ヤクザ連合
「霧ヶ谷組の奴らのことはもう許せません!」
そう誰かが初めに口火を切った。
「そうです。そろそろ痛い目に合わせてやりましょう」
「俺たちもあいつらの勝手には我慢の限界なんです」
「ほかの組のやつらも手を貸すって言っている今がチャンスです」
と、こんな風な声ばかりが部屋中に響く。そんな彼らの声は一人の男に向けられていた。その男は必死に話している彼らに背を向けて椅子に座りながら静かに窓の外を見ていた。
そして、男が椅子ごと180度回転しゆっくりと目を開け、鋭い眼光を見せた。
「とりあえず、お前らの意見はわかった」
この男がここにいる血の気の多い者たちをまとめるためによく使う言葉だ。
「たしかにお前らの言うことはもっともだ。一緒に手を取り合おうって善意で言ってやってんのに、いつもあいつらはこっちが差し伸べた手を片手で払いのけてくる」
男が話し始めると今まで感情をあらわにしていた者たちですら聞き入っている。それは男にとってはいつものことであるため特に驚くようなことはない。
「そんな行為に対しこっちには断る理由や説明が一つもありゃしねえ。だからお前らの気持ちはよくわかる。俺たちヤクザはどいつもこいつもろくでもねえくそ野郎だ。だがそれでも俺たちは通すべき仁義ってものを知っている。そうだろ?」
その男の問いかけに全員がうなづきで返した。
「そうだ。俺はもちろんここにいる全員が、そのことは俺の下についた時点でわかっていることなんだ。だから、俺にもお前たちに通すべき筋ってもんがある。しかし、物事には準備ってものが必要だ。俺は霧ヶ谷組をどうにかするための策を考える。それが、今俺がお前らに通すべき筋だ。そして、その準備が終わるまでお前らは一旦その拳を下ろし俺を信じて待つのがお前らが俺に通すべき筋だ。いいな!!」
気合を入れるためかなり声を張って男は言った。すると、それを聞いていたみんなが負けじと返事をしてきた。
『はい!!!』
演説を終えてから男は一度全員を帰らせた。すると部屋の中はさっきまでの雰囲気がうそっだったかのように静まり返る。男は日本酒を一杯グラスに入れそれを一口飲んだ。
「とりあえず、あいつらには『仁義』とか『筋』とかかっこいい言葉ならべて納得はさせたけど…………どうするかなー」
そう言って、またグラスに口をつける。
「たしかに、霧ヶ谷組の件はどうにかすべきだと思うが、力でねじ伏せたところであいつらは素直に従うかー? それに、先代たちの誰一人として接触はしても武力行使はしてこなかった。かなりの武闘派集団ってのは聞いたことある。日本中の組が徒党を組んでいる今ならいけるか?」
どう考えても半信半疑。今と昔は違うと言ってしまえば片付く話だが比較対象が昔しかないのだから難しいところだ。
「仮に攻めるとしても、目的は霧ヶ谷組の討伐ではなくやつらを傘下に置くことだ。これから協力していきましょうって以上、変な遺恨は残したくねえ」
男は頭を掻いて、一度舌打ちをした。
どんなに考えても男の中でいい考えは見つからない。
「大変みたいだね」
男がお手上げという感じで頭を抱えていると急にそんな声をかける女性がいた。
「アネさん」
アネさんと呼ばれた女性は男の元上司であり、男が取りまとめている蓋世組の先代組長だ。
「いつからいたんですか?」
「ついさっきだよ」
「そうですか」
そう言って男は心ここにあらずという風にグラスに入っている酒を飲みほした。そんな男の姿を見てアネは少しにやけて言った。
「霧ヶ谷組のことかい?」
「はい。また断られまして……」
「気にすることではないよ。私だってそうだったんだから」
「そういえば、アネさんはなんで霧ヶ谷組に手を出さなかったんですか? 何も思うところがなかったわけじゃないでしょ?」
アネはけっこう好戦的でそんな性格がふさわしいほどの実力も兼ね備えている女性だ。現にヤクザ連合をその強さでまとめてきたのだ。
「あたしがまだいたいけな女の子と頃のことさ」
「いたいけな女の子って……」
男は思わずアネのことを凝視してしまった。
「なんだい?」
「いや、なんでもないです」
「まあいい。まだ私が中学生か高校生くらいのときに一度だけ見たことがあるんだ」
「何をですか?」
「その時の霧ヶ谷組の当主、霧ヶ谷聡明をさ」
「それだけですか?」
「ああ。それだけさ。けど、一瞬で理解したよ……あたしがどんなに成長してもこの人には勝てないだろうってね」
男は驚きを隠せない。なぜなら、今までアネはこんな弱気な発言をしたことがなかったから。この人のこんな悟ったような顔を見たことがなかったから。
「でも、それもかなり前の話さ今ならあの男も老いているだろう。それに……龍也、今のお前は私よりも強い。だから、もしかしたら勝てるかもしれないよ」
◆
「重いんですが」
蓮華は荷物を抱えながらそう言った。だが、蓮華の言葉はエリカとこのえに届くことはなく、二人はまた違う店に入って行く。
しばらくして二人は店の中から出てきて蓮華と華蓮がいるベンチに近づいてきた。そして蓮華はさっきと同じことを言う。
「あの、重いんですが」
蓮華がそう言うと蓮華の背中にくっついている華蓮は、
「だー」
と言った。華蓮も同じ意見のようだ。
「いや、華蓮。お前も重いんだからな」
「だ?」
「お前は言葉を理解してるのか、してないのかどっちなんだ?」
こんな話をしているとエリカが華蓮のことを持ち上げた。
「赤ちゃん相手に何言ってるの?」
「何でもいいだろ。てか、何買ったんだよ」
「女の子にそんなこと聞くの?」
「え? だめなの?」
蓮華は何がなんだか不思議でならないのだがこのえも華蓮も理解しているようだ。このえと華蓮はため息をついた。
「蓮華くん。あれ」
そう言ってこのえは自分が歩いてきた方向を指さした。蓮華もそれにつられて目を向けてみた。
――ランジェリーショップだった……
「ああ。うん。ごめん」
やっぱ俺には……デリカシーってものが欠けているのかもしれない。
蓮華は帰ると、簡単にシャワーを浴び夕食を食べ終えた。
「蓮華くん、一緒にゲームしようよ」
「悪い。また明日な」
エリカの誘いを言葉一つで断った蓮華は速足で工房に向かった。
「よし始めるか」
そう言って蓮華は工房の中にあるパソコンの前に座る。二つあるうちの一つのディスプレイにはアクセプションの設計図が映し出されており、もう一方にはなにも書かれていない。
蓮華は試作品の設計図とにらめっこしながら、真っ白な方のディスプレイに新しい設計図を書き込んでいく。
「また最初から作るの?」
蓮華が集中している中、工房に入ってきて早々にエリカはそんなことを言った。先ほど軽くあしらわれたからか少しとげがある言い方だ。
「なんだ、エリカか。どうした?」
「いや何してるのかなーって」
「アクセプション作ってる」
「そうなんだけど……」
なんだか煮え切らない言い方をするエリカ。そんなエリカを見て蓮華は大きくため息をついた。
「そんなにゲームしたかったのか?」
「まあ、そんな感じ?」
「明日はやってやるから。それでいいだろ」
「いいけど。その、ちょっとおしゃべりとかしたいなーって思ってるんだけど……」
「はあ? なんで?」
「いや、なんか寝る前に友達とおしゃべりするのって修学旅行みたいじゃん」
「そういうのは女同士でやるもんじゃないのか? 『好きな人いるー?』とか」
蓮華はますますわけがわからなくなり、目を細めて何かあるんじゃないかと疑ってしまっていた。しかし、当のエリカはそんなことは毛頭ないので蓮華の視線に耐え切れなくなり目をそらす。
蓮華はまたため息をついた。
「わかった。お前が眠くなるまでここで話してやるよ」
「本当?」
「でも、俺もこっちやりながらだからな」
「うん! それでもいいよ」
そう嬉しそうに返事をしてエリカは蓮華の横に余っている椅子があったので腰かけた。
二人は他愛もない話をした。
このえがきれいな人だったこと。華蓮が可愛かったこと。祐介がおもしろい人だったこと。本島はたくさんの人がいたこと。いい買い物ができたこと。初めてバイクに乗って風が気持ちよかったこと。
だいたいはエリカが一人で楽しそうに話し、蓮華がそれに相槌を打つだけだった。
それでもエリカはこんな風に話す友人がいなかったので蓮華といるときはいつも新鮮なことばかりでうれしいのだ。
しだいにエリカの目はまばたきする回数が多くなってくる。
「エリカ。眠いんだったら……」
蓮華が声をかけようとしたらエリカはいつの間にか横で眠ってしまっていた。
それを見た蓮華は一度、屋敷に戻り毛布を持ってきて、それをエリカにかけてやる。
それから朝まで工房には蓮華がパソコンを操作する音とエリカの寝息だけが響いていた。




