取り戻せないもの
「で、なんでお前は狙われたの?」
突然、蓮華はそんなことを言った。その顔はけっしてへらへらしているわけではなく、いたってまじめな顔だ。
「え?」
「いや。え? ……じゃなくて」
「ああ、そっか」
何か腑に落ちた様子のフィルミネス。そう、蓮華は知らないのだ。あの、驚きの真実を……
「私は王女なのよギルセリオ王国の」
蓮華は何も言わずにうつむいた。そのまま屋上の手すりにおでこをコツンとぶつけた。すると、「プっ」という声が聞こえ蓮華が勢いよく顔をあげフィルミネスを見た。
「おまえが!? 笑わせんな」
「はあ!?」
「お前が王女なんてものになれんなら凛なんて教師になれるわ!」
声を出して笑う。笑って、笑って、笑いまくる蓮華。それを見てフィルミネスは顔を赤くして頬を膨らませた。
「ほ……ほんとよ! うそなんてついてないから! だから笑うのやめてよ!!」
「だって。お前、そんな感じじゃなかったし」
「なによ! 私には威厳も風格もないってこと!?」
「そう、そんな感じ」
「もう。なにそれ。……ていうか地味に凛をバカにするのもやめなさい」
それでも蓮華は笑うことをやめない。まるで、さっきまでのまじめな顔がうそだったようだ。
「いやー、よかった。こっちの問題に巻き込んじまったかと思ったよ。安心した」
「なにそれ?」
「何でもない」
だがこの瞬間、蓮華の中で何かが引っかかった。よく考えると不可解な点がある。
それはフィルミネスを襲った連中の目的について。普通に考えると金が目的だ。こいつが国の王女ならなおさらだ。ジェンティーレを捕まえるという危険なことをする動機にはなるだろう。しかし、金を要求している素振りはなかった。
金というよりもむしろ、殺すことが目的だったように見えた。そのついでにフィルミネスで遊ぶか、という感じだ。
そこまで考えた蓮華はフィルミネスの視線を向けた。そこで蓮華は、まだ少し悲しそうな表情をしたフィルミネスを見た。
「フィール。話なら聞くぞ」
「え? なんのこと?」
「なんか話したいことがあるんじゃないのか? ないなら別にいいけど」
驚いたようにフィルミネスは蓮華を見つめた。
「やっぱり、蓮華はわかっちゃうんだ……」
お前の顔見ればみんな似たようなこと感じると思うけど……
蓮華は何も言わない。何でも聞いてやるそんな目線だけをフィルミネスに送っていた。
「私、こういうことは初めてってわけじゃないんだ……」
フィルミネスはすべてを話した。自分の昔話を……。途中、楽しそうな顔をしたり……苦笑いを浮かべたり……悲しそうな顔をしたり……吐きそうになったりして……フィルミネスは語った。
なんで他人にこんなことを話しているのか最初はわからなかったが無言で昔話を聞いてくれる蓮華を見てフィルミネスは自分の中で納得のいく回答が見つかった。
なんとなく蓮華に知っていてほしいな。私のことは何でも……。良いところも悪いところも……過去も未来も…………それで、蓮華にはすべてを知ったうえで私を受け入れてほしいな……
そう考えている自分は蓮華のことが好きなんだ……と。
いつの間にか二人の真上にあったはずの太陽は二人の前で赤く染まっていた。
「そんな感じかな」
「そっか」
そう一言、言いながら蓮華はフィルミネスの背中を優しくなでてやる。
「大丈夫か? 顔、真っ青だぞ」
「ありがと。大丈夫」
「悪い。変なこと聞いちまって」
蓮華はバツが悪そうにフィルミネスとは目を合わせようとしない。そんな中、フィルミネスが今一番聞きたいことを聞いた。
「どう? 正直引いたでしょ?」
「は?」
「だって私、人を殺してるし……」
「それなら、俺だって殺してる。というかお前の前で五人殺したし……」
「でも、蓮華は私を守ろうとしてその過程で殺すことが必要だった。私とは違う……」
そう言ってフィルミネスはうつむく。それを見て蓮華はため息をついた。
「同じだよ。誰かを殺す目的がなんだろうがやってることは人殺しだ。それは誰がどう見ても悪行だ。そこに善か悪かを求めること自体お門違いだ」
「そうかもしれない……けど、私はそんな風には割り切れないよ。殺した人たちのほとんどは知ってる人だったし」
「だったら、殺した人の数だけ誰かを守ればいい。どっかで聞いたことあるようなきれいごとだけどさ……でも、そう言ったことの割り切り方とか罪の償い方? っていうのはやっぱ人それぞれだと思う」
「蓮華はどうなの?」
「俺か? 俺はただ大切なものを守るためならなんだってする。守るために目の前のやつを殺さなきゃいけないんだったら俺は迷わない」
フィルミネスは黙り込む。うつむいたままかすれた声で言葉を発する。
「じゃあさ、蓮華は私の大切なものになってくれる?」
「……俺に聞くなよ自分で決めろ」
「そうだよね……」
「ていうか、お前はもう大切なものあるじゃん」
「え? 凛やカルや秋久のこと?」
蓮華はまたため息をついた。それはもうほんとにあきれるように。
「それもそうだけど。お前、自分の親父さんは殺さなかったんだろ? 全部その人のせいだってわかってたのに。親父さんが命令するから、したくもない人殺しをさせられてるってわかってたのに。それってさ、心のどっかでまだ家族が大切だって言ってるようなもんじゃん」
「…………」
「それに、そのためにがんばるって決めたんじゃないのか? 親父さんを見返すんだろ。謝らせんだろ」
「確かにそうだけど……今、考えるとそんな不純な動機で良いのかなって。凛や秋久、それに蓮華は人に胸張って言える理由があるのに……」
フィルミネスは明らかに迷いがある目を蓮華に向けた。それはもう、今にも泣き崩れてしまうような目だった。
「理由なんて人それぞれ。何だってかまわねーだろ。誰かを守りたいとか、人の役に立ちたい……みたいなご立派な理由だろうが、女の子にもてたいとか、注目を浴びたい……っていうような理由だろうがなんだっていいんだよ。そいつがその目的のために努力できるってんならな。だから……がんばれよ」
蓮華なりの励ましと応援の言葉をフィルミネスに送る。そんな言葉を聞いたフィルミネスの頬は少しだけ緩んだ。
「うん。ありがとう」
笑みを浮かべているフィルミネスを見て、蓮華も少しだけ自分のことを話す気になった。
「不謹慎かもしれないけどさ、俺……少しお前がうらやましい」
「なんで?」
「だってさ今のお前とお前の親父さんってさ、かなりスケールはでかいけど親子喧嘩ってやつだろ」
「確かに不謹慎な言い方ね。で、それが何?」
蓮華は夕日を見つめて少し悲しそうな表情をする。
「俺はもう両親がいないからさ親子喧嘩なんて一生できないんだよ」
「あ……なんかごめん」
「なんで謝るんだ。俺、自分から話しただろ」
「そうだよね。あ……あははは」
苦笑しながらわざとらしくフィルミネスは笑った。
「だからお前……絶対に親父さんと仲直りしろよ。取り戻せないやつも世の中にはいるんだからな」
思わずフィルミネスは言葉を失う。それから数秒してフィルミネスは声を出した。
「そっか……わかった。私がんばるよ。まあ、最初からそのつもりだけどさ」
もう。結局、自分勝手なこと言っちゃって。
フィルミネスは今日も笑う。




