第15話 答え合わせ
意識が戻ると、薬草の香りが鼻を抜けた。
次に、布を絞る音。
ぎゅ、と水が落ちる音が一定の間隔で続いている。
(……生きてる)
まぶたを開けた。
木の天井。梁。小さな窓から差す薄い光。
ベッドの上。胸から肩にかけて、きつく布が巻かれていた。
息を吸うだけで肋が痛む。
肩は焼けるみたいに熱い。腕を動かそうとして――動かせないことが分かった。
「起きましたか」
横から声。
覗き込んできたのはローブ姿の女だった。二十代くらい。髪をまとめ、指先が薬草の色に染まっている。手には木椀と布。
「……ここは」
「レーベン支部ギルドの治療室です。動かないでください。縫ったところが開きます」
治療室。ギルド。レーベン。
単語が頭の中で噛み合っていく。
「……アリシアは」
治療係の女は、少しだけ表情を柔らかくした。
「隣の部屋で眠っています。命に別状はありません。衝撃と魔力枯渇で、まだ目が覚めきらないだけです」
俺は息を吐いた。吐いた分だけ肋が痛んで、顔が歪む。
「飲めますか」
木椀が口元に来る。薄い薬湯だった。苦い。だが喉が乾ききっていて、断る余裕はない。少しずつ飲んだ。
飲み終えたところで――扉が開く音。
「お、起きてるじゃねぇか」
入ってきたのはジークだった。
いつもの軽い顔。だが、目だけは落ち着いている。
「無茶しやがって。……それにしても、よく生きて帰ってきたな」
俺は枕に頭を沈めたまま、短く返す。
「……帰ってきた覚えはない」
「だろうな。石橋で倒れてた。運ばれてきたんだよ」
ジークがベッド脇の椅子を引いて腰を下ろす。
治療係の女に目だけで合図をして、女は一礼して部屋の端へ下がった。
ジークは俺の包帯を一瞥する。
「肩、ざっくり裂けてる。肋もやってる。……命があるのが驚きだ」
そこで、口元が少しだけ上がる。
「それと――お前。アッシュオーガを討伐しちまってる」
俺は眉を寄せた。
「……討伐? 俺が、倒せたのか」
「現場に首と胴が転がってた。お前の鎌の痕そのままだ」
おぼろげだが、首が落ちた感触だけはまだ手の中に残っている。
「……最後に見たのは、アリシアだ。呼びかけたところまで。そこから先は、真っ暗だ」
ジークは頷いた。
「そうか。じゃあ答え合わせだ」
ジークは肘をつき、少しだけ声の調子を落とした。
「……まず言っとく。お前らを出した時点じゃ、俺は正体を掴めてなかった。
“何が来たか分からない”。それしか報告がねぇ。だから調査にして、撤退条件も出した」
ジークが指でトン、と叩く。
「で、昼前だ。別の街のB級パーティーから伝令が飛び込んできた。
“アッシュオーガが山を下りて、行方をくらましている。何か情報を欲しいってな」
「その瞬間、俺の中で繋がった。石橋の荷馬車襲撃。正体不明。
……最悪の線だが、放っとける相手じゃねぇ」
ジークが一拍置く。目の軽さが消える。
「だから討伐隊を組んで飛び出した。B級を二組、俺も付いた。
“まだ間に合え”ってな」
ジークは短く息を吐く。
「で、そいつらと一緒に石橋に着いたら――荷車の残骸。アッシュオーガの死体。倒れてるお前ら。」
「……」
「すぐに応急処置して、レーベンまで運び込んできた。
特にお前は重傷だったから目覚めるのはもう少し先だと思ってた」
言いながら、ジークの口元が僅かに歪む。笑いを堪えてる顔だ。
「しっかし、緊急案件が新人二人が片付けちまうなんてな」
「俺は……どれくらい寝てた」
「丸一日ちょいだ」
ジークは一拍置いて、俺を見た。
「で。どうやってあいつを倒した」
「無我夢中だった…アリシアのバフと……鎌のおかげだ」
「自分の実力とは言わねぇのか」
実力なんてとんでもない。
あの瞬間、バフが無ければ。鎌がもう少し重ければ。肩がもう少し裂けていたら。
――条件が一つ違えば、死んでいた。
「……実力不足を痛感した」
「アッシュオーガ倒して実力不足って、全く」
ジークは笑って、軽く俺の頭に手を乗せた。
その手は熱くて、妙に現実だった。
「まぁ、ゆっくり休め。明日、B級パーティも連れて来る。向こうもお前に会いたがってる」
「なんで俺に」
「B級相当の案件を、結果だけ見りゃ二人で片付けたんだぞ。話の一つや二つ、聞きたいだろ」
「俺たちが受けたのはD級の調査だ」
「あれは“調査”としてはDだ。原因がアッシュオーガなら危険度は跳ね上がる。討伐まで入れりゃ、B級相当だ」
当然のように言われて、少しだけ納得した。
ジークが立ち上がる。
「動けるようになるまで寝てろ。ここはギルドの治療室だ。冒険者は自由に使っていい」
一歩、扉に向かいかけて――振り返る。
そこで、ジークの声が少しだけ落ちた。
「それと……今回、無茶させて悪かったな」
「……」
返事が出ない。
責めるべきなのか、礼を言うべきなのか、判断する前に痛みが先に来る。
ジークは苦笑して、扉を開けた。
「明日また来る」
扉が閉まる。
治療室に、薬草の匂いと、布を絞る音だけが戻った。
俺は天井を見たまま、静かに息を吐く。
(アリシアは生きてる。依頼は達成。討伐も……した)
なのに、体は重い。
勝ったはずなのに、勝ち切った感覚がない。
目を閉じると、石橋の冷たさと、灰色の影の速度だけが浮かんだ。
次は――同じじゃ勝てない。
そう思ったところで、意識がまた浅い眠りに沈んでいった。




