蓮華と霧ヶ谷組
蓮華の家、もとい霧ヶ谷組の屋敷はこの島の山の上にある。山と言ってもそこまで大きくはなく、そこには車が通るための車道が山を囲んでいて、そのほかに階段が一本あるだけだ。
屋敷はいかにも和風とういう雰囲気をかもしだしている。それに何よりもとてつもなく広い。
午後五時を回ったところで蓮華は階段を上りきり屋敷の中に入って行った。すると、
「ぼっちゃん!」
こわもての男性が蓮華の姿を見てそう言った。蓮華は相変わらずこいつは声がでかいなどと思っていた。
「おい! みんなー! ぼっちゃんが帰って来たぞ!!」
この男性の声に反応して、ほかの者たちもいろいろなところから「ぼっちゃんぼっちゃん」言いながら出てきた。
「おい、お前ら。そういうのいいから。あと大黒、久しぶりにお前のでけー声聞くのは耳が痛い」
「ぼっちゃん、ひどいですぜ!」
「うるさい……」
ここに集まっているのはみな霧ヶ谷組の一員で蓮華の部下たちである。全員まずぱっと見が怖いためヤクザと言われても仕方がない。
蓮華はそんな部下たちの大多数を無視して、唯一ヤクザっぽくないメガネをかけた知的な男を見やる。
「和馬。じいちゃんは?」
「部屋にいますよ。今日は高い酒を飲むんだと今から夕飯を楽しみにしていました」
「そうか、サンキュー」
蓮華は屋敷の中でも少し大きい部屋に入って行く。
「ただいま、じいちゃん。今帰ったよ」
「おお蓮華。帰ったか。よく来た、まあ座れ」
この出来もしない口笛を吹ききょろきょろしている老人が蓮華の祖父、霧ヶ谷聡明である。
「なんでじいちゃんさっきからこっち見ないの? なんでそんなにもじもじしてんの?」
「だって、蓮華と会うのは久しぶりじゃしい? 何を話したらいいのかわからんのじゃ」
「なんでそんなに乙女っぽくなってんの? 人差し指つつかないで」
「蓮華こそその真顔はやめるのじゃ! わしは自分の孫をそんな風に育てた覚えはないぞ」
いつもの明るい祖父に戻り、ため息をつき口元を緩ませる蓮華。
「すまんな。久しぶりに帰って来たお前が急な環境の変化に戸惑うかもしれんと思ってな女子高生を演じてみたのじゃ」
そう言って、がはははっと笑う聡明。蓮華もそれにつられて声を出して笑い出した。
「まったく、やめてくれよじいちゃん。すげー気持ち悪かったよ」
「気持ち悪いじゃと!? わしとしてはなかなかにうまくできてたと思ってたんじゃがな」
少し残念そうな表情を浮かべた聡明。自分では本当になりきっていたらしい。まあ、蓮華が気持ち悪いという感想を持ったのは単純に外見のせいもあるのだ。白髪の老人にそんなことをやられても反応に困るのは蓮華だけではないだろう
「おお、そうじゃ。少し話は変わるが明日客人が来る」
「客人?」
「うむ。何でも歌手? アーティスト? というのかの? まあ、そのような人がここで歌を歌ってくれるということになったんじゃ。名前は何と言ったかの?」
わけがわからない。蓮華は特に考えることもなくそんな感情を抱いた。
「なんでまた急に?」
「いわゆる復興ライブというものらしい。この島もだいぶ復興が進んだがまだ完全には戻っておらんからな。じゃからこの島に住むわしらに元気を届けるという名目でやるらしいのじゃ」
まあ、なんとなくはわかった。けれど理解できないところはまだある。
「それをなんで俺に?」
「それはじゃな、その方がここに滞在している間の世話をすることになったんじゃ」
うわー。なんてめんどくさそうなことを引き受けたんだ。
「世話って言っても何していいかわかんないよ」
「お前はいつも通りでいい。ただこの屋敷に泊めてやったりするだけじゃ」
「こんなむさ苦しいところに?」
「うむ。それはかまわないと言っていた」
「相手側がそう言うならいいけど……ほんとに大丈夫なのか」
心配事はたくさんあるが、まあ考えても仕方ないと思い蓮華はため息をついた。物事はこんな風に割り切ることも必要だ。
「あ! そうそう、じいちゃん。今日、またヤクザ連合から通知が来てさー」
それから蓮華は今日船で会った三人のヤクザのことを話しておき、自分の部屋で疲れを取ることにした。
だが、その日よほど孫と夕飯を食べるのが楽しみだったのか聡明は我慢していた高い酒に手をつけず拗ねたように早く寝てしまったらしい。
◆
朝三時、蓮華は早くに眠ってしまったせいかこんな早朝に起きてしまった。少し小腹が空いたため台所に向かった。すると、そこには六人のメイドが朝食の支度をしていた。
『おはようございます』
六人全員が口をそろえて蓮華に向かって言った。
「ああ、おはよう」
久しぶりでびびったー。
「蓮華様、今日は一段とお早いですね」
「昨日は速く寝ちまったからな。それよりちょっと腹減っちゃって、なんかある?」
「少々お待ちください。今、おにぎりをお作り致しますね」
「ああ、じゃあお願い」
そう言うと同時に違うメイドがタオルを持って現れた。
「その間、顔をお洗いになった方がよろしいですよ。とてもだらしない顔をしております」
「え? そんなに」
「はい。唾を吐き捨てたい衝動に駆られます」
「ひどくない! だらしないはいいとして、唾を吐き捨てたいって……ひどくない!! 一応、俺は君たちのご主人様に当たるんだけど」
「なるべくフレンドリーにと言われていますので」
「フレンドリーっていくらフレンドでもそんな言い方しねえよ!!」
こんなことをニコニコ笑いながら言うのだから霧ヶ谷組のメイドは恐ろしい。彼女たちのほうがヤクザなのではないだろうか? なんて思ってしまう蓮華。
なんだかんだ文句を言いつつ顔を洗って居間に行くと温かいおにぎりがテーブルの上にあった。三つあるがはっきり言ってどれもおいしい。
「俺、日課の朝稽古で久しぶりに道着を着てやりたいんだけどさー、どこにしまってある?」
「あの汗臭い道着ですか?」
おいおい。直球だなー。
「ああ、あの洗濯するのも苦痛になるくらいの道着ですか?」
仕方ないじゃん道着なんだから。汗くらい書くでしょ。
「誰が洗うか毎回毎回じゃんけんで決めていたあの道着ですか?」
そうなの!? そんなに嫌だったの!? ごめんね、くさくて!!
「えー、またあの地獄が始まるの?」
地獄って言いすぎじゃない? ていうか敬語忘れてるし……ん? お前二回目じゃね?
「ちょっとみんな、蓮華様がかわいそうよ。これでもまだ思春期の高校生なんだから私たちみたいな美人さんにそんなこと言われたら立ち直れなくなるわよ」
…………。
「ほんとだ。蓮華様黙っちゃった。あーあ。まあ、確かにあれは言われても仕方ないけど……」
………………。
「ちょっと蓮華様しっかりしてください。やっと私の番が来たんですから。私、何を言うかしっかり考えてたんですから。じゃあ、行きますよ。なにより嫌なのは……」
最後まで聞きたくなかったのか蓮華は大声をあげて聞こえないように自分の声でかき消した。
「もういいから!! わかったから!! はいはいわかりましたよ。もう自分の道着は自分で洗いますー。嫌なんでしょ!? 仕事だって割り切っても嫌なんでしょ!? じゃあ、いいよ! もういいよ! おにぎりありがと! おいしかったです!」
そう言って蓮華はあからさまに足音を立てて広い部屋を横断する。それを見て七人のメイドが蓮華を呼び止めた。そして決まっているのかさっきと同じ順番で声をあげていった。
「これを見てください」
「じゃじゃーん」
「そんなわけで」
「新しい」
「道着」
「でーす!」
『着てみてくだ……』
蓮華も先ほどと同じように相手の言葉を途中できった。
「はあ? いらねえよ」
首を回し冷たい声と視線でそう言い放つ蓮華は殺気を放っていたと言っても過言ではない。そして蓮華はそのまま部屋を出て行った。
「少し言い過ぎたかしら」
一人がそう言うと、ほかのメイドもそれに同意する形で「うんうん」とうなづいている。だが、一人だけ……蓮華に最後までセリフを言わせてもらえてなかったメイドだけその場で膝をついた。
「ちょっと。大丈夫」
「大丈夫です。それにしても……ああ……蓮華様のあの視線……とても、とっても……ゾクゾクしますね」
『ああ、うん。そうだね……』




