世界の歌姫
蓮華が島に着いた日の次の日、蓮華は作業着を着て自分の工房でアクセプションの製作に励んでいた。
「くっそ、うまくいかねえ!」
工房の中に蓮華のそんな声が響いた。そこにあったのは蓮華と同じくらいの大きさの銃。その銃にはわかりやすいように丸の中に『試』と書いていた。ちなみにその隣には数字の2が書かれている。
「ウィースが中にはたまるんだけど、ためた量のわりに威力が弱すぎる。途中で漏れてんのか?」
お手上げという感じで頭を掻く蓮華。
「あーもう……仕方ない! あとで高瀬さんに聞きにいくか」
やはりアクセプションを作るのは難しい。蓮華はいつもいつもそう実感している。地べたに直接座りながら水を飲む。そして辺りを軽く見渡すと、
「ここ、きったねえな……まあ、しばらく使ってなかったしから仕方ないけど。ほこりが舞っちゃってるよ」
そう言って蓮華は気分転換ついでに掃除を始めた。
「掃除が終わったら少し休もう。今十一時だから十二時には終わるだろ」
一人で掃除をするにはこの工房はかなりの面積だったせいか蓮華の予想を大きく超え三時間もかかってしまった。
「つかれた。なんでこんなに広いんだよ。俺しか使ってねーのに」
そんな文句を言ってると蓮華の腹の虫が悲鳴を上げた。先ほどまでアメをなめたりして気を紛らわせていたがとうとう限界がきたようだ。
「なんか食うか。つっても工房の冷蔵庫は空だったから屋敷に戻るか。まあ、なんかあんだろ」
独り言を並べてながに後片付けを進める。そんな中、工房のドアが開く音がして和馬が入ってくる。
「ぼっちゃん。今すぐこっちに来いと聡明様が言っておられます」
「ああ、あの客人ってやつか」
「はい。先ほど到着なされましたので。……ぼっちゃん驚くと思いますよ」
「驚く? まあいいや、わかった。片付けが済んだらすぐに行くって言っといてくれ」
「了解しました」
和馬はメガネを右手でクイっとあげ出て行った。本人曰く、メガネクイっはメガネのサイズが合っていなかったときにいつもやっていたせいか癖になっているそうだ。
「あのしぐさ……久しぶりに見たらちょっとイラっときたな」
◆
和馬が蓮華を呼びに行ってから五分ほどたって、工房の後片付けを終えた蓮華は聡明の部屋の前にやって来た。
「じいちゃん。俺だけど?」
「すまんのう。オレオレ詐欺はお呼びじゃないのじゃ」
「蓮華だよ。あんたの孫の蓮華だよ」
「そうかそうか。それでは合言葉を頼む」
「なにそれ!? いつからそれ決まったの! ていうか俺昨日、普通に入ったじゃん!」
ドアをはさんでツッコミを入れる蓮華。
「まあいいか。入ってよいぞ」
「いいのかよ! 入るけどさ……」
しぶしぶ入る蓮華。聡明の部屋の中には二人の女性がいた。一人は蓮華と同じくらいの年頃でもう片方はどっからどう見ても大人の女性だ。
「客人ってこの人たちのこと?」
「うむ。って蓮華! なんて格好しとるんじゃ!?」
聡明がそう言うと蓮華は腕を広げて自分の体を見渡した。
「ん? ああ、さっきまで工房にいたから」
「だからってそんな汚い格好で来なくてもよかろう」
「じいちゃんがすぐ来いって」
「着替えようとは思わなかったのか?」
聡明の言葉に疑問を持った蓮華は「なに言ってんだこの老人?」という風な視線を送った。
「思ったけど、いつも通りでいいってじいちゃん言ってたじゃん。俺、いつも家にいるときはだいたいこんなだらしない格好だろ?」
「そんなこと……そ、そうじゃけど」
「まあ、いいじゃん。こんなむさ苦しいとこに止まってもいいっていう人たちなら俺のだらしない姿の一つや二つ気にしないって」
そう言いながら蓮華はおとなしく座っていた二人に目をやった。すると蓮華の視線に気づいた大人の女性が答えた。
「はい。構いません。この子も似たようなものなので。家ではいつもジャージでしたし」
「ちょっと、川島さんやめてください。えっと、違うんですよ。その、なんて言うか」
恥ずかしそうに自分の失態を隠そうとするが逆効果な気がするが蓮華は何も言わない。
「蓮華。まあ、大丈夫みたいじゃから自己紹介くらいしなさい」
聡明に言われて蓮華はそうだったな、と思い出したように「ああ」とつぶやいた。
「霧ヶ谷蓮華です。とりあえずよろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。私はこの子のマネージャーをしている川島です」
「マネージャー?」
ああ、そう言えば歌手とかなんとか言ってたな。
「私はエリカ・リートリーと言います」
「…………エリカ……リートリー?」
「はい!」
動揺を隠せない蓮華をよそに紫がかった髪の毛を揺らしながら満面の笑みで彼女、エリカは答えた。
「…………マジかよ! 世界の歌姫じゃん。おい! くそじじい!」
「くそじじい?」
「こいつ歌手なんて甘っちょろい物じゃねーぞ!」
「くそじじいってなんじゃ!? くそじじいって!」
「エリカ・リートリーの曲が生で聞けるのか。おもしろくなってきた!」
「おい蓮華! じいちゃんに向かってくそじじいとはなんだ!」
「悪い悪い、興奮してついそう呼んじまった」
「そうか、ならよい」
その時、蓮華の腹がまた鳴った。興奮して空腹なのを忘れていたが体は正直である。
「じいちゃん。自己紹介は済んだしもういいよな?」
「ああ」
「じゃあ、俺腹減ったからなんか食ってくるわ」
そしてまたもやこの空間に『グー』という音が響いた。聡明が蓮華のほうを見たが、
「いや、今の俺じゃない」
「……私です。私もお腹減りました」
エリカ・リートリーだった。赤くなった顔を隠して控えめに手を挙げた。それを見た蓮華が、
「えーと、その。一緒に行きます?」
蓮華のちょっとした気遣いにエリカはうなづく。それを確認してから蓮華はマネージャーである川島のほうに顔を向けた。
「顔は見られないようにお願いします」
「わかりました。じゃあ、俺着替えてくるんで少し待っててください」
少しして蓮華が戻ってくるともう聡明と川島はどこかに行ってしまっていて、帽子にメガネをかけたエリカしかいなかった。それでばれないのかと蓮華は不安に思ったがこの道のプロのやることに口出しをしても意味ないだろう。
「じいちゃんたちはどこに行ったんですか?」
「ああ、かわちゃんたちなら客間に案内するって言ってましたけど」
「かわちゃん? ああ。川島さんのことね。そうか、じゃあ。行きますか……といきたいとこだけどもう敬語はいいよね?」
「え?」
不思議そうにエリカは蓮華を見つめた。
「だって、俺ら見た感じほとんど同じ年でしょ。そんな人に敬語使うのはなんか違和感あるし、ちなみに年いくつ? あれ、女性にはこういうこと聞いちゃいけないんだっけ?」
「最近十七歳になったよ」
「え、十七? うわー年上だよ。やっぱ敬語使った方がいいかな?」
「ううん。それは嫌かな。私、みんなに敬語使われるし。やめてって言っても、それはちょっとみたいな顔されるから」
なんだか少し寂しそうな表情をするエリカ。蓮華は思わず捨てられた犬を見てる気分になる。だがそれでも蓮華の対応は特に変わらない。
「そっか。じゃあ、敬語はいいや。それにお前、俺の知ってる先輩たちと違ってむしろ年下って感じするし」
「なにそれ?」
「なんだ、怒ったのか?」
「別に」
「そんなにむくれんなよ。女は年を下に見られるとうれしいんだろ?」
「それはもう少し大人になってからの話!」
「まあ、いいや。早く行くぞエリカ」
「ちょっと待ってよ蓮華くん」
「おっちゃん久しぶり」
ガラガラガラ、とラーメン屋のドアを開け蓮華はそう言った。ここはこの島の商店街にあるラーメン屋だ。
「いらっしゃい! って蓮華くんじゃねーか! 帰って来てたのか?」
「ああ、昨日帰って来たんだ」
「おい、母さん! 来てみろ蓮華くんが帰ってきてるぞ」
店主のそんな声に反応し店の奥からは奥さんが出てきて、店に来ている者たちも蓮華を一目見ようとやって来た。
「おいおい。なんかまた一回り大人っぽくなったな」
「ほんと。顔つきが前と全然違う」
「彼女まで連れてきちゃってまあ大変。今日の霧ヶ谷組の夕飯は赤飯ね」
そんな各々の感想が飛び交っている。
「ほら、みんな。蓮華くんめんどくさそうな顔してるから席に戻って。ラーメン伸びるよ」
奥さんのそんな声でなんとか収拾がつきそれぞれテーブルについた。
「それにしても久しぶりだな。いつもので良いのか?」
「ああ、いつもの二つ頼む」
「あいよ! それよりそっちの子は蓮華くんのこれか?」
店主はそう言って小指を立てた。おしゃべりが好きな店主なのだ。
「ちげーよ。ちょっと訳あって今うちであずかってんだ」
「お前、同年代の男女が一つ屋根の下って大丈夫なのか? 間違いとか起きねーのか?」
「大丈夫だよ」
「いやいや。大丈夫っておめー、思春期真っ盛りの高校生だろ? 気をつけなお嬢ちゃんこの年頃の男子はみんな百獣の王になっちまうんだ。獅子王島だけにな」
「うまくねえよ」
エリカが少し身を引いて蓮華を変な目で見ている。
「おいおいおいおい! 別に変なことなんてしねーよ」
「ごめん。私世間知らずだから信用できない」
「だったらおっちゃんの言葉も信用すんなよ!」
それもそうだね、と言いかけたところでまたも店主が口をはさみニコニコ笑いながら余計なことを話しだしてくる。
「蓮華くんよりも俺のほうが人生経験長いから信用できるってもんよ」
それを聞いてエリカが目を見開いて、
「確かに」
「じゃねーよ! なに急に我に返ってんだよ! いや、ちげーよ。そっちは我じゃねーよ! だから、早く我に返ってこーい!」
「なに言ってるの?」
「…………知らねーよ!!」
肩で息をして辛そうにしている蓮華に奥さんが水を入れてくれた。だが、今目の前に奥さんがいることに気付かずに店主は自分の話をし出した。
「俺が蓮華くんの年のころには……」
「おいあんた」
「もう、母さんと出会ってズッコンバッコンよ」
「あんた」
「最初は俺の家だった」
「……」
口で言っても一向に気付かない店主にイラつきながら奥さんはカウンターの中まで歩いてゆく。
「次は、ラブホ。その次は学校。その次は………………」
次は、と続くたびにエリカの顔は少しずつ赤みが増していった。
「そして、なんと! その次はそとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
店主の腹に一発きれいに決まった。
「あんた……未成年の子供の前でなんて話してんだ」
「かあさん、いつ……から?」
顔が痛みでゆがみかすれた声の店主。そんな店主とは正反対に奥さんは終始真顔……いや、今にもキレそうな笑みを浮かべている。
「お前が昔の話を始めたとこからだよ」
「あははは」
「お前がこんな下種な話するから。ほら」
奥さんがあごでエリカを示した。
そこには両手で顔を隠し何やらぶつぶつ言っているエリカの姿があった。そして時折、首を横にぶんぶん振っている。
「おい、エリ……大丈夫か?」
蓮華がエリカの肩にそっと手を置いて心配そうに聞くと、エリかは蓮華だけに見える形で顔をあげて蓮華だけに聞こえる声で言った。
「蓮華くんは、その……外でしたいと思う?」
何言ってんだこいつ? こういう時はあれだな。沈黙。こいつが一番だな。人には黙秘権ってのがあるし。
「…………」
「ねえ」
「………………」
「ちょっと」
「……………………」
「答えてよ!!」
「うるせえな! 耳元で叫ぶな!」
もう周りにも聞こえる声で話してしまっている。そんな情緒不安定なエリカを心配したのか奥さんが優しく声をかけた。
「大丈夫よお嬢ちゃん。あの人の話は全部嘘だから。あの人、人と話すのが大好きだから」
「はい、大丈夫です」
「ごめんね、今日の代金はいらないからゆっくり食べて行ってね」
「はい」
奥さんはまた店主のほうに向き合ってまたしかりつけた。
「ほらあんた、早く二人にラーメン出してあげな」
「はい……」
小さな声で返事をして作業に取り掛かる店主。それから少ししてラーメンは蓮華たちの前に現れた。
ラーメンを出した時、今度は奥さんが誰にも聞こえない声で店主にささやいた。
「私があんたに初めて会ったのは大学生の時だよ」
蓮華はそれを偶然聞いてしまった。だがエリカには聞こえなていなかったみたいで、
「蓮華くん。これ、おいしいよ。食べないの?」
「ああ、うん。食べる」
蓮華はその日のラーメンの味をあまり覚えていない。




