ヤクザ間の抗争
エリカが歌い始める。先ほどまでのざわめきは消えそれを聞いている全員が音を消した。それはライブと言えるのだろうか……と、質問してみたくなるような光景。
蓮華もそれを控室のモニター越しでだがじっと見つめている。
「エリカ、大丈夫かしら」
川島が小さくつぶやいた。
それもそのはず。今回のライブはエリカにとって初めての野外。ここは音の反射などを完璧に計算して、声が遠くまできれいに届かせることができていたライブ会場ではない。また、観客を沸かせるためのレーザーなどを使った派手な演出は一切ない。
いつもとまったく違う緊張感がエリカにまとわりつく。しかし、それでもエリカの歌は誰もが聞き入った。そして、歌が一曲終わるごとにいつものようにスタンディングオベーションで称えられる。
そんな調子でライブは続いていく。
水着だろうが何だろうが関係ない。エリカはいつものように自分の、自分だけの歌を大切な人に届きますように…………と。
◆
また一曲歌い切り、観客が立ち上がろうとしたその時、砲弾が森のほうに落ちた。大音量の爆発音と地鳴りがライブ中のエリカたちにまで届いた。海には軍艦が三隻、目に入る。砲弾の主は十中八九あの三隻のうちのどれかだろう。
あたり前のようにパニックになった。われ先にと逃げようとする者もいれば、どうしていいかわからずにオロオロする者。親とはぐれ泣きわめく子供にそれを必死に探す母親。状況を確認したいのか控室に向かおうとする報道陣など。全員が好き勝手に行動を始める。
エリカは一人マイク持っている身として何とかしようとしてみるもうまくいかない。
「みなさん! 落ち着いてください!!」
めげずに声を出し続けるが意味はない。
そんな時、ゆっくりとステージに上がるものがいた。その男はエリカのマイクを奪い去った。
「蓮華くん?」
蓮華は大きく息を吸った。そして、体の中にある空気を全部無くしてしまうのではないかというくらい声を張り上げた。
「落ち着けって……言ってんだろおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
蓮華の声の大きさに耐えられなかったのかキーンという嫌な音が鳴り響く。その声に全員足を止めてステージのほうを見た。
「よし。えーと、俺はこの島を占める霧ヶ谷組の次期当主、霧ヶ谷蓮華だ。今この島にいる者命の保証は俺が持つ。だからだまって言うこと聞け」
島の外から来たものは「誰だこいつ?」という風だが、この島出身の者はもう安心したかのように蓮華の次の言葉を待っている。
「よく聞け! 一番隊と二番隊はここにいる観客の避難誘導。三から六番隊は逃げ遅れたものがいないか捜索、見つけた場合は避難所までの保護」
あえて命令をこの場で下し、こちらがやることを明確に示す。めんどうな質問や文句を避けるためだ。そして、最後にこちらが全力でことに当たることを表明する。
「いいか、お前ら! これだけは守れ…………誰も死なせんな!!!!!」
『はい!!!!!!!』
霧ヶ谷組の迫力ある返事を聞いてすぐに蓮華はエリカを連れ、ステージを後にする。袖のほうで待機していた和馬と大黒にも歩きながら命令をする。
「和馬、大黒」
「はい」「うす」
「いったん屋敷に戻って作戦を練る」
次に蓮華は同じく和馬たちの後ろでそわそわしながら命令を待っている。メイド部隊に視線を移した。
「蓮華様私たちは……」
桜が目をキョロキョロさせながら蓮華に聞いてくる。ほかのメンバーを目を伏せている者ばかりだ。
「だまってろ」
その言葉によりメイド部隊はおろか蓮華も黙り込む。いや、正確には少し違う。
蓮華は目を見開き一瞬でメイド部隊の背後まで駆け抜けた。その蓮華の動きに驚いたように銃声が聞こえてきた。
『蓮華様!?』「蓮華くん!?」
メイド部隊とエリカは何が起こったのか理解が追い付かなかった。だが、ことは単純だ敵が一人潜んでいたということ。
蓮華はその敵の銃弾を咄嗟に展開したナイフではじく。そのまま近づき敵の右手に持っている銃をナイフで飛ばした。
「くそっ! スキを突いて何人かやれるかと思ってたんだがな!」
そう言いながら懐から蓮華と同じくらいの大きさのナイフを出し蓮華に突き出した。蓮華は敵がナイフを持っている左手の手首を同じく左手でつかみ自分の体の方へ引っ張る。そして、視線が数センチの距離になった途端に敵の胸に膝蹴りを入れた。
「蓮華様、どうして?」
「何がだ? すみれ」
「私たちのこと、お嫌いになったのでは」
極端な言い方だが聞き方としては間違ってはいない。
蓮華は倒れた敵を無造作に地面に捨ててから、振り向いた。
「なに言ってんだ。俺はさっき誰も死なせんなって言ったろ。俺が守れなくてどうするよ」
「しかし……!」
「まあ、確かにイラついたけど……たったそれだけだろ。多少ケンカしたところで俺の守りたいものリストから外れられると思うな」
蓮華は笑った。子供のころの無邪気な笑みとは少し違うけれどそれでも本当に温かい笑みを……彼女たちにとっては太陽のような笑みを……
「まあ、最後に桜をからかえばちゃんと仲直りしようとは思ってたんだけど……お前だけなかなか話しかけてこないからな」
蓮華がそう言うと、桜以外の五人が彼女をにらみつけた。桜は縮こまりうつむいてしまった。
「そういうのは後だ。あと桜、顔上げろ」
「はい。申し訳ございません」
「とりあえずこっちに潜入してた敵は今倒したから作戦を変える」
そう敵が潜んでいるのはなんとなく予想はできていた。だから、公の場で命令もしたし和馬と大黒の前では考えなしに攻め込まないことを明確にしておいた。だが、その心配ももう必要ない。
「和馬と大黒は俺と一緒にあの船に乗り込む。メイド部隊はエリカたちの保護をしつつ屋敷に迎ってそこで待機している七番隊に森の消化作業、あと技術班にドローンで逃げ遅れた者の捜索をするように言え」
『はい』「うす」
「最後にメイド部隊、これを……」
そう言って蓮華は自分の体をまさぐった。だが、欲しい物をあいにくと所持していなかったらしい。
「なんか紙とペンない?」
ここにいる全員に問うように辺りを見渡すと、川島が蓮華にその二つを手渡した。
「ありがとうございます」
簡単に礼を言って蓮華は早々になにかを書き始めた。そして書き終わったメモ用紙を一回だけ折って桜に渡す。
「今日はみんな疲れて帰ってくるだろうから派手に頼むわ」
「派手にですか?」
「ああ。やっぱり肉かな、うん大変だろうががんばってくれ」
「わかりました」
桜は大事そうにそれをポケットにしまった。
「蓮華くん。私は……」
エリカが何か言おうとしたが蓮華は無理やりその言葉を切る。
「エリカはメイド部隊と一緒に屋敷にいろ。あそこには一般人の避難者は来ないし、安全だろ。だから……」
「蓮華くんについて行きたい!」
今度はエリカが蓮華の話を途中で切った。蓮華は内心少し驚いたが表情には出さなかった。
「なんで?」
「単純にむかついただけ。私のライブがぶち壊されたのがね」
「お前、ほんとにさっきまでステージで歌ってたやつか? エリカ・リートリーはむかつくなんて言わないぞ」
「そ、それは偏見よ! 私だってそういうこと言うし」
「いや、でも。お前は……その、なんだ……あれ……じゃん?」
「あれって何よ! アホっぽいってこと!?」
「そ、そう! それそれ」
「って話そらさないでよ」
蓮華は何とかごまかそうとしたがエリカは譲る気はないらしい。もう観念したのか蓮華は深くため息をついた。
「わかったよ」
「ほんとに!?」
「まあ、敵さんはこっちを殺す気はないみたいだし」
承諾はしたがやっぱり蓮華の一存だけで決められるものではないので川島に許可を取っておかねばと思い、
「川島さん……」
「エリカなら大丈夫です」
えー? もうちょっと過保護になってもいいんじゃない?
あまりの即答で蓮華はあきれたのか、どうしたらいいのかわからいのか……その結果がこの薄ら笑いである。
メイド部隊たちが屋敷に向かい、その場に残っているのは蓮華、和馬、大黒そしてエリカの四人。彼らのそろそろ行こうと話していた時に、
「ぼっちゃん!」
部下が一人、声をかけてくる。
「どうした」
「その、この女が」
そういわれて見てみるとテレビで見たことのあるマイクを持った女性とカメラマンの男性が立っていた。
「あの、これはどういう状況なのでしょうか!?」
「は?」
「霧ヶ谷組とどこかのヤクザ間の抗争ということなのでしょうか? なぜ起きたのでしょうか?」
急に質問攻めにされる蓮華。
ああ。そうだ、この人。たしか本当のことを聞き出すことで有名なアナウンサー。あまりに図々しいからって話題になってたな。でも、ちゃんと真実を報道することでも有名なやつだ。
「すいません。やらなきゃいけないことがあるんで邪魔しないでください」
「邪魔って何ですか! 我々は巻き込まれているんですよ。真実を知る権利くらいあると思いますが」
「めんどくさいなあ」
「めんどくさいって、そんなこと言ってる状況じゃないでしょう」
「その通りです。あなたと悠長に話している状況ではないので」
「なっ! ちょっと……」
押しのけて行こうとする蓮華を止めようと女性が蓮華の腕をつまもうとすると、我慢の限界がきたのか大黒がカメラのレンズ部分を殴りつけその女性を睨みつけた。
「おい。ぼっちゃんが邪魔だって言ってんだろ」
「さ、さす……がヤクザですね。目つきが……こわ、い」
大黒の目か隣でカメラの破片が転がっているからか、さすがにこわかったのか声が震えている。
「大黒! やめろ」
「すいません」
◆
神楽坂第三学園の食堂はがらんとしていた。この学園に残っている者も多いので学校は夏休み中であっても空いている。ほかで食べるよりは少し安いので今現在もこうして利用している。
「レン。なにしてるんだろうね」
秋久がそう言ったが、帰ってくるのは生返事ばかり。食堂が静かすぎるせいだろうか。
「たしかにあいつ実家に帰ってる期間が長いわね」
「凛と秋久はけっこう早かったわよね」
フィルミネスがそう言うと秋久と凛はうなづいた。
「まあ、あたしたちは帰っても特にすることないし。むしろアキくんが七高剣舞祭のメンバーに選ばれたって言ったら早く帰って特訓しなきゃねって感じだったし」
「そうなんだ……ってよく考えたら明後日から特訓開始よね?」
フィルミネスが思い出したようにそう言った。急に大きな声が出てしまったのでむせて、せき込んでいる。そんなフィルミネスをカルミラがちらりと見て、ゆっくりと自分の水を差しだした。
「ありがと、カル」
カルミラはリスのように口にものが入っていたので首を縦に振って返した。
「レンも明後日からそうだっていうのは知ってるはずだし。それまでには帰ってくるって言ってたけど、どうだろ。だって、レンだし」
「そうね。蓮華だしね」
よくわからない納得をしたフィルミネスと秋久。そんな二人に凛は首をかしげてわけわかんないアピールをしている。
パンっ。
何かと思ったらカルミラだった。昼食を食べ終えたようで手を打って聞こえるか聞こえないか微妙な声で「ごちそうさまでした」と言っていた。そう言った後カルミラは何かに気づいたらしく食堂にある大きなテレビに目を向けていた。
フィルミネスたちもつられてそっちを見る。
「ヤクザ間の抗争だって。世の中物騒ね。あたしとアキくんはそういうところとは無縁な街で育ったからよかったね」
凛がめずらしく世の中なんて言葉を使っている。蓮華がいたらきっと小ばかにしていたことだろう。
「エリカ・リートリーのライブ中に勃発か。僕も本当にそう思うよ」
凛と秋久が各々の感想を述べているとフィルミネスが震える手でテレビの方を指さした。
「あれって、蓮華……よね?」
『すいません。やらなきゃいけないことがあるんで邪魔しないでください』
『邪魔って何ですか! 我々は巻き込まれているんですよ。真実を知る権利くらいあると思いますが』
『めんどくさいなあ』
『めんどくさいって、そんなこと言ってる状況じゃないでしょう』
『その通りです。あなたと悠長に話している状況ではないので』
『なっ! ちょっと……』
画面が真っ黒になった。
「「「ええええええ!!!!!!」」」




