強くなるために協力する”と約束しました。手合わせは、その過程で必要になります」
俺は頷いて、隣を見る。
促すと、アリシアが小さく息を吸い、頭を下げた。
「アリシアです。回復魔法と、補助魔法を使います。……よろしくお願いします」
その瞬間、ミレイの目が丸くなる。
「……回復? 使えるの?」
アリシアが戸惑いながら頷く。
「はい。えっと……本に書いてあった通りに唱えたら、使えるようになって」
ミレイが、口笛を吹きかけてやめた。
「それ、さらっと言うことじゃないよ。……かなり珍しい」
ジークも眉を上げる。
「嬢ちゃん、てっきり補助魔法で怜に“乗せてる”だけかと思ってたぜ」
アリシアが、逆に不思議そうに首を傾げる。
「回復魔法って……そんなにすごいんですか?」
ミレイが肩をすくめ、でも笑って言う。
「攻撃はね、努力で形にできる。センスは要るけど、型と反復で伸びる。
でも回復は違う。資質がないと、そもそも“使えない”」
「使えない……?」
「魔力の流し方が合わないと、効かないの。無理にやると、逆に体を壊す人もいる。
だから回復ができる人は、教会とか治療院に抱えられることが多い」
ミレイはアリシアを見て、指を立てた。
「冒険者で回復ができるってだけで、価値が跳ね上がる。
危ない現場に出す側からしたら――正直、喉から手が出る人材」
カイルが「へぇ」と感心したように笑う。
「じゃあ、攻撃魔法覚えたいってのは……贅沢な悩みだな」
ミレイが即座に返す。
「贅沢じゃない。本人が“覚えたい”って言ってんだ。
それに、回復役が自衛できるようになるのは合理的」
アリシアが、少しだけ背筋を伸ばした。
(知らなかった。ゲームでも回復魔法と攻撃魔法を使える職業はレアだったが――この世界じゃ、希少の意味が違う)
レオニスが一歩前に出て、全員の視線を集めた。
「皆さん、その辺りで。――回復魔法が使える冒険者は確かに希少です。ですが、A級以上のパーティなら、ほぼ一人は抱えています。こちらとしても心強い」
場が静まり返る。
一拍置いて、俺とアリシアに向けて頷く。
「怜さん、アリシアさん。ありがとうございました」
そして、地図へ視線を落とした。
「それでは今後について話しましょう」




