少女の願い
蓮華と別れた三人はこのことを知らせに学校に向かっていた。
「レン大丈夫かな」
一人で敵地に潜り込むと言っていた蓮華が心配になってくる秋久。蓮華の強さは知っているが、相手がウィースを無効化することができるかもしれないという可能性がある以上、そんな気持ちになるのは秋久だけではない。
「まあ、あいつなら大丈夫でしょ」
そう言う凛の言葉は歯切れが悪い。というか彼女は何もできないことがくやしいのだ。
「だから、早く援軍を連れて行く」
この現状で最もの意見を口にするカルミラを見て秋久と凛はうなづいて前を向いて走った。
◆
蓮華は車の間をバイクで器用に進んでいく。今はなりふり構ってはいられない。信号は青だろうが赤だろうがそのまま突っ切って行く。
途中、クラクションが鳴らされたり暴言のようなものを吐く者がいたが蓮華の耳には届いていない。
蓮華は左手でしっかりとハンドルを握りながら、右手で携帯を取り出した。
「しず姉。今、どんな感じ?」
『倉庫のほうにトラックが一台近づいてる。急いで』
「わかった」
電話を切ると、蓮華は歯ぎしりをして顔をくやしそうに顔をゆがめた。一秒でも早く助けるため、バイクは加速していく。
フィール……無事でいろよ。
◆
倉庫に運ばれたフィルミネスは眠りから覚める。しかし、腕は手錠で縛られていて目もふさがれていて何も見えない。わかるのは波の音が聞こえることくらい。
「お、起きたか」
知らない男の声だ。フィルミネスは少し記憶が飛んでいてうまく状況がつかめないが頭はいたって冷静だ。一つずつ記憶を整理する。
たしか、蓮華の携帯からメールが来て飛び出したんだった。それで、公園に行ったら後ろから睡眠薬で眠らされてここに来たってことね。まあ、いざとなったら能力を使えばいいか。見た感じこいつらジェンティーレじゃないし。
「ここはどこ?」
フィルミネスがそう聞くと男の一人が笑い出した。
「こいつこんな状況なのにすごいなー。強気だ。そういう女は嫌いじゃない。今から楽しみだ」
楽しみ? どういうこと? ってそれより蓮華よ。罠かもしれないと思って不自然じゃない感じで携帯落としてきたけど助けは来るのかしら?
とか言っているが本当は蓮華が捕まったというショックで携帯を落としてしまっただけなのだが……
「蓮華は無事なの?」
「蓮華って誰だっけ?」
先ほどの男がそう言うと、今度は別の男が答えた。
「この女を呼び出すためにわざわざそいつの携帯を俺が盗って来ただろ。もう忘れたのかディッセンバー」
「相変わらずお堅いなー、ジュライは。それよりいいよな?」
そう言ってディッセンバーがズボンのベルトに手をかけた。するとそれを止めようと三人目の男が口を開く。
「待てって。そいつたぶん初めてだぜ。こいつの処女は俺がもらう」
「なに言ってんだよエイプリル。これを提案したのは俺だぞ。俺が最初だ」
二人のちょっとしたケンカを止めようとジュライが間に入る。
「落ち着け二人とも。たまってるのはわかるが、まず冷静に……」
「「おまえ、もしかして最初狙ってるだろ!」」
「なんでそうなる! ……まあ、そうだが」
結局おさまることはなくなったのでほか二人の男がため息をついたりこめかみに手を当てたりしていた。
「もう、じゃんけんでいいいだろ」
「俺もそれでいいと思う」
それを聞いた三人は手を止めてその意見に賛同した。
「まあ、オクトーバーの言う通りじゃんけんにするか」
ジュライがそう言うと、ほか二人も間をあわせてうなづいた。一連の話を聞いていたがフィルミネスにはよくわかっていないようで困惑している。
こいつらさっきから何してんの?
「結局俺か」
ディッセンバーがそう言い、フィルミネスに近づいた。そして、手錠でつながっているフィルミネスの両手をつかみ仰向けに寝かせ、目隠しをとる。
「え? ちょっとまって」
「待たねーよ」
ディッセンバーはフィルミネスの肌をなでまわす。
「やっぱ、いい女だ。こんな上玉そんないねぇよ」
「いい加減にしないと……」
「なに? 能力使うの? やってみなよ」
フィルミネスはいつもと同じように集中するが、うまくできない。
え? うそ……なんで……?
「君が今つけてる手錠はね何とかって石でできてて、それに触れてるとジェンティーレは力をう失うんだって」
能力があるから大丈夫。今までだってそのおかげで切り抜けてきたから自信があった。だが、そんなフィルミネスの最後の手段が奪われ、彼女の顔は恐怖でゆがんだ。今までの強気な態度がうそだったように……
「いや……やめて……」
「いやだね。そんな顔で助けを求めたって無駄だよ。俺、君にあんなことやこんなことやるためにここ十日くらい我慢しててすげーたまってるから。君はここで喘ぎまくって死ぬ運命なんだよ」
そう言うとディッセンバーの手はフィルミネスの股に近づいていく。もうフィルミネスは抵抗しようともしない。
これは、私が犯した罪への報いかな? 何人も殺したから、私はここで好きでもない人に股を開いて死ぬのかな。いやだな……死にたくないな……。それに初めては好きな人が良かったな。でも、しょうがないよ。だって私は何十人も殺してきたんだから……でも、やっぱり…………
フィルミネスの顔を一筋のしずくが伝った。
――死にたくない。
「蓮華……助けて……」
フィルミネスの願いに応じるように外から奇妙な音が近づいてくる。その音の正体を確認するために一人が倉庫の扉を少し開けた。
扉が十センチメートルほど空いた瞬間。何かが光ったと思ったら男の頭から血が噴き出した。額にはナイフが一本刺さっている。
「「「「ふぇ……フェブラリー? フェブラリィィィィ!!」」」」
仲間に急に死が訪れた。だが、彼らにフェブラリーの死を悲しむ時間はない。
彼らが叫ぶと同時に扉が爆発する。それにまぎれて何かが倉庫のなかに入ってきた。
「バイク? 乗っていたやつはどこに……」
ジュライは死んだフェブラリーを腕の中に収めながら一旦思考を巡らせようとする。しかし、そんな余裕は与えられなかった。いつの間にか天井から光が入っていたのに今気づいた。
「上か!?」
ジュライがそう言うと全員が天井に目を向けたが、
「はずれ。天井は扉と同時に破壊しておいた」
聞き取れるか微妙なくらいの声が聞こえた瞬間、何かが横を駆け抜けた。はっきりと確認はできなかったが人間の男だということはわかった。
「霧ヶ谷一刀流――」
その男はフィルミネスの上にまたがっているディッセンバーに向けて突進した。
「――牛鬼」
一瞬だった。気が付くと男はディッセンバーのいた奥の壁際にいて、ディッセンバーの首には男の持っている刀が貫通していた。ディッセンバーは壁に張り付いていてかれの腕はもう二度と重力に逆らうことはないくらい力なく垂れている。
誰もが唖然としている中フィルミネスが体を起こしながら震えた声で聞く。
「れん……か?」
男はディッセンバーに刺さった刀をそのまま右に斬った。返り血を浴びたが気にせずにフィルミネスのほうを向く。
「悪い、フィール。遅れた」
そう言って蓮華は今までに類を見ないくらいに優し気にほほえんでいた。
ジュライは叫んだ。
「う……撃て!」
「わかってる!」
そう言ってエイプリルはサブマシンガンを蓮華に向かって打ち始める。ジュライとオクトーバーもハンドガンで援護をする。
蓮華は咄嗟にフィルミネスの前に立ち、銃弾をすべて斬るかそらす。ハンドガンはともかくサブマシンガンの銃弾を回避するのは難しかったらしく、蓮華の体にはいくつかかすり傷が見て取れた。
「大丈夫? 蓮華」
フィルミネスの声に蓮華は軽くうなづいて答える。
蓮華の体が傷ついた? あれただの銃じゃない。それとも銃弾が普通のとは違う?
そうフィルミネスが考えてる間に蓮華は駆けた。決して無鉄砲にではない。フィルミネスに銃弾が飛んでいかないように、自分も致命傷は避けるように動く。そのせいか銃弾を斬る金属音はほぼ一定の周期でなっている。
長い時間はかからずに蓮華は三人の男たちに近づく。サブマシンガンを撃っているエイプリルが蓮華の間合いより少し遠めの位置に入ると、蓮華は一気にウィースを足に集中した。そして、そのまま前方斜め上に跳躍する。
また一瞬だった。エイプリルの首が空を踊った。
「エイプリル! この……クソガキィィィ!!」
オクトーバーは蓮華の飛んで行ったところ目がけてハンドガンを撃ちまくる。
逆上しているオクトーバーとはまるで違い、ジュライは冷静に戦況を予測しようと試みる。
蓮華は銃弾が飛んできた方向をにらみつけた。だが蓮華のその行為をジュライは横でしっかりと確認した。
蓮華は先ほどと同じ手順をこなし、オクトーバーに目がけて突っ込む。だが、目標にたどり着く前に蓮華の視界に左側から銃弾が入り込んできた。
それは蓮華の左の肩に直撃した。そのおかげで蓮華はオクトーバーを殺し損ね、反動で床を転がった。
「獣は獲物を狙ってる時が一番油断する」
ジュライが静かにそう言うと、間一髪で助けられたオクトーバーは笑みを浮かべ、フィルミネスは目を見開いて蓮華のほうを見た。
「蓮華? ちょっと蓮華。なにしてんのよ。ねえ…………死んじゃやだよ……」
泣くのを我慢する子供のようにか細い声をあげているフィルミネスとは対照的にオクトーバーは先ほどの笑みを浮かべたまま蓮華の正面に立ち銃口を少年向ける。
「おいおい。何だ? 意外とあっけねぇな。まあ、そりゃ仕方ねーか。てめーの方に入ってる銃弾はぺルデレ鉱石でできてるからもうそのアクセプションも使えないなぁ?」
返事はなく蓮華は膝を地面に付けながら肩を抑えている。
「つまんねーな。命乞いくらいすりゃあいいのに。まあいいや、そろそろ死んでもらお……」
銃を持っていたオクトーバーの右手が斬られた。なにが起こったかわからないというような表情のオクトーバーを蓮華は足払いで転ばせる。倒れて仰向けになったところを心臓に一突き。
出血のせいで息が荒いが蓮華はジュライのほうを向いた。
「おっさん、どっかで見たことあるなと思ったらあの時ぶつかってきた人か。俺の携帯を盗ったのもあんただな」
そう言ってこちらを凝視する蓮華を見てジュライは動けなくなった。急に極寒の地に移動させられたような気分になる。
「その……刀……は、もしかして……アクセプションじゃあ……ない?」
「ああ、まあな。お前らがぺルデレ鉱石を持ってるのは予想がついてたから」
絶望する。すべて見抜かれていた。蓮華にとっては一度銃弾を受けることは想定の範囲内だった。だがジュライは最後まであがくことを決め、無理やりに体を動かした。そして、両手でハンドガンを構えた。
動体視力の下がった今の蓮華になら当たる。そう思い引き金を引いた。
だが――そんなわずかな希望を蓮華は文字通り斬って捨てた。それと同時に蓮華は前に走った。
あーあ。こんなことになるんならめんどくさがらずに、俺たちのコードネーム……まじめに考えてやりゃよかったな……
そして、ジュライの首を容赦なく斬った。
「こんなくだらねーことしないでスリで稼いだ方がよかったんじゃないの?」
辺りには血の匂いが漂っている中、蓮華は刀を床に置き自分が手をかけた者の死体から手錠のカギを探す。左手が動かない分意外と重労働になっている。
「お、あったあった」
カギを見つけたらしい蓮華がフィルミネスのところまで歩いてくる。
「はいよ」
そう言って蓮華はフィルミネスにカギを投げつけた。そのカギはきれいな放物線を描きフィルミネスの前に落ちた。
「悪かったな。いやなもん見せちまって。気持ち悪くないか?」
「ううん、大丈夫。それより、ありがとう……うれしかった」
「そうか。どーいたしまして」
蓮華がそう言うと、フィルミネスが途端に動かなくなる。
「どうした?」
「なんだか、安心したら腰抜けちゃって。ごめん手錠のカギ開けてくれない?」
「おいおい」
二人で顔を見合わせて微笑む。とても小さな笑い声が倉庫の中で反響すると、意外とよく聞こえる。それから少ししたら蓮華が床に落ちているカギを拾おうと屈み、そして起きると蓮華は背中に冷たいものが触れた。
「動かないでください。霧ヶ谷蓮華さん」




