突然のチャンス
放課後、蓮華は昼と同様に生徒会室にやってきていた。違うのは隣に秋久がいること。蓮華があくびをしている中、秋久はわけがわからず目が泳いでいる。
「レン。なんで僕ここにいるのかな?」
「んー? 今わかるよ」
どこまでもはぐらかす蓮華。それを見たアンナが話を切り出す。
「あら、霧ヶ谷くん言ってなかったのね」
「はい、全然教えてくれなくて」
「そっか。それじゃあ、単刀直入に言うね」
「あ、はい」
「佐久間秋久くん。あなたは七高剣舞祭のメンバーに選ばれました」
話が呑み込めない秋久をよそに蓮華がにこにこしながら拍手している。
「ど、どういうことですか? レンがメンバーに入ったとは聞いてましたけどなんで僕なんかが……」
「それは霧ヶ谷くんがメンバーに入った時の約束でね。指定の人をメンバーに入れてほしいって言われてたの」
秋久の頭には疑問しか残らない。
「しかし、僕はレンみたいに学内トーナメントに出ていたわけではないですし……スクルータですし。とても役に立てるとは思えません」
なぜ自分なのか? なぜ蓮華は自分を選んだのか? いくら考えてもわからない。別に蓮華の前で何かすごいことをしたおぼえもない。
「で、どうすんだ? やるのか……やらないのか?」
頭の整理がつかないうちに蓮華は秋久に問うた。
「ちょっと蓮華。秋久にも考える時間が必要よ。そう急かすほど鬼気迫ってるわけじゃないし」
フィルミネスがそう言って止めようとしたが蓮華はそんなこと聞かない。
「アキ。ここで決めろ。考えることなんてないだろ。やりたい方を選べばいい。こういうことは迷えば迷うだけ後で後悔する」
少し非情ともとれる蓮華の言葉。蓮華自身もそんなことはわかっているが秋久にはそういった決断力が必要だと考えてことなのだ。
「レン。一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「どうして僕なの? 別に僕はそれと言った特技もないし。本当にレンたちの足を引っ張るお荷物になっちゃうと思うんだ」
「それはこれからのお前次第だ」
ここで蓮華はため息をついた。もちろん秋久の気持ちもわからないわけではない。だが、そんなに消極的では前に進めるものも進めない。
少し強引にいくか。
「アキ。俺が聞いてんのは七高剣舞祭に出たいか出たくないかだ。役に立つか立たないかは今は正直どうでもいい」
「でも……」
まだ、決めきれない。七高剣舞祭は団体戦だ一人足を引っ張るだけでチームの足並みが崩れることは容易にありうる。そんな大事な試合に自分が出ていいのかどうか。そんな気持ちが秋久の感情の邪魔をしている。
「スクルータってつらいよな。周りからバカにされて白い目で見られることなんて普通にある。就職の面接でスクルータだから落とされるってことも多々ある。インゲニオスにはわからないことだ」
同じスクルータだからわかる。蓮華も昔はそう思っていたこともある。そして乗り越えた壁だ。
「けど、スクルータが弱いなんて……劣ってるなんて誰が決めたよ」
そんな少し考えれば誰でも思いつくような単純な言葉が秋久の胸に突き刺さった。
もう蓮華の話を邪魔するものは誰もいない。
「世界には草食動物と肉食動物がいる。草食動物は地に生えている草木を食らい、肉食動物は草食動物を食らう。ではなぜ世の中の草食動物は絶滅しないのか? 答えは……草食動物には草食動物なりの戦い方があるからだ」
不敵な笑みを浮かべ自信満々に語る蓮華にはやはり頼もしさが感じられる。これが人を引き付ける魅力というものなのだろう。
「お前も自分なりの戦い方を見つけたんだろ」
「……そうかもしれないけど、僕は……」
「あと俺が言うことは一つだ」
蓮華は秋久がまた弱音を言わないように途中で秋久の言葉を切った。
「現在進行形でお前をバカにしている連中を見返したくはないか? そいつらが目ん玉飛び出るくらい驚いてる姿を想像してみろ。どうだ? 最高だろ?」
自分のためにそこまで言ってくれる友人に答えてあげたいと秋久は素直にそう思った。それにやっぱりスクルータだからって下に見られるのは気持ちいいものではない。
「決めた……やるよ」
そう言って拳を握る力を強くする秋久。蓮華は最初からそうなるとわかっていたようにうなづいている。
アキ。お前は自分で思ってるよりもずっと負けず嫌いだよ。
「よく言った、アキ。これは俺からのプレゼントだ。大事に使え」
蓮華は秋久になにかを投げた。それが何かと言うと、アクセプションだった。
「お前に向いてると思う」
◆
同日の放課後、とある喫茶店『純喫茶エルフ』に蓮華たちはやってきていた。
「え? うそでしょアキくん」
「いや、ほんとだよ」
「またまたー」
「ほんとのほんと」
「……」
半信半疑の凛が蓮華とフィルミネスの二人を見ると彼らは一様に首を縦に振るだけだった。
「え? 本当に?」
「うん」
「おめでとう……おめでとう! アキくん」
そう言って凛は秋久に抱きついた。秋久は少し恥ずかしそうにしている。凛は自分のことのように喜んでいるように見える。
「これで、凛だけが選ばれてないな」
そんな風に皮肉を言う蓮華。これには案の定、凛がだまっていなかった。
「あんた……まさかそれが狙いってわけ? 悪いけど次はあんたなんかに負けないから」
「『あんたなんか』って……敗者が勝者を見下してんじゃねーよ。アホ」
「…………あーもう! 今日こそは許さない!」
蓮華に向かってとびかかるところをフィルミネスとカルミラに止められる。相当お怒りのようで二人がかりでも止めるのが難しい。
「落ち着いて、凛」
「離してフィーちゃん。このゴミ、焼却炉に捨ててくるから」
「くやしいのはわかるけど抑えて」
「ごめん、我慢の限界。だって……だって……あれ!」
凛はそう言って人差し指を立てた。その指が指し示す方を見てみると、
「マスター、この新作のコーヒーうまいね」
「そう? うれしいね。そのコーヒーはけっこうこだわって作った自信作だからね」
「やっぱマスターのコーヒーはこう、なんていうか、すごく落ち着く味なんだよな」
「霧ヶ谷くんはほめ上手だね。霧ヶ谷くんはきっと将来、出世していくタイプの人間だよ」
「いやいや嘘じゃないって。マスターのコーヒーはどれも好きだけどこれが一番俺の好みかな」
「本当に? ありがとねー」
と、そんな風にこの喫茶店のマスターと話を膨らませている蓮華。それを見て、頬を膨らませる凛。
「ムカつく!!」
「それよりみんなは夏休みはどうするの?」
そうアキが話を繰り出した。こんな学校だが夏休みはある。七月の下旬から八月いっぱいだ。この期間には七高剣舞祭のメンバーは練習があったりするのだ。
「僕と凛は一度実家に帰る予定だけど」
「私はここにずっといるわね。あんまり家に帰りたくないし……」
「どうして?」
「え!?」
目が不自然に泳ぐフィルミネス。
そうだった。蓮華にしか話してないんだった。
「あー。ちょっとケンカ中で」
「そっか、王女様もそういう庶民的なことがあるんだね」
「ええ、まあ。カルは?」
咄嗟に隣に座っていたカルミラの方に手を置いて話を振った。
「私も島に残る」
たった一言そう言うと後は蓮華だけだが、いまだにマスターと話をしている。それどころか次に出すメニューの試作品の実験体になっている始末である。
それを見て、フィルミネスが少し怒ったように言う。
「蓮華は?」
「ん? 何が?」
「だから、夏休みの予定よ」
「なんでそんなに怒ってんの?」
「怒ってないわよ!」
フィルミネスがむきになっているところにカルが静かに口を開いた。
「フィールは蓮華とも……」
言い終わる前にフィルミネスがカルミラの口を無理やり閉める。
こういう時のカルの発言はだいたいいい結果を生まない。悪いけど学習済みよ。
「なんだ、俺ともっとおしゃべりがしたかったのか?」
「な! ち……ちが……」
「そうかそうか」
「違うって言ってんでしょ!」
「え、そうなの?」
「そうよ、それより早く答えなさいよ」
「はあ…………えっと、俺はとりあえず実家に帰ろうと思うけど」
「それでいいのよ。ありがと、答えてくれて」
フンっと鼻を鳴らしてそっぽを向きながらフィルミネスは少し寂しそうな表情をした。それをマスターだけが偶然見てクスっと笑った。
なんだ、帰っちゃうのか。二人でどこか行きたかったんだけど。って何考えてんの私! 『二人』じゃなくて『みんなで』でしょ!




