蓮華の成長
蓮華とエリカがラーメン屋から帰ってきた日の夜。霧ヶ谷組の屋敷では蓮華が帰ってきたということで一日遅れの宴が開かれようとしていた。
『かんぱーい!!』
みんなでそう叫び各々のグラスを高く掲げた。蓮華も一緒になってグラスというかコップに入っているコーラを一気に飲み干す。意外なことにその隣でエリカも同じことをしていた。
それぞれが酒を飲みながら蓮華と久しぶりに話そうと寄ってくる。蓮華は彼らと楽しそうに笑っていた。だがそんな霧ヶ谷組の面々のせいで自分が近づけなくなっているため聡明が寂しそうにしていた。
一人縁側でちびちびと高い酒を飲んでいる聡明の横に蓮華がやってくる。
「寂しそうだな、じいちゃん」
「蓮華……」
蓮華が話しかけると聡明は嬉しそうに蓮華を見つめた。しかし、すぐに顔をそむけ、
「ふーんだ。別にわしは寂しくなんかないんだからね」
「ツンデレかよ……。じいちゃん酔ってんの?」
あきれながら蓮華は聡明の前に座り、お膳の上にある徳利を聡明の持っている猪口に入れてやった。そうすると聡明は何も言わずも猪口に口をつけた。
「で、どうじゃ学校は?」
「まあ……けっこう楽しいよ」
「そうか」
「ああ」
今度は聡明が蓮華のコップにコーラを入れてやった。蓮華はそのコーラを飲みながらお膳の上にあったぜんまいの煮物に手をつけた。
「最初はめんどくさいと思ってたけど悪くないな……学校って」
「ほお、彼女でもできたのか?」
「いや、そんなんじゃないけどさ」
蓮華はお膳にコップを置き両手を床に着き夜空をを見上げた。
「なんて言うか、自分の世界が広がったっていうのかな。教室の中でみんなと一緒にいるのが案外心地いいってのが分かった。友達とくだらないことだべるのが楽しいってのが分かった」
蓮華がそう話すのを見て聡明は少し寂しそうに顔をほころばせた。
「やっぱ、中学行かずに一人で勉強してたせいなのか、霧ヶ谷組の次期当主なんていう……いつ死ぬか分からない身の上のせいなのかは自分でも何とも言えないけど……あそこで過ごしてる一日一日が、今こうしてじいちゃんと話す一言一言が……尊いものだってのを改めて知った気がする」
「今の生活が楽しいか?」
「ああ。すっげえ楽しい。嫌々だったけど神楽坂に行ってよかったよ」
そんな時、部屋の中から大黒が声をかけてきた。
「ぼっちゃん! 早く食べないんならぜんまい食べちゃいますぜ!」
「おい! ちょっと待て今行く!」
そう言いながら蓮華は中に入って行った。残された聡明は猪口に残っている酒を一気にのどに通し、大きく息を吐いた。
「桃華、蓮司。お前らの息子は立派になっていっとるよ」
◆
エリカはふと目が覚めた。昨日のことはあまり覚えていない。エリカの隣で川島が寝ていることとしっかり布団の上にいたことからここが客間であることは理解した。とりあえず時間を確認しようと携帯を手に取った。
「まだ、六時だ」
いつもより早い起床だが目はしっかり見開かれてしまっている。そのため、顔でも洗おうかと客間を出る。しばらく歩いたが屋敷が広すぎてどこに洗面台があるかわからない。
「やっぱり広いなー。少しは覚えたと思ったけど全然だったなあ」
すると前にメイド服を着たきれいな女性がため息をつきながら歩いてくる。
この人に聞いてみよう。
「あのー……」
エリカがそう話しかけるとさっきまでの表情がなかったと言わせるかのようにニコッと笑った。
「はい、何でしょうか? エリカ様」
「え? えっと、名前……」
「ああ……聡明様から話は聞いていますので。それより、どうかなさいましたか?」
「あ、あの……顔を顔を洗いたいんですが……」
「そうでしたか。案内しますね」
そう言ってそのメイドはエリカに背中を見せて歩き始めた。歩きながらそのメイドはエリカに変なことを聞く。
「昨日の蓮華様はどうでしたか?」
「え?」
エリカは質問の意味が分からず首をかしげた。
「その、元気でしたか?」
「えっと、元気だったと思いますけど。昨日は楽しそうに騒いでましたし」
「そうですか……その、蓮華様と仲良くしてあげてくださいね」
「えーと、はい」
メイドの不可解な質問にやはりぴんと来ていない様子のエリカ。
「ここです」
メイドはそう言って手で促した。入ってみると中はかなり広くなっている。
「ありがとうございます…………あ、タオル」
「タオルならこちらにあります」
そう言うメイドの視線の先にはタオルがたくさん積まれた棚があった。
「こんなにたくさんあるんですね」
「霧ヶ谷組の八割はこの屋敷で寝泊まりしているので朝は洗面台が混むんですよ。そのためここからタオルを取って、使い終わったら洗面台の下にある穴の中に入れるんです」
「なるほど。ありがとうございました」
「いえ。それでは」
顔を洗い終わって洗面所を出るとかすかに木刀を打ち合う音が聞こえてきた。
「そういえばさっきから鳴ってるけど、なんだろ? 行ってみよ」
蓮華は木刀で聡明に突きを入れた。聡明は同じく木刀でそれを払いのけ、蓮華の足をかけてくる。蓮華はそれを前方に飛びつつかわした。
「うわ!」
蓮華の足が地に着くと同時に聡明は蓮華の背中に一発入れようと木刀を振り上げた。蓮華は聡明の一撃を右肩の後ろから木刀を出して何とか防ぐ。
「蓮華、少しは成長したようじゃな。剣の鍛錬も欠かさず行っているのがよくわかる」
「まあね。こう見えて努力家なもんで」
そう言いながら蓮華は左手の肘で聡明を狙うが難なくそれは手のひらで防がれ、そのまま膠着状態が続く。
そんな中エリがが静かに入って来た。
「えと……おはようございまーす」
「おはようございます」
そんなエリカに端のほうで蓮華と聡明のけいこを見ていた和馬が声をかけた。
「あのーこれは……」
「静かに」
和馬にそう言われエリカはおとなしくしていることにした。
和馬の発言とともに膠着状態は解かれる。蓮華はその状態のまま肘で押し切り左足を軸に回転する。その勢いで蓮華は木刀を聡明の左顔面目掛けて力任せに振りぬいた。
その一撃を聡明は木刀で受けるが、距離が開いてしまった。
「すごい」
それを見てエリカは思わずそうこぼした。
「そうですね」
「どっちが勝つんでしょうか?」
「わかりません。ぼっちゃん、かなり強くなってますし。もうかれこれ二十分になります。今までのぼっちゃんならとっくにやられている」
「二十分!? そんなに打ち合ってるんですか?」
「はい」
そうこう話しているとすでに二人は動き出していた。ほぼ互角……ややパワーで勝っている蓮華が有利に見える。
「うおおおおおおおおお!!」
叫び声をあげながら攻め続ける。傍から見れば蓮華が押しているように見えるが、蓮華からすれば余裕で防がれているのがわかってしまう。
――そして、戦況が覆る。
蓮華の一撃を聡明は木刀で防ぐと見せかけてかわした。すると、蓮華は前に倒れこむ。
しまった! 焦りすぎた!?
態勢を崩した蓮華を回し蹴りで遠くに飛ばした。
「ぐっ!!」
蓮華は背中に痛みを感じつつもなんとか踏みとどまり聡明の姿を確認しようと振り向くとすでに木刀は蓮華の首を軽く触れていた。
「焦った時に背後を取られると回れ右で振り向いてしまう……その癖は直っとらんようじゃの」
そう言って聡明は笑いながら道場を去って行った。
それを見てエリカが不思議になった。
「癖って何ですか?」
「そのままですよ。ぼっちゃんは背後を取られると右側から視線を移動する癖があるんです。焦った時だけですけどね」
「…………」
「それにしても。ぼっちゃん、とうとう聡明様に霧ヶ谷流を抜かせましたね」
和馬の反応からすごいことを蓮華がしたことは理解したがいまいちよくわからない。
「どういうことですか?」
「先ほどの聡明様の技は霧ヶ谷流体術――蜻蛉」
「せいれい?」
「はい。この技は急激な方向転換で敵の視界からいきなり消える技です。あれを見てください」
そう言って和馬が指さす場所には足の形をした焦げ目が二つ床についていた。
「あれって……」
「はい、あれは聡明様のです。最初は右足で左側に方向転換……左足で着地しそのまま前方へ加速しているんです」
「なるほど。つまり蓮華くんが右側から振り向くのを知っていたから、最初の一歩ですでに蓮華くんの視界に入らない位置にいたということですね」
「ええ。あの瞬間のぼっちゃんにはその技はとてもかけやすい」
それを聞いてエリカが寝転がっている蓮華のそばに寄る。
「惜しかったねー」
「……いたのか」
「まあね。はいタオル。私が顔洗ったので良ければ」
「別に気にしないからもらう」
エリカからもらったタオルで汗を拭き蓮華は大きくため息をついた。
「くそっ! また負けた! 次は絶対じいちゃんから一本取ってやる!!」




