仮定の話
蓮華とフィルミネスが病室の前に来るともう先ほどのスーツの男性はいなくなっていた。だが、特にそれを気にすることもなく蓮華はドアを開けた。
「あ、戻って来た」
秋久のその言葉に全員の視線が二人に集まる。
「別に帰ってくれててもよかったのに」
そう言った蓮華を巴がにらみつけた。
「お前なー。みんなお前のために来たんだぞ。そんな言い方はないだろ」
それに続くように黒髪の女性が言う。
「そうだよレンくん。心配して来てくれたんだから」
「わかってるよ。その……ありがとう」
素直に礼を言った蓮華がめずらしいのか全員が黙りこくってしまう。ただ一人を除いて……
「ちょっと顔赤くしてるレンくんかわいいー」
黒髪の女性はそう言って蓮華を両手で引いて自分の胸に蓮華の顔が来るように抱き寄せた。そして今度は違う意味で全員が言葉を失った。
「しず姉、胸当たってる。じゃま。苦しい」
慣れているのか冷静に対処する蓮華。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 何してるんですか!?」
耐え切れなくなったのかフィルミネスが蓮華の腕をつかみ女性の胸から蓮華を引っ張り出す。
「もう。ていうかあんたも抵抗しなさいよ!」
「いやー、体が言うこと聞かなくて」
「あ、ごめん」
いろいろと言いたいことがあるがとりあえずこの場にいるほとんどの者の共通の疑問……それは――
「ていうか霧ヶ谷……その人だれ? どういう関係?」
「……ああ、言ってなかったっけ?」
凛の発言に素で忘れていたのか蓮華は首をかしげた。
「この人はしず姉……じゃなくて柳静香。俺の道場の姉弟子かな」
「どうもー」
静香はそう言ってこの場にいる全員に向けてニコッと笑って軽く手を振った。
「ちなみに、みんなの先生のこの人は私の学生時代の先輩です」
巴との関係も補足しながら自己紹介をする。巴は少しだけ嫌そうな顔をした。
「お前は相変わらずにぎやかだな。それに時々イラつく。お前たちの道場は人をイラつかせる技でも習ってるのか?」
巴が顔をにやつかせて皮肉交じりに言うと……
「巴先輩。そんな技習ってるわけないじゃないですか」
「望月先生は実はアホですか?」
蓮華と静香が巧みなコンビネーションで口撃を発した。それに二人の顔に浮かび上がっている真顔は本当によく似ていた。
「そういうとこだよ! お前らほんとイラつく」
巴が頭を掻いている中、当の二人は意味が分からないという風にお互いささやき合っている。まるで本当の姉弟のようだ。
「あ!」
そんな時、先ほどから巴と静香をじっと見ていたマリが急にそんな声をあげた。
「望月巴と柳静香って七高剣舞祭で神楽坂を優勝に導いた神楽坂の最強タッグのことですよね!? 二人が同時に在籍していた二年間はどちらの年も優勝した」
マリのその発言にアンナとフィルミネスも思い出したかのように口を開いた。
「そうだったわね。どこかで聞いたことあるとは思っていたけど」
「そう言えば神楽坂を調べてる時に見たことある名前です」
この三人の反応とは対照的にほかの四人は全然知らないようだ。彼らはみなおぼえがないように眉を潜めている。
「僕はどんな学校かは調べたけどOB、OGの人は全然知らないなー。凛は?」
「あたしはアキくんがいるならどこでもよかったからなー。って霧ヶ谷はどうなの? 姉みたいなものなんでしょ?」
「しず姉ってそんなことやってたんだ。知らなかったなー。カルは?」
「望月先生は巴って名前なの?」
案の定誰も知らなかった。カルミラだけは少し論点がずれているようだが面倒なので気にしないでいこう。
「君たち! なんてこと言うんだ! 彼女たちは神楽坂の生徒の憧れなんだぞ。私は二人のようになりたくてここに入学したと言っても過言ではない」
マリはありえない、と言わんばかりに声を張り上げて言う。しかし、いつもの自分らしくないことに気付いたのか我に返ったように顔を赤くした。
「マリはたまにこんな風にぼろを出すのよ」
「会長。ナイスフォローです」
肩の横で両手の平を天に向けながら言うアンナ。そんな言葉に蓮華が親指を突き立ててそんなことを言った。
「フォローになってない……」
顔を隠しながらマリは途切れそうな声で突っ込みを入れる。というような、どこにでもある光景を静香は微笑ましそうに眺めていた。
レンくん……。楽しそうでよかった……
◆
楽し気な雰囲気がほどなくして過ぎ去り、窓の外には人工的な光が増え始めたころ病室の中には蓮華とこの島の警察が二人いた。単なる事情徴収だ。
「霧ヶ谷蓮華くんだね。私は警部の篠原隆二という者だ。こっちは私の部下の高瀬だ。こんな遅くにすまないね」
「どうも」
「君の話は娘から聞いてるよ。かいつまんで言うとおもしろい男……らしいな」
「ああ。篠原先輩の親父さんですか?」
蓮華がそう言うと隆二は嬉しそうに笑った。
「え! やっぱりわかっちゃう!? いやー。よく似てるって言われるんだよねー」
自分の娘……つまりマリとの話を語っている隆二を蓮華は笑みを浮かべながら聞いていた。だが、さすがに長いのか少しずつその顔は引きつっていく。
それを見かねたのか黙って立っていた高瀬がため息をついた。
「警部。その辺にしておきましょう。いくら何でも長いです」
「……それもそう……だな」
やっと終わった。さすがに社交辞令で苦笑いだけってのはきつい。
「じゃあ、これからいくつか質問させてもらう。まず、一つ目…………」
隆二は黙りこくってしまう。何かあるのだろうかと、蓮華は不思議そうにしている。
「どうかしましたか?」
「その……聞きにくいんだが。マリの恋人は君なのか!?」
言い終わると同時に隆二の頭に高瀬の平手打ちが飛ぶ。
「何聞いてるんですか! この場に私情を持ち込まないでください」
なんかこの人大変そうだな……
そう思いながら蓮華は嫌な顔一つず答えた。
「いや、違いますよ。俺一年生ですし。篠原先輩と知り合ったのもつい最近です」
「そうなのか。でも今の時代の年頃の男女はよく恋活サイト、とかいうので出会うって聞いたし……」
両手の人差し指をくっつけたり話したりしながら隆二は少し恥ずかしそうに言う。
「先輩なに言ってるんですか。あなたはそのサイトでしょう。この前奥さんが言ってましたよ」
「ち、ち、違いますー! 僕は『婚活サイト』ですー!」
「同じようなものでしょう」
さっきまでと印象が全然違うじゃん。一人称、『僕』になってるし。
蓮華はうつむきながら肩を震わせて笑っている。それを見て言い合っている二人は蓮華に視線を送り、顔を見合わせた。
「すいません。なんか篠原先輩と似てたので」
「え! どんなとこが!?」
蓮華の発言に隆二が食いついた。しかし、高瀬の一睨みでそれはおさまった。隆二は残念そうに唇を尖らせている。
「わかってるよ。それじゃ仕切り直して私の質問に答えてくれるかな」
おぉ。『私』に戻ってる。
事情徴収を終えた二人は病室の廊下を歩いていた。ドラマに出てくるように威厳ある雰囲気の二人の顔はどこか納得できていないような浮かない顔をしていた。
「高瀬。彼……霧ヶ谷くんを見てどう思った?」
「娘さんの恋人としてですか」
「いや、そう言うことじゃなくて」
高瀬はいつもの調子で答えたが隆二は今の質問におふざけはなしだったようだ。警部らしい顔つきの隆二を見て高瀬は少し圧倒された。
「すいません。先輩の意図を読み取れませんでした」
「ああ。別にいい」
高瀬は軽く頭を下げた。それに隆二は真剣なまなざしで答える。だが……
まあ、いつもの僕を見てたらそういうことを言っちゃうのも無理ないよねー。
「そうですね。普通にいい子だと思いますけど」
「それは僕も同感だ。けどなんか引っかかるんだよなー」
「彼が、うそをついてるということですか?」
「いや、そう言うことじゃない。たぶん彼は真実しか話していない。けどさ、いくら友達が誘拐されたからってそんなすぐに助けに行こうとできるか?」
「確かにそうですね」
「それに、時間が合わないんだよな。彼が到着したした時間と、『椿』が到着した時間がさ」
隆二の見解を聞いて高瀬は腕を組んで考える。しかし、何を考えてもありきたりなことしか思い浮かばない。
「やっぱりそれは霧ヶ谷くんにとっても初の実戦だったから、防戦一方のところを『椿』が駆けつけて誘拐犯をみんな殺したんじゃないんですか?」
「そこだよ。霧ヶ谷くんは『椿』が殺したなんて言ってない。助けに来たとしか言ってないんだよ」
「そういえばそうですね。誘拐されたフィルミネスさんは気を失っていたとのことですし確認はできませんが……」
「もしかしたら誘拐犯を数名……いや、全員を殺したのは霧ヶ谷くんなんじゃないのか? それに警察よりも先に『椿』が来たってのも引っかかるし、このことを表沙汰にするなと言ってきたのも霧ヶ谷くんの病室を張っていたのもあいつらだ。まるで霧ヶ谷くんを守ってるようじゃないか。誘拐されたのはフィルミネスさんのほうなのに」
隆二がありもしない仮定の話を進めているといつの間にか病院の外に出てきていた。
「先輩。誘拐犯の死体のほとんどは一切の無駄なく殺されていました。そんなこと高校生にはできませんよ。考えすぎですよ」
「……そう、だよな」
「そうだ。自分、うまいラーメン屋見つけたんです。一緒にどうですか?」
この後、大盛りのラーメンを食べたが隆二の頭がすっきり晴れることはなかった。
◆
警察の事情徴収が終わったところを見計らい静香が蓮華の病室に入って行った。
「レンくん。ちゃんとやってくれたみたいだね」
「ああ。あんな人の好さそうな人をだますのはちょっと心が痛んだけど」
窓の外を見ながら蓮華はそう言う。
「で、レンくん。話って何?」
「……なんでしず姉たちはここにいたの?」
「ちょっと任務でね……」
「その任務の内容は?」
「それは……」
静香が視線をそらして黙ってしまうが、蓮華の口は閉じることを知らない。
「ベラドンナ一族」
その単語を聞いて静香の視線が蓮華に向けられた。蓮華も窓を向いていた顔を静香のほうに変えた。
「そいつは、ホーンデッド・ベラドンナって言ってた。殺し屋一族がこの島で発見された……だから椿部隊はそいつをどうにかするために来たんじゃないの?」
「なんで知ってるの?」
「そいつが俺を狙ってきたから。しず姉たちが来て帰って行ったよ」
蓮華の殺意すら感じさせるまなざしに静香は思わず鳥肌が立った。この部屋の温度が急に寒くなったと感じさせるほどに蓮華の視線は冷たかった。
「あいつらは依頼がない限り人は殺さない。でも必ずしも快楽殺人鬼ではない……とも言い切れないのが今の見解だ」
「え? どういうこと?」
「誰かから依頼があったのか、俺を急に殺したくなったのか……それはわからないけど前者だろうが後者だろうが俺を殺そうとしたことはあったはずだ。けど、そんなことは一度もなかった。なぜなら、俺に手を出せば自分たちもただでは済まないことをあいつらは知ってるからだ」
蓮華がそこまで言っても静香にはまだよくわからなかった。だから、目を細めてもう一度深く考える。
「ちょっと待って。レンくん、もしかして」
「ああ。なんらかの組織に入ったか、または何か後ろ盾を得たかは現状じゃ見当もつかないしただの仮定の話になっちゃうけどただ一つ言えるのは、あいつらには準備ができたってこと。俺たち『シュタルキア』にケンカを売る準備が……」




