フィルミネス・シオン
少女はとある国の王女としてこの世に生まれた。
父と母がいて、いつも楽しく暮らしていた。
少女はよく笑う子であった。
なぜなら、母がよく話していたからだ――どんな時も笑顔を絶やしてはいけないと。
しかしそんな心配は少女には必要なかった。
なぜなら、少女の周りでは悲しいことはほとんど起こらなかったから。しいて挙げるのなら毎日の勉強がつまらいことくらい。
少女は毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった。その毎日の中で最も楽しい時間は寝る前のほんの数十分。
少女は毎晩、父と母のにその日あったことをおぼつかない口調で話した。
足し算ができるようになったこと。字を書くのが少し上手になったこと。剣術で兵士長たちに褒められたこと。
話す内容は様々だが少女はどれも楽しそうに話す。
そして少女は10歳という若さで、ジェンティーレの才能が開花した。
父と母は喜んだ。城中のみんながほめてくれた。兵士長も、いずれ自分よりも強くなるでしょうと言ってくれた。
うれしくなった。勉強も剣術ももっと努力しようと決意した。
だが、この後の出来事が少女の人生を大きく変えた。
他国との会食からの帰路で何者かに少女たちは襲われたのだ。
このようなことは父と母にとっては慣れっこであったが少女は違った。
命を狙われた経験のない少女は怖くなった。真っ暗な夜道を顔も見えない何者かに襲われる。
少女は我慢ができなくなり、思わず叫んだ。そしてその叫びに呼応するように少女の全身から炎が噴き出した。
その炎は辺り一面を焼き尽くした。敵も味方も関係なく……
幸い、父も母も警護についていた兵士も誰も死ぬことはなかったが父の少女を見る目は変わった。
父は少女の能力が暴発した時咄嗟に母をかばった。
だがそのせいで父の体には一生消えない傷が痛々しく残った。
父は少女と話すことをやめた。そして、父はジェンティーレを……娘を……誰よりも嫌うようになった。
事件があってからしばらくして、国王は少女を殺せという命令を兵士に下した。
誰もが驚いた。そして納得するものは一人もいなかった。一人の若い兵士が初めに反論の声をあげた。その兵士はよく兵士長と一緒に少女に剣術を教えていた者だった。次の瞬間――
――その兵士の心臓は脈打つことをやめた。
その場に倒れこむ兵士。玉座に腰を落としている国王の右手に握られている一丁の銃からは煙が吹き出ていた。
そんなことは少女には知るよしもなく重い足取りで自分の部屋に向かった。
その時、自分の部屋から出てくる母と少女は目が合う。しかし、母は何を話すこともなく逃げるようにその場を去って行った。
部屋に入ると、お父様とお母さまと一緒に寝るからいらないと物置にしまっていたはずのベッドがあり机の上には、
――ごめんね。
そう書かれた紙切れが一枚……置いてあった。
少女にはその意味が分からない。
ベッドに横になって考えてみたがやはり理解できない。
お父様もお母さまも悪いことは何もしていないのに……と。
悪いのは自分なのに……と。
「さみしいよ……パパ、ママ」
そうつぶやいて、少女の瞼は光を遮った。
首元になにか冷たい感触がして少女の目は開かれた。
少女の目の前には何度か見たことがある兵士の顔があった。
――あの時の恐怖が再起する。
気が付くとあたり一面黒一色でとても焦げ臭かった。
似たようなことが何度かあった。
襲い掛かってくる兵士たちの顔はみな苦汁をなめたように歪んでいて、最初に「申し訳ありません」と言う。
そして、最後にはいつも同じような光景が広がっていた。
なんとも皮肉なものだが少女はその過程のうちで少しずつ自分の力をコントロールし始めた。
少女は国王に向かって何度もあやまった。
「お父様ごめんなさい。お願いです。許してください」
子供なりに精一杯謝った。頭を下げた。何度も無視された。冷たい目線を向けられた――まるで化け物でも見るかのような目を……
何度も……何度も……何度も……謝った。
だが、少女の思い届かない。
兵士たちは謝った分だけ少女に襲い掛かってきた。
兵士が少なくなってきたせいか、少女を襲いに来る頻度は数を減らしていた。
だが、今度は兵士ではなく外部の者が時折現れるようになってきていた。
そして、少女は部屋に閉じこもるようになった……
そんな生活が続き少女は13歳になり、自立心が芽生え始めた。
国王ににけがをさせてしまったという負い目は、なぜ自分のことを理解してくれないのだろうかという怒りに変化していった。
そして、少女は決意した。
必ず自分のことを理解させてやると。
ジェンティーレが悪ではないと証明してやると。
国王を見返してやると。
少女は行動に出た。
「国王様。警告です。次私に手を出したら……あなたを殺します」
国王は恐怖した。少女のこの変貌に恐怖した。今まで部屋に閉じこもっていた少女がいきなりこんなことを言いだすのだから。
だがそれも無理はないだろう。少女が父を変えてしまったように、国王もまた娘を変えてしまったのだから。人間は……変わりやすい生き物なのだから。
その出来事がきっかけとなり少女を殺しに来るものはいなくなった。
だが、忘れてはいけない。少女は本来とてもよく笑う子なのだということを。あんな風に脅すのは彼女の本意ではないということを。
なぜそんなことが言えるのか? それは今の生活を見れば一目瞭然だ。
友人たちとの学校生活。そこで見せる彼女の笑顔はまぎれもない本物だ。幼少期、父と母に見せていたものと同じ。
少女は今日も笑う。誰よりも嬉しそうに。誰よりも楽しそうに。今まで笑えなかった分を取り戻すように、今……この瞬間も少女の顔には笑みがある。
――実の父親に命を狙われていたことを忘れかけながら……




