新しいアクセプション
時刻は十時半を回ったところ。
『いただきます』
蓮華たちはテーブルの上に置かれたサンドイッチを食べ始める。少し早めの昼食だ。三人と一緒に華蓮も「だー」と言って右手を挙げた。
「うまい」
「おいしいです」
蓮華とエリカがそんな感想を述べるとこのえは華蓮に母乳をあげながら嬉しそうに笑った。
今日が消費期限だったから、食べる人がいてくれてよかった。
と、このえの内心はこんな感じなのだが……
「お粗末さま。あと、その中に一つだけわさびがたくさん入ってるのあるから気を付けてね」
「またまたー。このえさん、冗談はやめてくださいよ」
「信じるかどうかはエリカちゃん次第よ」
このえの発言をうそだと思い軽く受け流そうとしていたエリカの横でバタンという音を立てて蓮華が突っ伏していた。その瞬間、部屋のなかは静かになり華蓮のおっぱいを吸う音と、蓮華の苦しそうな息遣いだけが聞こえてくる。
「……み……ず…………」
「うそじゃなかったのおお!?」
台所からゆっくりと蓮華が出てくる。蓮華の顔は、少しやつれているようにも思える。
「死ぬかと思った」
「大丈夫?」
「まだ、口と鼻が痛い」
蓮華とエリカが青い顔をしている中このえだけがにこにこしている。
「おもしろかったでしょ」
「おもしろくない! 相変わらずこのえ先生は何しでかすかわかんないな」
「先生の張って大きくなったおっぱいをちらちら見ていた罰よ」
「あ…………」
蓮華の顔はあわただしく今度は汗が浮かび上がる。エリカはそんな蓮華を目を細くして見つめた。そして、同時に胸を隠すように自分の体を抱いた。
「なんで何も言わないの?」
「……」
「なんでこっち見ないの?」
「…………」
「ねえ、なんで?」
「………………」
「………………」
「俺の知ってるのと違うから目がそっちに行っただけだよ!」
「ふーん」
「別にお前のに興味はねーよ。だから隠さなくてもいいぞ」
「真顔で言っちゃうんだ。ちょっと女としてのプライドが傷ついちゃったんだけど……」
声が小さくなり、エリカはうつむいた。
「蓮華くん泣かしちゃだめだよ」
「俺ですか?」
このえと華蓮が同じような親子らしい似た目で蓮華に向け首を横に振った。
「あーあ」「だーだ」
蓮華は歯を食いしばって何とか感情を抑え込む。自分が悪いのは理解しているがなんだか納得がいかない。それも、人に見られいる中こんなしょうもないことで謝罪するのが恥ずかしい。
「えっと、エリカ。元気出せよ。俺、お前はけっこういい体してると思うぞ」
「……本当?」
「ああ」
「へんたい」
こいつ! めんどくせえ!
「まあ、がっかりはしたのは本当だけど半分演技みたいなものだから許してあげる」
「演技ね……なんとなくそんな気はしてたよ」
蓮華はわさび入りのサンドイッチのせいか、女性の……というかエリカのめんどくささのせいか、かなり疲れている。
実は蓮華はこの後、獅子王島本島で研究をしているこのえの夫である高瀬祐介に会いに行こうと思っていたのだがもうそんな気力もない。
「このえ先生。高瀬さんは?」
「祐介さんなら最近研究で忙しくて当分泊まり込みになるって言ってたよ」
「そうですか?」
「先生、後で着替えとか持って行ってあげに行くけど蓮華くんたちも一緒に来る? あとついでにショッピングでも」
憔悴しきっている蓮華は断ろうと思ったのだが……
「行きたいです!」
そう答える者が隣にいた。蓮華は口をぽかんと開け、ありえないとでも言いたげにエリカを見た。
「えー……行きたくないの? ショッピングだよ」
「いや、もう昼だし。子供は帰る時間だからさ……」
「そうだよお昼だよ。まだ十二時にもなってないんだよ」
「お前、アイドルだぞ。本島にはこことは比べ物にならないくらいの人がいるんだよ。それはもうゴミのように」
「この格好なら大丈夫だよ。今までバレたこともないし」
「バレたことないからって今回もそうとは限らないだろう」
「私を信用してないの?」
「お前……俺と知り合って一週間経ってないからな」
「そうだけど……」
エリカは反論する余地ががなくなったのか口ごもってしまう。そんな二人を横でずっと見ていたこのえがこんな提案をする。
「エリカちゃんの付き添いの人に聞いてみたら? さすがに一人でここに来たってわけじゃないでしょう」
「それ採用! このえ先生冴えてる」
川島さんみたいなまじめな人なら絶対だめって言うはず。この勝負は俺がもらったな。
「行っていいって」
「…………」
なん……だと?
◆
獅子王島本島の港からタクシーで十五分。着いたところは霧ヶ谷組の敷地の四分の一ほどの広さを持つ建物がいくつかある。その建物以外は無駄に横幅のでかい道路があるだけで、あとはせいぜい車で五分の場所にコンビニがある程度だ。
ここがいわゆるこのえの夫である高瀬祐介が働く研究所『ACT』である。門の前に警備員がいたが蓮華もこのえも何度も来たことがあるので軽く会釈をして入って行った。
自動ドアをくぐり受付の前に行く。
「あの、ここの所長である高瀬祐介の妻のこのえですけど……」
「このえ様とお連れのかた二名……いや三名ですね」
エリカに抱かれている赤ん坊を見て人数を訂正しながら受付の女性はほほえんだ。華蓮は「だー」と言って小さな手を突き出し、その女性の笑みに答えた。
「お話は聞いております。四階の研究室でお待ちしているとのことですので、そちらのエレベーターに乗りまっすぐ突き当りの部屋になります」
「ありがとうございます」
このえは受付の女性に軽く会釈をした。
「ようこそ……僕の研究室へ!」
蓮華たちが部屋に入るなり白衣を翻して男はそう言った。この人が先ほどから話に出ていた高瀬祐介その人である。
「机とパソコンがあるだけですけどねー」
と、少しめんどうくさそうに蓮華は返事をする。
「蓮華くん。久しぶりに会ったのに冷たいな。ほら、見てよこの椅子。ふかふかだよ」
「こっちのソファのほうがふかふかですよ」
「あれ、おかしいなー。僕の知ってる君なら『すっげー。俺も座ってみたい!』って言ってたんだけどな」
「あんたの知ってる俺はずいぶんと昔の俺ですね。けっこう長い付き合いなのに俺との楽しい思い出はまだガキだったころのことだけですか。悲しいなー」
「いやいや。ちゃんと覚えてるよ。一緒にバーベキューしたよね、釣りもやったし……アクセプションの作り方も教えた。ほら、ちゃんと覚えてるだろ」
そう言って祐介は蓮華に視線を向けたが、
「エリカ。その棚から湯呑と急須、あとお茶っぱ取ってくれ」
「これ?」
「そうそれ」
「勝手に取っていいの?」
「ああ。大丈夫」
「わかった。じゃあ、華蓮ちゃんお願いね」
そう言ってエリカはソファに堂々と腰かけている蓮華の膝の上に華蓮を優しく置く。蓮華もだいぶ慣れたようで特におどおどすることもなく華蓮を抱いている。
「このえさんも飲みますか?」
「そうね。じゃあ、お願い」
「はーい」
あれ、おかしいな。理想の家族の姿がある。その中に僕はいない。おかしいな、僕は華蓮のパパなんだけどな……このえの夫なんだけどな…………
「あの、僕もお茶飲みたいなー……なんて」
「え……? すみません。もう湯呑ないです」
「……そっかー……残念だなー。あは、あはははは」
棒読みで泣き目になっている祐介。さすがにかわいそうになったのか、蓮華は立ち上がり当初の目的の話を持ち出す。
「高瀬さん」
蓮華の優し気な声に反応して、祐介はうつむいていた顔をあげ晴れやかな表情を浮かべた。
「なに?」
「俺らそろそろ本島の観光しに行くから」
「え?」
「研究がんばってね」
この世の終わりとでも言いたげな顔をする。最後の希望にすがるかのように蓮華に抱かれているはずの華蓮に視線を移すがそこにはいなかった。そんな華蓮が何をしているかというと蓮華の背中に虫のようにくっついていた。
「あらあら華蓮ったら、蓮華くんの背中がよっぽど気に入ったみたいね」
このえがそう言うとまた三人の顔にはまた笑みがこぼれ、微笑ましい家族の姿があった。
さすがにやりすぎかな。
蓮華はそう思い、今度こそ本題に入る。
「高瀬さん。実はさ、俺ちょっと今アクセプションの開発がうまくいかなくてさアドバイスもらいたいんだけど時間大丈夫?」
「うん、大丈夫!!」
よほどうれしいのか、蓮華が大丈夫と言い終わる前に即答した。
蓮華は先日うまくいかなかった試作品のアクセプションを祐介に手渡した。
「これか」
「うん」
「とりあえず中身を見てみるか」
そう言って、祐介はパソコンに向かって先ほど自慢していた椅子に腰かける。そしてパソコンの隣にある板の上に置いた。するとそこから板と平行に光の線が上下する。数秒してその光は板の中に戻って行った。
「解析終了っと。どれどれ……」
「どう?」
「へー。けっこう難しいのに挑戦したね」
「けっこう威力高めの銃器を作りたいんだけど」
「ウィースをため込む仕組みはうまくできてる。けどため込むための材質が少しだめだね。これじゃあ、少ためた分が漏れちゃう。でもいい線は言ってるよ」
「なるほど。けっこう一からやんなきゃいけない感じですかね」
蓮華は真剣なまなざしで耳を傾ける。さっきまでの和やかな空気がうそのように二人の間は張り詰めていてエリカとこのえは間に入ることができない。そんな中いまだに華蓮は蓮華の背中にくっついているためなんともシュールな光景だ。
「そうだね。あとは銃口が小さすぎるかな。これだと、せっかくため込んでも大量のウィースを放つのに適してない。普通の銃は基本的に弾は何十発も込められるけど放つときは一発ずつだろ。でも、今君のやろうとしてることはそうじゃない。数発の弾を一気に放つのと同じことだ。まずは無意識に従ってた常識にあらがわないと」
「ウィースため込む部分と銃口の大きさの比率が難しいですね」
「うん。下手したウィースが一気に飛び出してボンッとなるかも」
「まじですか?」
「まじ。でも何事も失敗して学ぶものだよ。都合がいいことにジェンティーレだから多少の爆発には耐えられる」
爆発すると聞き今から蓮華は少し怖くなっていた。そんな蓮華を見て祐介が言う。
「僕なら危険なく組み立てられると思うけど、やってあげようか?」
「……いや、いい。自分でやる」
「そうか。君ならそう言うと思った」
七高剣舞祭に間に合うかな?




