大切な何か
蓮華の目がゆっくりと開いてゆく。真っ白な天井がまず視界に入り、病院の一室だということを悟った。
「ああ。俺……倒れたのか。情けねーな」
そう言ってゆっくりと起き上がる。そして、蓮華は点滴台をつかみベッドから立ち上がる。窓の外から上を見上げるときれいな青空があり、下を見ると人がかなり小さく見えた。
「けっこう高いな。俺が寝てる間にまた狙われないようにかな」
次に一度、部屋から出てみることにした蓮華はドアを開けた。すると、スーツを着た男が部屋の前に立っていた。
「あ! ダメですよ、霧ヶ谷さん。部屋から出ないでください」
「えー。別にいいじゃないですか」
男は蓮華を押し戻すように両手で止める。蓮華は不満そうな顔をするが、まだ体がうまく動かないのは事実なのでされるがままにまた部屋に入れられる。そして、仕方なく蓮華はベッドに横になった。
「あー……なんかずっと寝てたせいか全然眠れない」
そんな感じで蓮華が退屈そうにしていると、病室のドアが叩かれた。
「どうぞ」
蓮華がそう言うと、ドアが開けられ秋久たちが入って来た。
「レン、大丈夫?」
第一声そう言う秋久にほかの者も同じことを聞きたかったのかうなずいている。
「ああ、大丈夫。この通り」
「大丈夫そうには見えないけど」
普段通りの蓮華を見たせいかみんな緊張が解けたように安堵した。次に巴が声をかけてきた。
「学内トーナメントをサボって何をしているかと思えば、お前は……まったく、よくやった」
そう言って巴は蓮華の頭をくしゃくしゃにかき乱す。蓮華はその行為に対して明らかに嫌そうな表情を浮かべた。
「あんまりかっこつけないでよね」
「すまない、霧ヶ谷くん。すぐに助けに行こうとしたんだが」
「それにしても霧ヶ谷くんってすごいわね」
腕を組みそっぽを向いている凛。申し訳なさそうにしているマリ。かなり感心している様子のアンナ。
そこで蓮華はいつもと違うことに気付く。
「フィールは?」
そう、フィルミネスがいないのだ。ほかの者はみんないるのに彼女だけがいない。
「わからない」
カルミラがそう答えると、病室のドアが開けられそこから女の人がひょこっと首を出してきた。
「赤髪の女の子ならさっき屋上に行くのを見かけたよ」
「そっか。ありがとう、しず姉」
そう言って蓮華はベッドから起き上がって病室から出ようとするがその女性がドアの前から動かない。
「しず姉通してくれる? そこどいて」
「ごめんまだレンくんを出すのは危険だと思う」
今にも戦いが起こりそうな空気が流れる。ほか者はどうしていいかわからずにおどおどしている。
「しず姉たちがここにいるのも危険だと思う。俺がここにいるって言ってるようなものでしょ」
「いざというときにレンくんは絶対に守らなきゃいけない。それくらいはわかってるよね」
「わかってるよ」
「それなら……」
蓮華はその女性をにらみつけた。
「てゆーか、しず姉……早く『椿』を帰らせろ。不謹慎だぞ」
「もう。わかった」
にらみ続ける蓮華を見て女性は大きくため息をつき道を開ける。
「早く行ってあげなさい。なんか落ち込んでる様子だったから」
何も言わずにうなづいて蓮華は病室を後にした。
「それにしても不謹慎ってどういうことだろう。私何かしたかな? 巴先輩。どういうことでしょうか?」
女性は巴を見てそんな疑問を投げつけた。
「柳、急に私に話を振るな」
「えー。でも気になるじゃないですか」
「ったく……椿はな枯れたときに首の部分が落ちることから死を連想させる花なんだ。だからお見舞いにはNGだ」
「もう。人の揚げ足を取るのは相変わらずうまいんだから」
そう言うと女性はかわいらしく頬を膨らませた。
そんな光景を見て秋久たちはわけがわからず首をかしげていた。
◆
「……私、何してんだろ」
屋上の手すりに手をかけながらフィルミネスはつぶやいた。
「蓮華のお見舞いに来たはずなのに今さらながら合わせる顔がない。はあー、どうしよ」
フィルミネスがそう言ってうなだれていると屋上の扉がゆっくりと開けられた。
「あ。いた」
蓮華がやって来た。あまりに急であっけない登場の仕方だったのでどうしていいのかわからずフィルミネスは呆けた顔になる。
「お前、ここで何してんの?」
「なにって言われても……」
「お前意外みんな見舞いに来てくれたぞ。なに助けられた本人がバックレちゃってんの?」
「えと、その……ごめん……なさい」
聞こえにくい声がさらに聞こえにくくなる。
「なに、お前。俺にどんな顔して会っていいかわからないって感じ?」
「え! なんでわかったの!?」
「お前の顔見てればなんとなくわかる。全部自分のせいだって、自分の巻き添えで俺が怪我したって、そう思ってんだろ」
フィルミネスは何も言わない。何も言えない。何もかもが図星なのだ。蓮華はあきれたようにため息を吐きながらフィルミネスにゆっくりと近づく。
「まったく。お前は何もかも自分のせいにして背負いこむほど強くねぇだろ」
そう言って蓮華はフィルミネスのおでこに一発、デコピンを叩き込んだ。フィルミネスは「痛っ」と声をあげた。
「お前のせいじゃない……なんてことは言わない。だって、あんなめんどう事の発端はお前なんだから。それはお前の言う通りてめーの責任だよ。けどな別に俺はお前のせいで怪我したわけじゃない。お前を助けるって決めたのは俺だ。そっから先で俺に起こった出来事は全部俺の責任なんだよ。断じてお前のじゃない」
屋上に気持ちのいい風が吹き、二人の髪の毛を揺らす。
「それにな、俺は別に優しい人間ってわけじゃないから、誘拐されたのがもしお前じゃなくどこの誰とも知れないやつだったら助けになんか行かない」
「どういうこと? 蓮華がひどい奴だってことはわかったけど……」
蓮華はフィルミネスの隣で屋上の手すりにつかまり、自分の右手をゆっくりと取り出した。
「俺はいつだってこの手のひらに納まる大切な何かを守るだけで精一杯だ。見ず知らずのやつを助ける余裕なんて俺にはないのさ。第一そんな奴に命は懸けたくないしな」
フィルミネスは隣で右手を凝視している蓮華からなぜか目が離せなくなってしまった。蓮華は右手から視線を外し空を見た。
「でも神様はひどいもんでさ。年を重ねるごとににその大切な何かを増やしていくんだよ。この手がこれ以上大きくなることなんてないのにな……。まあ、つまり何が言いたいかというと……お前はもう俺のその大切な何かに入っちまったんだよ。だから助けに行った」
「そっか。そうだね」
「ああ」
「……そうよ。あんたのせいよ。そんな怪我までしちゃって情けなーい」
「おいおい。いくら何でも切り替え早すぎだろ」
いつもの調子を取り戻したフィルミネスを見て蓮華は思わず笑みを浮かべた。
「蓮華……ありがとね」
「ごめんって言ってたらもう一発デコピンしてた」
「やめてよけっこう痛かったんだから」
二人の目は一瞬だけ交差して、さっきまでの辛気臭い空機がうそだったかのように腹をかかえて笑い合った。




