第17話 アリシアの決意
扉が閉まると、治療室の空気が戻った。
廊下の足音が遠ざかり、薬草の匂いだけが残る。
アリシアはしばらく扉を見ていたが、やがてこちらに向き直った。
「……怜さん。どうしますか」
一拍置いて答えた。
「受ける。……B級パーティが、どんな動きをするのか現場で見たい」
アリシアの目がわずかに揺れる。
「……理由、聞いてもいいですか」
「この前の戦闘で分かった。俺はまだ足りない。
格上に対して状況を切り開く手札が少なすぎる。速さと一撃に頼りすぎている」
《WARLDS》じゃ、火力がなかった。AGIを振っても、STRが追いつかない。
だから“速いだけ”じゃ勝てない。手数で削る。角度で崩す。癖を読む。逃げ道を残す。
――勝ち筋を、いくつも持つしかなかった。
なのに今は、違う。
《死神の加護》が火力をくれた。通れば終わる。だから正面からでも押せる。
いつの間にか、速さと火力で押し切る戦い方になっていた。
速さを潰されたら、そこで終わる。――それを、石橋で叩きつけられた。
アリシアが唇を噛んだ。
「怜さんが実力不足だなんて……アッシュオーガも怜さんが倒したじゃないですか」
「あれは、アリシアの補助が入った“瞬間”に条件が噛み合っただけだ。
相手が逆上して、動きが直線になった。……次も同じとは限らない」
(勝ったのは結果だ。でも“勝てた”と“勝てる”は違う。再現できない勝ちは、次で死ぬ)
「足りない。だから埋める」
言い切ってから、呼吸を整える。
「B級がどう動くのか見ておきたい。
情報の拾い方、追い方、引き際。……俺は、知らないことが多すぎる」
アリシアは視線を落とし、杖の柄を握り直した。
「私も……受けたいです」
意外だった。反対されると思っていた。
「もし、本当に悪意を持った誰かの仕業なら……被害は広がりますよね。
それを防げるなら、力になりたい」
一度、言葉が詰まる。
「ただ……」
声が少し震える。
「今回も、あの時も。いつも後ろにいるだけで、隣で戦えていない。
私は……怜さんの隣に立てる強さが欲しい」
「……」
アリシアが顔を上げる。
「私、攻撃魔法を覚えたいです。
このままだと、また――肝心なところで、見ているだけで終わる」
昔のソロの癖で、自分の手札を増やすことばかり考えていた。
だが今はパーティだ。増やすべきは、俺だけの手札じゃない。
俺は短く頷く。
「……いい」
言葉を選ぶ。
「どうやって覚える」
アリシアの表情が、ほんの少しだけ明るくなった。
「いい考えがあるんです。銀爪のみなさんに聞いてみませんか。
調査を手伝う代わりに……強くなる方法を教えてほしい、って」
「……いいアイデアだ。こっちは駆け出しの冒険者だしな」
「ありがとうございます!」
一人で強くなることばかり考えていたが、今はギルドという組織の一員だ。
こういう発想は俺だけなら出てこなかった。。
***
しばらくして、控えめなノックが二度。
「入るぞ」
ジークの声――その後ろに、硬い気配が続いた。
扉が開く。
ジーク、レオニス、そして《銀爪》の残り三人。
部屋に入った瞬間、視線が俺の包帯と、室内の動線を一度でなぞった。
レオニスが一歩前に出る。落ち着いた声だ。
「怜さん。アリシアさん。結論は出ましたか」
俺は枕に頭を預けたまま答える。
「協力する」
レオニスが頷きかけて――止まる。
「ただし、条件がある」
部屋の空気が、ほんの少しだけ硬くなる。
「強くなる方法を教えてほしい。……俺たちに足りないものを、埋めたい」
レオニスの表情は変わらない。だが、返答はすぐではなかった。
沈黙のあと、レオニスは静かに言った。
「教える、というより――強くなるために協力ならできます
現場での動き方、判断の線引き。そういうものの共有を」
俺は続ける。
「戦闘だけじゃない。パーティでの動き方、依頼の受け方、情報の拾い方。
冒険者としてのいろはを教えてほしい。あと…」
アリシアが口を開く
「私、攻撃魔法を覚えたいんです。」
レオニスの視線が、今度はアリシアに向いた。
「攻撃魔法ですか」
アリシアが一歩だけ前に出て、頭を下げた。
「調査の邪魔にはならないようにします。お願いします」
レオニスは一拍置いてから、隣の女――軽装の魔法使いらしき人物に目を向けた。
短い黒髪。腰に細い杖。ローブを羽織っている。
「ミレイ。可能ですか」
「全然いいよ~。私は厳しいから覚悟してよね」
「はい!」
ジークが口を挟む。
「話はまとまったみたいだな」
「よし、決まりだ。怜とアリシアは銀爪と一緒に調査。
銀爪、お前らはこいつらの底上げに協力。――取引としては悪くねぇ」
「よし!善は急げだ。寝てても事態は待っちゃくれねぇ」
アリシアが目を瞬かせる。
「え……でも、怜さんも私も――」
「痛みは残る。だが、動けないほどじゃねぇ」
ジークは短く笑う。
「今夜、治療を厚くする。ある程度動ける状態に仕上げる。」
「それはありがたい。正直寝たきりには飽きていたんだ。」
「ははは。そうだろう」
「では、怜さん、アリシアさん。これからよろしくお願いします。
詳しくはまた明日、レーベンのギルドで」
銀爪たちが引き、アリシアも自室へ戻った。
廊下の足音が遠ざかり、治療室に薬草の匂いだけが残った。
俺は天井を見たまま、息を吐く。
(教えを乞う。指示に従う。……それでいい)
勝つために必要なら、全部やる。




