嫌な予感
嫌な予感がする。
とある日曜の朝、蓮華は寝起きからそんな空気を感じ取った。その感覚が正しかったのか誰かが近づいて来る。
少し急いでるような様子で、足音のする間隔は短い。そして蓮華の部屋の前で音が止んだ……と思ったら、今度はドアが叩かれる。
蓮華は叩かれるドアを凝視して入ってくるのを見計らう。
「蓮華!」
フィールだった。その声を聞き蓮華は背中の後ろに隠しながら持っていたアクセプションを机に置き鍵を開けた。
「どうしたこんな朝っぱらに。悪いんだけど、俺もうちょっと寝たいんだよね」
そう言って蓮華はベッドに横になり布団を空中にはためかせながら自分にかけた。
あきれ返ったような顔でフィールはカーテンを思い切り開ける。その次に振り向きざま蓮華の布団を取り上げた。
「今日はみんなと出かける予定でしょ! 早く着替えて準備して!」
あ……。そうだった……。
「ああ……。みんなで楽しんで来いよ」
「そうじゃないでしょおぉぉぉ!?」
やる気のかけらも感じさせない蓮華に向かってフィルミネスは叫んだ。だがそれでも蓮華はベッドから起きようとしない。
「早く来てよ。あんたがいなきゃつまんないでしょ…………べ、別にあんたがいなくても楽しいのは変わらないけどね!」
後半少しやけくそになってしまう。それを見て蓮華は深くため息をついた。
まあ、俺も「オーケー」って言っちゃったしな。
「わかったよ。ちょっと待て」
フィルミネスの顔には急に花咲いたように満面の笑みが浮かんだ。だが、フィルミネスの顔はまたいきなり変わった。
「って何ここで服脱いでんのよ!!」
◆
集合場所に蓮華はフィルミネスに連れられて行く。ここは神楽坂の学園島の待ち合わせの定番の場所の一つとなっている。よく、移動販売の車などもここに来る。
「レン。やっと来た。おそいよ」
「わりーな」
「どうせ寝てたんでしょ?」
「おお。よくわかったな」
「まあね」
二人はいつも通りそんな他愛もない話をする。しかし、よく見るとそこには秋久しかいなかった。
「あれ、今日って三人だけだっけ?」
蓮華は自分中での記憶との違いを見つけ、二人に聞く。だが、フィルミネスもそのことを理解していなかった。
「凛はどこ行ったの?」
「ああ。凛ならカルを迎えに行ったよ」
「そうなんだ」
蓮華にはまた疑問が沸いてくる。
「なんでお前はそのこと知らないんだよ」
「え? えーと……それは……」
フィルミネスが口ごもっていると秋久が代わりに答えてくれた。
「仕方ないよ。フィールは待ち合わせの時間の三十分前にレンのこと迎えに行ったんだから。よっぽどレンに来てほしかったんだね」
「ちょ! 私は別に……蓮華に来てほしいとかじゃ」
「突然、『どうせあいつ遅れてくるだろうから迎えに行く』ってメールが来たからびっくりしたよ。僕はまだ家にいたし」
「もういいでしょ!」
赤面し駄々をこねる子供のように否定の言葉を口にするフィルミネス。それを聞いた蓮華は口に手を当ててプッと息を吐きだした。
「どんだけ楽しみだったんだよ、ガキじゃあるまいし」
「だって……みんなとお出かけしたかったから……」
今度は一変して哀愁をさそう犬のような視線を向けるフィルミネスに蓮華はなんだかいたたまれない気持ちになる。そんなフィルミネスを元気づけるように蓮華は彼女の肩に手を置いた。
「おい。泣くなよ。悪かったよ。次は遅れないから。な?」
「…………うん!」
元気を取り戻したフィルミネスは笑顔で返事をする。
蓮華は少しだけ赤くなった顔を隠すようにフィルミネスに背を向けた。
「さ、さあ。早くいくぞ! 時間が無くなる」
そう言って蓮華は歩き出す。その後を「ちょっと待ってよー」と言いながらフィルミネスがついて行った。二人が横に並んだところで、
「二人とも。まだ凛とカルが来てないから戻ってきて」
…………忘れてた。
◆
「おい。お前らどんだけ買うんだよ。もう持てねーよ」
「同じく。僕ももう限界」
荷物持ち。昔から服やらアクセサリーやら衝動買いをする女性のサポートは男の仕事である。そんなことはわかっている。ショッピングに誘われた時点で察していた二人だが予想以上だったようだ。
「蓮華。だらしないこと言わない」
「アキくんもだよ。もっとがんばって」
欲しかったものが買えてうれしいのか二人とも満足げな顔をしている。それを遠目で見ながら蓮華と秋久は近くのベンチに腰を下ろした。
「そろそろかな?」
「アキ。甘いな。見ろ! あの二人、今度はお互いの服を選びあってる」
「う……うそ……でしょ?」
「現実を受け入れろ、アキ。あいつらはATMから無限に金が出てくるとで思ってるような連中だ」
「確かに。そう言えばさっき『お金がなければ引き出せばいい』って言ってたよ」
「ふざけんな! 名言っぽく言えば許されるとでも思ってんのかあの二人は!」
「でも、レン。考えてみてよ」
「ん?」
「ああいう金遣いの荒い人たちがいるとお金が回るよね」
「ああ。まあな」
「お金が回るってことは景気がいいってことだよ。つまり世の中の経済は二人のような人種が担っていると言っても過言ではない」
「……いや。いくらなんでも過言だろそれは。スケールでかすぎだって。アキ、お前疲れてんのか?」
「そうかも」
秋久は膝に肘をついてうなだれる。疲労が相当溜まっているのだろう。顔が死んでいる。
秋久は地面とにらめっこしながら言う。
「そう言えば、カルは?」
「たしか、前の店でなんか気に入って物があったみたいで先に行っててって言われた」
「でも、遅くない?」
「そうだな。ちょっと探しに行ってくるわ。お前は休んでろ。あと荷物見ててくれ」
「うん」
蓮華が秋久に気を利かせてくれたように見えるが実際は違う。それを裏付けるようにカルを探しに行く蓮華の顔は少しだけにやついていた。それから約三分後、
「アキくーん。そろそろお昼ご飯食べに行こうと思うから荷物持ってきてー」
少し離れたところからそんな声が秋久の耳に入った。秋久は下を向いていた顔をゆっくりと上げ、積み上げられている箱や袋を見つめた。
「帰ってきてよ……レン」
「いやー、アキには悪いことしたかなー。まあ、いいか」
そう言って、人込みを縫うように進みながら蓮華は面白そうに笑っている。
そうこうしている内にアクセサリーの売っている店の前で店員と話しているカルを見つけた。
「おーい! カルー!」
大きめの声で名前を呼ぶと気づいたようで顔をこっちに向けた。蓮華はカルミラと目が合ったせいか少し急ぎ足になる。
「あ……すいません」
一人の男性とぶつかっていしまい咄嗟に謝る。その男性もこちらに頭を下げた。そんな社交辞令を済ませ、蓮華はカルミラのところへ向かう。
「遅いから迎えに来たぞ。なにしてんだ?」
「この人が、私が商品を盗ったって」
「え? 盗ったのか?」
カルミラは首を振る。
蓮華は今度は女性の店員のほうに向きなおる。
「えっと、よくわかんないんですけど」
「あのですね。その子がこの商品を見てたんです。あ、これはさっきお店の在庫から持ってきたものですけど」
そう言って店員は青色のイヤリングを蓮華に見せた。
「そしたら。お金を払わずに店を出て行こうとしたんです」
もしかして……
「それで引き留めて返すように言ったら、もうないって言ったんです」
おいおい。
「そんなわけないんですよ。私、この目で見ましたから」
蓮華は深くため息をついた。
「店員さん今、欲しい物ありますか?」
「イヤリング返してください」
「そう言うことじゃなくて」
「え? えーと……あ! すみません今はバイトは募集してないんですよ」
…………話通じねー。
「カル。ヘッドフォン。今俺が首にかけてるのとまったく同じヘッドフォンつくれ」
蓮華がそう言うと、カルは店員の首を指さした。その瞬間店員の首には蓮華の物と同じヘッドフォンが出現した。
店員は何が起こったか理解していないようで、ヘッドフォンをまじまじと観察している。
「こいつはジェンティーレでこういう風になんでも一瞬で作り出せちゃうんです。だから……」
蓮華はカルに視線を送る。
「うん。作った」
「というわけです」
店員は石のように固まっている。蓮華が店員の目の前で手を振ってもまばたき一つしない。
それを見たカルが、
「凛と同じ能力?」
「んなわけないだろ。あのー大丈夫ですか?」
その時店員の目がこれでもかというくらい開き、とんでもないスピードで頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!」
「いや、その……悪いのはこちらですから。ほら、カル」
「ごめんなさい」
何とか店員をなだめることができた蓮華は遅くなったがカルに聞いた。
「お前、あれ欲しかったのか?」
「うん。かわいかった。私の琴線に触れた」
「金は?」
「財布わすれた」
「おいおい」
「さっき気づいた」
「ったくちょっと待ってろ」
蓮華はさっきの店に入って行く。
それを見ていると、カルミラの携帯が鳴った。フィルミネスからだ。
「カル? そろそろお昼ご飯食べようって話になってるんだけど、蓮華も一緒にいる?」
「うん」
「よかったー。それじゃあ場所教えるね」
フィルミネスと話し終えるとちょうどよく蓮華が帰ってきた。
「ほら。もってけ泥棒」
そう言ってカルミラにピンク色の小さな袋を投げて渡す。その中にはカルミラが欲しいと言っていたイヤリングが入っていた。
「つけてみろ」
「うん」
慣れていないのか少し手間取っていたが何とかつけることができた。カルミラの左耳に青く光っているイヤリングを身に着けたカルミラを見て蓮華は素直に感想を述べた。
「おおー。けっこう似合ってんじゃん」
「……ありがとう」
蓮華は感謝の言葉を言うカルミラの顔が一瞬ほころんだのを見逃しはしなかった。それにつられるように蓮華も思わずにやける。
「お金。どうすれば……」
「別にいい。そこまで高くはなかったし。ただーし……これからやってくるであろう重要なミッション、荷物運びを手伝え。わかったな?」
「うん」
「……さて、そろそろ行くか」
「さっきフィールから電話があった。お昼はハンバーガーだって」
「おお。いいね」
「「……迷った」」
◆
「二人ともちゃんと持って」
帰り道そんなことを言っているフィルミネスたちの後ろで荷物持ちをしっかりとこなしている蓮華と秋久。その距離は今もなお開き続けている。
「やっぱりこうなったな」
「うん。もうあの二人、楽しんでるようにも見えるよ」
文句を垂れながらもしっかりと仕事をする二人。だがもう疲れきっている。
「カル。そのイヤリング似合ってるね」
凛がカルミラの耳を見て言った。
「うん。蓮華にも言われた」
「そうなんだ。霧ヶ谷ってそういうこと言うんだ」
凛は素直に感心している。その会話に隣で耳を傾けているフィルミネスは少し苛立ちが見える。
蓮華ってカルにはあんまり怒らないわよねー。別に嫉妬とかそんなんじゃないけど。
「うん。意外と蓮華は気が利く。これも蓮華が買ってくれた」
そう言ってカルミラはイヤリングに軽く触れる。それとほぼ同時にフィルミネスが声を荒げた。
「ええ!? どういうこと? くわしく!」
「フィール。大丈夫」
「な、な、な、何が!?」
「私はフィールみたいに蓮華のこと好きじゃないから」
顔を真っ赤に染めるフィルミネス。
「す、す、好き!? 私が!? 蓮華を!? そんなわけないし!」
そのように否定するフィルミネスを見て凛は心の中で突っ込む。
説得力ないよー。
「私は別にあいつのことなんてまだ好きになれないし!」
そのように先ほどから慌てふためいているフィルミネスの前ででカルミラは何か思い出したように後ろを向き蓮華のそばまで歩み寄った。
「蓮華」
そう言ってカルミラは蓮華の前に両手を出した。蓮華はその意図を察したらしく、カルミラの手に軽めでひものついた袋をかけてやる。
「え? ちょっとカル。僕のも持ってくれてもいいんだよ」
カルミラは首を横に振った。
「約束したのは蓮華だけだから」
そんな捨て台詞を吐いてカルミラはフィルミネスたちの元へと戻って行った。「どういうこと?」と目で訴えてくる秋久を蓮華は無視する。
「ほら行くぞ。いやー軽くなった、軽くなった」
◆
最初の待ち合わせ場所で秋久たちと別れ蓮華とフィルミネスだけが残っている。フィルミネスはなんだか落ち着かないようで先ほどから動きがおかしい。
「どうした? なんかあったのか?」
「あったのはあんたでしょ」
大げさに首をかしげて見せる蓮華。その姿にイラついたフィルミネスは怒りを抑えながら、話す。
「なんでカルにイヤリングを買ってあげたの?」
「ああ。そんなことか。何だお前も欲しかったのか?」
「そう言うわけじゃないけど。なんでなのか気になっただけ」
まじめな顔で聞いてくる、フィルミネスに蓮華は圧倒され本当のことを話した。
「ってなわけだ。別にたいしたことないだろ」
何事もなかったかのように平然とふるまう蓮華。その態度でまたフィルミネスは腹が立ってくる。
イヤリングを買ってあげたのは本当なんだ。ふーん。
フィルミネスはそっぽを向いて歩き始める。
「ほら帰るよ。荷物持って」
「なんだよ怒ってんのか?」
「別に……」
あわてて荷物を持って蓮華はフィルミネスについて行こうとするが大量の買い物袋のおかげで前がよく見えない。
「おいフィール。少し手伝ってくれ」
返事はなかった。どこに行ったのかと思い荷物をいったん置いて辺りを見渡すがフィルミネスは見つからない。
「どこ行ったんだ。あいつ」
そうぼやいていると、蓮華は後ろから背中をつつかれた。フィルミネスだ。
「はい」
小さな声でそう言って。右手の持っていたアイスクリームを蓮華に示した。急なことで驚いた蓮華は無言でそれを受け取る。フィルミネスは空っぽになった右手で蓮華の後ろを指さした。
「そこで買ってきた……けど、お金はいらない。だから……私の部屋まで、荷物持って行って」
今にも消えてしまいそうなか細い声でそう言う。うつむいいているフィルミネスの顔は今までにないくらい赤くなっていた。
「早く食べて」
「は?」
「早く!」
「あ、ああ」
蓮華は持っていたソフトクリームをなめた。
「おいしい?」
「ああ……うまい」
「よかった」
それを聞いたフィルミネスは子供のような笑みを浮かべた。昔、父にクッキーを焼いてあげたときのようにうれしくなった。
そんな嘘偽りのない笑顔をみた蓮華は思った。青春とはこんなものなのだろうか……と。
悪くないな、こういうの。
◆
帰り際にフィルミネスは蓮華にこんなことを言った。
「そう言えばあんた今日携帯どうしたのよ?」
「携帯?」
「うん。お昼に電話したんだけど出なかったら」
蓮華は慌てて体中を探した。いつも入っているポケットにもほかのにも入っていない。
「部屋に忘れてきたのかもな。ねえや」
「もう、しっかりしてよ」
「悪い悪い。探してみるわ」
特に気にするそぶりは見せずにあっけらかんと蓮華は言う。だが、やはり少し心配なのか上着の中などをしっかりとチェックしている。それを見ていたフィルミネスはあきれたようにため息をした。
「蓮華。またね」
「おう。またな」
短い挨拶をした。フィルミネスの住んでいる寮から百メートルほど離れてから蓮華はつぶやいた。
「今日は結構楽しかったな」




