予想できたこと
時刻は午後一時二分。ちょうどお昼時。授業がひと段落して生徒たちが羽を伸ばしている時間……退院したばかりの蓮華は生徒会室のドアを二回たたいた。それを聞いたのか中からフィルミネスの声が聞こえてくる。
「どなたですか?」
「蓮華です。霧ヶ谷蓮華。昼休みに来いって言われたんですけど……」
「ねえ蓮華。ノック二回はトイレのときって知ってる?」
フィルミネスは蓮華だとわかった途端に間違いを指摘した。間違いというほどでもないのだが。
それを聞いても蓮華の表情は崩れない。だが、
こいつ! 別にいいだろそんなこと。まあいい俺は大人だからな。大人のやり方を見せてやろう。てゆーか大人のやり方って何?
「霧ヶ谷くん、中に入らないの?」
蓮華の後ろからやって来たアンナが不思議そうに話しかける。蓮華は待ってましたと言わんばかりに振り返った。だが、顔には一切出さない。
「いえ。入ろうと思ってたんですけどフィールがなかなか入れてくれなくて困ってたんです」
「あらそう。喧嘩でもしたの?」
「いやー、そんなことはないと思うんですけどねー」
「……じゃあきっとあれよ。好きな人にはいたずらしたくなっちゃうとか」
「あはは。まっさかー」
そこまで言い終えたところでドアが急に開く。
「会長! 何言ってるんですか!」
「「おぉ、開いたー」」
フィルミネスは自分のことを見てニヤニヤしている二人にとてつもない殺意を覚えた。その視線に気づきながらもアンナと蓮華は開きっぱなしのドアを何事もなかったかのようにくぐって行った。
会長がトイレに入って行くのをさっき見たからいずれ来るのはわかっていたんだ。これが大人の……いや、霧ヶ谷蓮華くんの戦略だ!
中に入ると生徒会の役員が勢ぞろいしていた。パソコンに向かっている者もいればコーヒーを飲んでいる者もいる。
「おお、来たか霧ヶ谷くん」
蓮華に気付いたマリがそう声をかけた後、蓮華は席に案内させられた。
「それじゃあみんな。昼食にしましょうか」
アンナがそう言うと各々の座る場所が決まっているように丸テーブルを囲んでいく。そしてその中には蓮華のクラスの担任の望月巴もいる。
「望月先生、なんでここにいるんですか?」
「ん? 霧ヶ谷は知らなかったのか。私は生徒会の顧問だからな」
「なんか意外ですね。先生はこんなめんどくさそうなことしないような気がしてましたよ。俺らの担任ですらどうでもよさそうにしてるのに」
「確かにそうだが上にやってくれと言われたのだから仕方ないだろう」
「なるほど。生徒に『女帝』と恐れられている望月先生も日本の縦社会ではまだまだひよっこだということですか。案外女帝もたいしたことないってことですね」
蓮華はからかうように言う
それを聞いた巴は思い切り蓮華をにらむ。今にも手が出そうな勢いだ。
「きりがやー……よく覚えておけ。私は結構短気だぞ」
それが耳に入った時にはもう蓮華は関節技を決められていた。
「いたいいたい。ほんっといたい。やめてください! もうやめてー!」
「「いただきます」」
二人のことは無視してみんな自分の弁当に手をつけ始める。蓮華は痛くて涙目になってきた。しかし、誰も助けようとはしない。ただ一人、フィルミネスだけがオロオロとしていた。
「先生みんな食べ始めてるから。先に始めちゃってるから!」
「いただきます」
後ろで蓮華が倒れているがそんなことはお構いなしでご飯を食べる。それを見ていたフィルミネスは少し不安になってきた。
「先生。大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。死んじゃいない」
「いや、そういう問題じゃないと思うんですけど」
そんな中マリが話題をきりだしてきた。
「さてみんな、彼が噂の霧ヶ谷蓮華くんだ。どうだおもしろそうな男だろう」
「どうだと言われてもお尻しか見えませんけど」
マリの言葉に一人の女生徒がもっともな意見を口にした。
「いいお尻だろう」
「マリ、あなたが紹介したかったのは霧ヶ谷くんのお尻なの?」
「アンナはわかってないなー。あのお尻も含めて霧ヶ谷くんだ」
「なんでそうなるの……」
二人が話している内に蓮華はゆっくりと起き上がり自分の席についた。そして、「いただきます」と言ってからパンの袋を開ける。
「それで、なんで俺はここに呼ばれたんですか?」
この問いに蓮華を呼び出した張本人のマリが答える。
「みんなに君のことを紹介しようと思ってな。これから、いろいろと関わっていくだろうし。だから簡単に自己紹介してくれ」
それを聞き先ほど蓮華の尻をジロジロ見ていた女生徒が立ち上がった。
「会長と副会長、あとフィルミネスさんは彼と面識があるようなので私から……二年の片桐由美子です。書記を務めています。では、次」
誰もが、それだけ? と思った。それを察したかのように由美子は「簡単にと言われましたので」という。
「同じく二年の林道薫です。副会長です」
前に蓮華に突っかかってきた男子だ。薫はそう言うと蓮華を少しだけにらむ。蓮華はそれを承知に上で茶化すように頭を下げ、「よろしくおねがいまーす」というと、薫は小さく舌打ちをした。
「一年のラウル・ドーバ。会計を務めています。よろしく」
少し体が横に大きめの小太りの青年。
ラウルの姿を見たとき蓮華は思わずある言葉が口に出てしまう。それは決してお腹が出ているとかそういうものではなかった。
「ちっちゃ」
「身長のことか? 俺だって気にしてんだよ! でも仕方ないじゃん。そういう体に生まれてきちゃったんだからー。人を見た目で判断するなー!」
「あーえっと……なんか…………ごめん」
生徒会の自己紹介が終わり蓮華の番が回ってくるといつものやる気のないゆっくりな口調で話し出した。
「えーと……一年E組、霧ヶ谷蓮華でーす。誕生日は7月12日。血液型はA型。嫌いな女性のタイプは男勝りな性格で気に食わないことがあるとすぐに手が出てしまう人です」
これを聞いたとたんにみんなの視線が巴に集まるが彼女は机におでこを当て、足元を見たままピクリとも動かない。そんな状態の巴にフィルミネスが声をかける。
「あのー先生?」
「ねえフィールちゃん」
「フィ……フィールちゃん?」
「やっぱりそうなのかなー。私がもてないのは男勝りな性格だからかなのかなー」
――え?
こんな巴の意外な一面に全員が口をぽっかりと開く。
「昔からなんだよねー。男子からは恐れられ女子からは憧れの的。かわいいと言われたことは一度もなくていつもいつも『巴ちゃんって強くてかっこいいよね』とか『巴ちゃんと一緒にいるとナンパとかに合わなくてすっごい助かるー』とか……」
聞いている内になんだか悲しくなってきた蓮華は声をかけようとするが言葉が出てこない。
「あ、あの……」
「あのくそ女ども、死ね! 私はナンパになんて合ったこともないっつーの。私が勇気出して男に話しかけたらどいつもこいつも震えた声で一言か二言話しただけで逃げてくし。なんだよもう……自慢か! 自慢なのか!? …………なんか思い出したら涙出てきた。もうやだ……」
めんどくせぇ。
蓮華はそう思ったがそうも言ってられない。自分のせいでトラウマを思い出させてしまったということで罪悪感はある。すごくあるのだ。それにみんなが蓮華のことを見ている。
「あのー先生? その……俺は先生のこと好きですよ。だから安心してください。きっと先生のことを女と見てくれる人はたくさんいますから」
「……私に…………優しくすんなー!!」
巴はそう言ってイスが倒れるくらいの勢いで席を立ちドアに向かって歩いていく。そのまま生徒会室を出るのかと思われたがドアの前で足を止めた。
「すまんな霧ヶ谷、情けないとこ見せてしまって。お前はちゃんと……青春……しろよ」
部屋をでてドアが閉まる音がすると、巴の嗚咽と鼻をすする音が聞こえた。それらの音が聞こえなくなりやっと落ち着けたのか蓮華はため息をついた。
「めんどくさい人だな……」
全員が昼食を食べ終えたころ唐突にマリが言った。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「え? 自己紹介はしたじゃないですか」
フィルミネスがそう尋ねると生徒会のメンバーのほか五人が不可解な面持ちになる。
「そっかフィールは知らないんですよ」
ラウルのそんな発言にみんなが口をそろえて「あっ」と言った。
「そうねフィールさんは最近ずっと霧ヶ谷くんのお見舞いに行ってたものね。仕方ないわ」
アンナがニコニコしながら言うとフィルミネスが蓮華に向かって慌てて否定した。
「ち、違うからね! 会長やマリ先輩の代表でお見舞いに行ったってだけだから」
「ああ、そう」
「それより、私の知らないことって何ですか?」
フィルミネスがごまかすように話をそらした。
「それは……」
マリが今にも重大な発表があるような感じで話を切り出したが由美子にとられてしまった。
「霧ヶ谷さん。あなたは学内トーナメントを脱落しましたが生徒会の推薦枠で七高剣舞祭に出てもらうことになりました」
はい。なんとなく予想はできてました……
「そうですか」
蓮華がそう言うとマリは不思議そうに聞いてくる。
「なんだ、嫌がらないのか?」
「いや、なんというか。ここまで来たらもう別にいいかなって」
「そうか! そう言ってくれると私はうれしいぞ」
「まあ、断ったら後で望月先生に殺されそうだし……」
ここで先ほどからずっと蓮華をにらんでいる薫が口を開いた。
「霧ヶ谷。お前がなぜ学内トーナメントに現れなかったかは知らないが、七高剣舞祭ではそんなことはないようにしろよ」
「あれ? 林道先輩なら嫌がるかと思ったんですけど……。前も俺が学内トーナメント出ること止めようとしてたのに……」
今度は蓮華が林道を凝視した。林道は少し緊張した面持ちで目が泳いでいる。
「もしかして……デレたんですか。あれですか。林道先輩はツンデレってやつですか?」
「違うわ!」
「すみません。俺、女の子の方が好きです」
「違うって言ってんだろ!」
「世界にはたくさんの人間がいるんです。先輩の性癖にも順応できる人がきっと現れますよ」
「おい! ケンカ売ってんのか! いい加減にしろ!!」
「……まあ、この際別に七高剣舞祭には出てもいいんですけど……」
「無視すんな!」
蓮華の急な話の切り替えについて行けないのか思わず薫は声を荒げた。ここまで林道が取り乱すのは珍しい。
「林道くんはだまっていてくれ」
マリがそう言うと、薫は一気におとなしくなった。
「それで、霧ヶ谷くん続きを話してくれ」
「ああ、えっと。俺、言いましたよね? 俺が七高剣舞祭のメンバーになったら入れてほしい奴がいるって」
「ああ、確かに」
マリのほかに生徒会のメンバーのほとんどがうろ覚えだが「そんなこともあったな」程度には記憶に残っているようだ。
「そいつが了承するかはまだわかんないんですけど」
「かまわないよ。説得には私らも応じる」
「そうですか」
「で、誰なんだ? 言ってみたまえ」
「それじゃあ……俺と同じ一年E組の佐久間秋久をメンバーに入れてください」




