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第14話 石橋の決着

俺は歯を食いしばり、鎌の柄を地面に突き立てて体を起こそうとする。

だが、肩が裂ける痛みで視界が白む。


その瞬間、獣が跳んだ。


――間合いが、潰れる。


俺は上体だけを起こし、鎌を縦に立てた。刃じゃない。柄と根元で受ける。


ガギィンッ――!


爪が鎌の根元に食い込み、金属がきしむ。

衝撃が腕から背骨まで突き抜け、背中が土を削りながら滑った。


(押される……!)


獣は体重を乗せたまま、爪で鎌を押し潰してくる。

柄がたわみ、握っている指がじりじり開きそうになる。

足が利かない。踏ん張りを作れない。


このまま押し切られたら――鎌が横に倒れて、顔面に爪が入る。


「……っ」


声にならない息を吐いた瞬間。


荷車の影。倒れていたはずの身体が、ほんの少しだけ動いた。

瞼が半分開き、焦点が合っていない。なのに、杖だけは握り直している。


震える腕で、杖の先をこちらへ向けた。


「――《ライトエンハンス》……!」


か細い詠唱。だが光だけは確かに走った。

熱じゃない。骨の奥に刺さってくる、軽い刺激。筋肉が一段だけ反応を上げる。


(……来た)


鎌に掛かる圧が、ほんの一瞬だけ“軽く”感じた。


俺はその瞬間に、鎌を真っ直ぐ受けるのをやめた。

柄をわずかに傾け、獣の爪を“滑らせる”角度にする。


爪が金属を削りながら横へずれる。

そのズレに合わせて、俺は上体を捻り、鎌をてこにして獣の腕を外へ押し出した。


獣の力は真っ直ぐ俺を潰す方向から外れ、地面に逃げる。

足元の土が抉れ、獣の肩が一拍だけ沈んだ。


(今だ)


俺は肩の痛みを無視して半歩踏み込み、鎌の柄で獣の胸を横に押した。

獣の体は耐えたが、重心が崩れて右へよろける。


獣の身体が荷車の残骸にぶつかり、木片が弾け飛んだ。


「……ッ!」


アリシアの杖から光が消えた。

次の瞬間、彼女の腕が落ちる。身体がまた崩れた。


「アリシア――」


呼びかけかけて、飲み込む。


今は心配してる暇はない。

アリシアが作った“隙”は、今この数秒だけだ。


俺は鎌を握り直し、一直線に走った。


灰色の獣が体勢を立て直す。

片腕で地面を押し、跳び起きようとする。速い。だが、さっきより僅かに遅い。


(今の衝撃で、踏み込みが一拍ずれた)


息を吸う。

視界の端が静かになる。


音が遠い。風が遅い。

《WARLDS》で“勝負の一手”を選ぶ時の感覚が戻ってくる。


狙う場所は硬い皮膚じゃない。

肘の内側。皺の奥。関節の隙間――刃が入りやすい場所。


獣がこちらを見た。

残った腕の爪を上げ、斜め下から迎撃する角度を作る。


だから正面には行かない。


俺は右足を半歩だけ外に置き、膝を折って体を低くした。

獣の爪が振り下ろされる“線”から、肩と頭だけを外すための位置だ。


爪が空を切った、その真横を――俺は通る。


鎌を振る。大振りじゃない。刃先だけを当てる。


肘の内側、柔い皮膚に刃が触れた瞬間、俺は腕を引いた。

押し切りじゃなく、引き斬り。関節の窪みに刃先を噛ませて、そのまま引き抜く。


抵抗が一度だけ増えて、すぐに抜けた。

次の瞬間、獣の右腕が肘から先ごと落ちた。


腕が宙を舞い、灰色の血が細く飛ぶ。

地面に落ちる前に、冷たい空気で霧みたいに散った。


獣が一拍遅れて咆哮した。

痛みの声じゃない。理屈を失った、怒りの声だ。


視界の端に、青白い板が浮かぶ。


【スキルを獲得しました】

【スキル:関節断ち】

《効果:関節部位への攻撃が通りやすくなる》


(……今かよ)


表示を無視して、獣から目を離さない。


片腕を失ったのに、獣は崩れなかった。

傷口を押さえることすらしない。血を撒き散らしながら、肩を落として、俺だけを睨む。


――次の動きが変わった。


獣は地面を蹴った。

横へ回らない。跳ばない。小細工もしない。

一直線に、俺へ。


(怒りで我を忘れてる。……まっすぐ来る)


だが、俺の方が限界だ。

肩が裂けて腕が上がらない。踏ん張りも効かない。

ここで斬り合えば、次の一撃で終わる。


(俺の力じゃ、切れない。――なら、獣の速度を使う)


俺は鎌を両手で握り直した。

柄を強く引いて、刃を大きく振りかぶる。……振りかぶるだけで肩が悲鳴を上げる。


視界が白む。吐き気が上がる。

それでも歯を食いしばり、刃の“高さ”だけを合わせる。


狙うのは胴じゃない。硬い皮膚じゃない。

首の付け根――顎の下、喉の線。


(振り切る必要はない。届かせるだけでいい)


獣が迫る。足音が一気に近づく。

爪が上がる。次の瞬間には俺の胸が裂ける距離。


俺は最後の力で、鎌を前へ出した。

斬るんじゃない。刃先を首の高さに“置く”ように滑り込ませる。


鎌の刃が、獣の喉元に触れた。


――そこで、俺の腕が止まった。

もう押せない。もう引けない。

刃はそこにあるだけ。


次の瞬間。


獣の突進が、その刃に首を押しつけた。


ざくり、と肉が裂ける音。

刃が骨に当たって、鈍い抵抗が一瞬だけ増える。


ぶつん、と抜けた。


獣の首が、前へ飛んだ。

灰色の頭が石畳に落ち、二度跳ねて転がる。


胴体は、勢いのまま二歩進み――糸が切れたみたいに崩れ落ちた。


俺の腕から力が抜ける。

鎌の柄が重くなって、手から滑りそうになる。


膝が折れた。

息が肺から漏れて、喉が焼ける。


(……生きてる)


倒れた獣から目を離さず、俺は歯を食いしばって振り返った。

荷車の影。


アリシアは倒れたままだ。

呼吸だけが、細く続いている。


「……すぐ助け――」


言葉が途中で切れた。

視界の端が暗く滲んだ。

血が引く感覚。手の感覚が遠い。


世界が遅くなる。音が水の中みたいにぼやける。


鎌の柄から、指がほどけた。

金属が石に当たって、乾いた音がした。


膝が折れる。

視界が、完全に落ちた――。

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