第16話 新たな依頼
次の日朝、控えめなノックで目が覚めた。
「……入っていいですか」
アリシアの声。
「……ああ」
扉が開き、彼女が顔を覗かせた。顔色はまだ薄い。それでも、目は逸らさない。
「おはようございます。目が覚めたんですね」
「心配かけたな」
アリシアはベッド脇まで来て、小さく息を吐いた。
「……本当に、もう駄目かと思いました」
「お互い、よく生きて帰れたな」
包帯の下が熱い。息を吸うたび肋が痛む。生きている実感だけが、遅れて追いついてくる。
アリシアは視線を落とし、指先で杖の柄を握り直した。
「思い出すだけで……怖いです」
俺は一拍置いて言った。
「どこまで覚えてる」
アリシアが首を横に振る。
「あまり覚えてないんです。怜さんに補助魔法をかけたところから……記憶が抜けてて」
「……そうか」
あの一瞬の隙を作れなければ、押し潰されていた。
「助かった。お前の魔法で――勝負の一手が作れた」
アリシアは小さく唇を噛み、目線だけを逸らした。
次に、まっすぐ俺を見る。
「……任せきりでした。
でも、怜さんならきっと勝ってくれる……って。」
言葉のあとに、気まずそうな沈黙が落ちる。
その沈黙を割るように、扉が強く叩かれた。
「起きてるか、怜!」
ジークの声。
「入るぞ!」
扉が開く。ジークが入ってきて――その後ろに四人、続いた。
立ち方が違う。無駄に見回さない。部屋の広さと出口と、こちらの状態を一瞬で測っている。
ジークがいつもの軽い調子で言う。
「嬢ちゃんもいるじゃねえか。ちょうどいい。B級の連中を連れてきた。お前らと話したいってさ」
先頭の男が一歩前に出た。落ち着いた声。礼はあるが、遠慮はない。
「初めまして。ハーゲン支部所属、B級パーティ《銀爪》、隊長のレオニスと申します」
レオニスの視線が俺の包帯に落ち、次に目に戻る。
「アッシュオーガを討伐したと伺いました」
俺は短く返した。
「……それで。俺たちに何の用だ」
「アッシュオーガについて、どの程度ご存知でしょうか」
(正直に答える。だが、出所は濁す)
「山奥に生息する、オーガの上位種……その程度だ」
レオニスが頷く。
「十分です。――ただ、今回はそこが問題になります」
「問題……ですか……?」
アリシアが不安そうに呟いた。
レオニスは淡々と続ける。
「オーガは本来、群れで行動する魔物です。アッシュオーガも例外ではありません」
「……なら、他にもいるのか」
レオニスは首を横に振った。
「いいえ。今回の個体は“単独”で行動していた形跡しかない」
「それなら、問題は――」
口にしかけて、飲み込む。
(単独で山を下り、街道の食料を狙った。目的が“食料品”なら、群れで来る方が合理的だ。
単独という事実そのものが、異常だ)
俺は言い直した。
「……偶然じゃない、ってことか」
レオニスが頷く。
「我々は、悪意を持った“誰か”の介入を疑っています。
餌付け、誘導、あるいは――魔術的な拘束。方法はいくつもあります」
ジークが肩をすくめる。
「アッシュオーガは1体倒すだけでもB級パーティが要る。そいつを“意図して”動かせる奴がいるってのは、正直信じたくねぇ」
ジークは視線をレオニスに移す。
「だが、憶測で切り捨てるわけにもいかねぇ」
レオニスははっきり言った。
「最悪を想定しておくべきです。目的は不明ですが――放置すれば次は街道では済みません。
そこで、怜さんとアリシアさんに、我々の調査へ協力していただきたい」
「なんで俺たちが。駆け出しのF級だぞ」
「いえ」
レオニスは即答する。
「アッシュオーガを2人での討伐は、B級でも基本は成立しません。
それを成し遂げたあなた方には確かな実力と実績がある」
俺は淡々と言った。
「たまたまだ。あいつの動きが単純になっただけだ。再現性はない」
「十分です。その隙を見抜けることが実力です」
レオニスは一拍置き、言葉を続けた。声は落ち着いているが、温度だけが一段下がる。
「――北方はいま、人手が不足しています。
アッシュオーガ級と正面から渡り合える冒険者は、B級でも多くありません」
レオニスの視線が、俺の包帯に一度だけ落ちる。
「そして今回、事実としてあなた方はアッシュオーガを退けた」
一拍。
「駆け出しかどうかは問題ではありません。“やれる”方にしか頼めないのです。」
ジークは口を挟まない。空気だけが重くなる。
「強制はいたしません。ただ、時間がありません。
次の手を打たなければ、被害は街道の外へ広がります」
レオニスは頭を下げた。深くではない。だが形式ではない。
「どうか、力を貸していただけませんか」
俺はアリシアを見る。前に交わした約束がある。
「……少し相談させてくれ」
レオニスは頷いた。
「夕方までで構いません。お待ちします」
一礼して、四人はジークと共に部屋を出ていった。




