大黒の右手
乱戦の中、エリカは背後に気配を感じた。その瞬間とてつもない眠気に襲われた。まだかすかに意識は残っている。分かるのは誰かに連れていかれているということ。
エリカはゆっくりと目を開ける。風が頬に触れ外にいるということはわかった。
「ここ……どこ?」
エリカが頭を抑えながらそう言うと、隣にいた女性が答えてくれた。
「ここは船の見張り台さ。ついでに言うとあんたは三分も寝てないよ」
その女性の声には聞き覚えがなかったためエリカはすぐさま戦闘態勢に入ったが大きく揺れる船に足が言うことを聞かず見張り台から落ちそうになる。
「危ないよ」
手を引っ張られエリカは尻もちをついた。
「それにしてもたいした警戒心だ。あんた本当にアイドルかい?」
「アイドルじゃなくて歌手です。それよりあなたは? どうして私を助けたんですか?」
こんな状況なら誰もが思う普通の疑問をぶつけた。
「あたしは蓋世組の元組長のアネだ」
「姐さん……ですか?」
「『姐さん』じゃない『アネ』って名前さ」
「蓋世組の元組長ということは私たちの敵ってことじゃないですか?」
「あたしはただの見物人さ。あんたはもう限界そうだったから助けてやっただけ。もしよかったら一緒に彼らの戦いを見ようかなってね」
そう言ってアネは笑った。漫画とかで登場しそうな強い女海賊って感じの雰囲気だ。
「じゃあ、あなたは戦いには参加しないんですか?」
「ああ」
「そうですか。じゃあ、私もここで見てますね」
「あたしを警戒しなくていいのかい」
「はい。私を倒したかったのならあんな面倒なことはしませんし、私が狙いなのだとしたら眠らせたままのにするか自由を奪うかするはずです。とは言っても……ウィースがなくなりそうだったのは事実なので」
「歌もうまけりゃあ、頭もよくて強い。すごいねえ」
アネは本気で感心しているようだ。
だが、なぜかアネの手は懐にのびていく。
「しかし惜しいね。狙いはあるよ。世界の歌姫エリカ・リートリーと二人きりになるという狙いが」
「え?」
「あいつらに見られたら困るからね」
アネは勢いよく何かを取り出した。
「サインをくれないかい? あたしの親戚の子があんたのファンでね」
びっくりした。
エリカは心の底からそう思った。
◆
蓋世組の大和、大雅、大樹のバカ三人は唾を飲む。
「なんだ、こいつ」
大黒は上着を脱ぎ、ワイシャツ姿になりネクタイを無造作に取り去る。次に袖を肘のあたりまでまくった。すると三人が驚いた理由があらわになる。
大黒は大和に視線を向けて言う。
「お前はけっこう頭いいな。けど間違ってることもある」
「まさか、その右腕」
「俺はスクルータだ。能力なんて持っちゃいねえ。この右腕はアクセプションなんだ」
大黒が強力な一撃を放つ前に聞こえるかすかな機械音がまた鳴り始めた。周りが静かな分よく聞こえてくる。
それと同時に今までは服と手袋のせいでわからなかったが、大黒の黒い右腕が青い光を放つ。
「さてと」
首の骨を鳴らして、両手の拳を顔の前に持ってくる。子供が見てもわかるボクシングの構え。
「いくぞ」
大黒のその一言に三人は思わず固まってしまう。
だが、大雅が声をあげた。
「びびんじゃねえ! 相手はスクルータだ。負けるわけ……」
最後まで言わせてはもらえなかった。大雅は吹っ飛び先ほどまで大雅がいたところには左腕を伸ばした大黒が立っている。土の壁を張る暇もない単純な速さ。
「大雅!」
大樹が叫んだ。
「人の心配してる暇ねえぞ」
大黒が大雅にターゲットを変えるようににらみつけた。だが、大和だけは反応できていた。
「調子乗ってんじゃねえ!」
銃弾が空を切る。だが、大黒はすこし危なげだがギリギリでかわす。
「うそだろ」
「動体視力? ってやつがいいんだ。ぼっちゃんよりもな。ちなみにウィースの量にも自信があるぜ」
今度は土壁が大黒を閉じ込めるように囲んだ。そして、上空から無数の岩が降ってくる。移動するための距離がない分かわすことはできない。ほとんどの岩をもろに食らってしまう。
しかもその岩に風の力が加わっているもんだから威力はもっと高いだろう。
だが、さすがというべきか致命傷は避けている。
土の壁の唯一開いている上から飛んで出てくる大黒。それを狙ってましたと言わんばかりに上で光が瞬いている。
雷の能力。
「くらえ!!」
大黒はこの一撃を覚悟したが直撃はしなかった。
電撃はまっすぐ飛ばない。なぜなら空気の密度は一定ではないから。通りやすい、つまり抵抗の小さい方を進んでいくのだ。
あの強力な雷でさえジグザクに進むのだ。いくら雷を操る能力を持っていたとしても狙ったところに電気を飛ばすのは難しい。
「あぶね! さすがにやばかったな」
甲板を伝って来た電撃は多少食らったため少し体がしびれた。その威力から推測しつつ大黒はそう言った。
「まだやるか?」
蓮華から殺すなと言われているため降参してくれるならそれでいいと思った大黒。
だが三人はまだ立ち上がってくる。はっきり言って想定のうち。だから大黒は相手を降参させたいときに蓮華にやってみろと言われていたことを行動に移してみることにした。
右腕を振りかぶって真下目がけて右ストレート。
鉄の甲板に大きな穴が開いた。大黒自身も巻き込まれ下に落ちてしまうがすぐに戻ってくる。
「これで半分くらいだ。もう少しウィース込める時間がありゃあ倍の威力は出るぜ」
また固まってしまった。今度は唾すら飲めないほどに。
「もう一度言う。まだ……やるか?」
静かに大黒は言った。
もう、三人の答えは決まってしまった。
「だめだ。勝てる気がしねえ」
大和が三人を代表するように言った。まだ一撃も食らっていないのに負けを認めたのはくやしいのだが、それよりもこの大黒という男の拳を味わいたくはなかった。その気持ちの方がでかくなってしまった。




