緊張の瞬間
今日この日は、蓋世組が待ちわびた霧ヶ谷組に攻め入る日。普段と同じ時間に起き、蓋世組組長の龍也は冷たい水で顔を洗い気を引き締める。
正直不安はある。この判断が本当に正しかったのかどうかは、実はつい昨日の夜まで答えが出なかったくらいだ。きっとこんな風に考えているのは蓋世組の中では引退したアネを除いて達也だけだろう。
龍也は顔を上げ鏡を見た。そこには自分がいた。当たり前だ。だが、鏡に映っている自分の顔はどこか楽しげだった。それは、遠足前の小学生みたいににやけていた。
「おいおい。ずいぶん楽しそうだな……」
蓋世組の組長になってから久しく忘れていた。
「そういや、昔はいろんな奴とケンカして楽しかったな。とくにアネさんとやった時はすげー興奮したのをまだ覚えてる」
龍也は根っからの戦闘マニアだった。いや、それは今も同じだろう。
「最近は昔みたいにただ強けりゃいいってわけじゃなくなったし、部下や組の将来とか考えなきゃいけなくもなったから、誰かとガチでやり合うこともないからな……」
龍也は「ふっ」と鼻で笑い、口元をつり上げた。
「俺もそろそろ楽しんでもいいよな」
「お前……何してんだ?」
アネがいた。
その瞬間、龍也の顔は一気に熱を帯びる。
「頭でもおかしくなったのか?」
笑いをこらえているのかさっきからずっと口元を手で覆っている。
いつも間に!? いつから見られてた? てゆうかなんでいんのどうやって入って来た? 鍵は!?
「あの……アネさん……いつ、から?」
「いつからだと思う?」
いつからなんだあああああ!?
「かっこつけてるつもりかもしれないが全然かっこよくないぞ」
「わ……わかってますよ!」
え? 意外とかっこいいと思ってたんだけど違うの?
「いや、だって……お前が柄にもないことしてるから」
「その、あの、そろそろ笑うのやめてくれません」
「悩みでもあるのか?」
「急に真顔になるとそれはそれでイラつきますね」
確信ついてきたー。なんだよこの人、なんでわかったの?
と、動揺をあらわにしている達也。
「たしかにお前と戦った時はあたしも楽しかったな。年下にここまで強い奴がいるのかってかなり驚いた」
そこから聞いてたか! 俺がちょうど物思いにふけり始めたあたりじゃん!
「それよりお前、あたしに興奮してたのか? まさか、今も……ってわけじゃないよな?」
そう言ってアネは一線を引いた感じで少し龍也と距離を開ける。
「そんなわけないでしょ!!」
各々が気合いの入る格好で蓋世組の面々は船を背に立っていた。それにしても個性的な服が多い。
戦隊もののように五色それぞれに染まった五人が並んでいたり、漫才師かよ! ……って突っ込みたくなるような蝶ネクタイをつけた三人や、メンズとレディースの違いが分からないのかボタンが左右反対な上着を着ていた。
「お前それ女物の服じゃね?」
「マジで? 姉さんの勝手に着てきたんだよね」
お姉さんのかよ!
と、龍也は心の中でツッコミを入れていた。
「なんでサイズあってんだよ!!」
自分よりももっともらしいツッコミをが聞こえ思わずそちらを見てしまったが、なんだか聞き覚えのある声でめんどうなことになりそうだったので龍也はだまっておくことにした。
あいつはみんなの突っ込み役なんだな。大変だな……
ほかにも、いかにも外国人観光客が買っていきそうな『一期一会』や『海千山千』と書かれたTシャツを着ている者もいた。
海千山千は違うだろー。
またまた、龍也は内心思うところがあったがそっとしておくことにして、そんな彼らに体を向けた。
「さて、今日は待ちわびた霧ヶ谷組にお灸をすえに行く日だ。あいつらに目にもの見せてやるぞ!!」
『おお!!!』
◆
復興ライブということなので獅子王島、主に離島の者が多くいた。しかし、やはり世界の歌姫というべきか島外からわざわざ足を運んできている者もたくさんいる。だが、もともと島外の者のためのチケットは多くないためいつものライブよりはずいぶんと少ない。
いくら復興ライブといってもあのエリカ・リートリーがなぜこんな田舎の島に来るのだろうか、と騒がれたりもしていた。それはエリカ自身もよくわかっていないが彼女はそういうことは川島を信じているのであまり考えたりはしていない。
まあ、友達を作るため……ということを知っているのはエリカのマネージャーの川島と霧ヶ谷組当主、霧ヶ谷聡明の二人だけだ。ほかの者は知るよしもない。
「大丈夫か?」
海に建てられたステージの横にあるタープテントの中で川島ともう一度、段取りを確認しているエリカに蓮華はそれが終わったころを見計らい声をかける。
緊張しているのか返事がない。だがよく見ると目つぶって集中しているようにも見える。
「よし!」
そう言ってエリカは急に立ち上がった。それに少し驚き蓮華は声をあげた。
「おわっ」
「あ……蓮華くん。どうかした?」
「いや、緊張してるのかなって……でも大丈夫そうだな」
「そう? けっこう緊張してるよ」
「そうか。いつも通りに見えるけどな」
蓮華がそう言うとエリカは急に蓮華の右手を取って両手で握りしめた。その手は少し湿っていてよく見たらわかりやすいくらいに震えていた。
「ほらね」
「ああ。そうだな。慣れてるのかと思ってた」
「慣れないよ。いつもより見てくれる人は少ないけど、それでもやっぱり緊張はする」
「そうか」
「なんか素っ気なくない?」
「いや、なんて言っていいかわかんないから。下手なこと言って動揺させるのもあれだから…………まあ、がんばれよ。ちゃんと見てるから」
「うん」
蓮華のその言葉を聞いてエリカの硬直していた顔が和らいだ。
蓮華くんはすごいね。…………そうだよ……それだけでいい。たった一言『がんばれ』って言ってもらえば私は満足だもの。それなら、下手にプレッシャーもかからないしね……
いつの間にかエリカの手から震えはいなくなっていた。
「行ってきます」
エリカはいつもと同じように川島にそう告げてステージに向かった。すでに音楽は始まっている。あとはタイミングを見計らって観客の前に現れるだけ。
エリカの歌声は水平線の先まで響き渡った。




