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剣士霧ヶ谷  作者: 竹崎 優
学内トーナメント編
16/45

蓮華の悩み事

「勝者、霧ヶ谷蓮華選手!」


 学内トーナメント四回戦を今まさに蓮華は突破した。ウエポンマスターという二つ名のおかげで神楽坂の学園島でちょっとした有名人となった蓮華の試合は満席となり、立ち見を余儀なくされることもしばしば見受けられる。


 その観客の三分の二は学外の者たちだ。来年、ジェンティーレの育成学校に入学するであろう中学生やこの学校の卒業生。はたまたどこぞのラーメン屋の店長や喫茶店のマスターなど彼らの職種は様々だ。


 そして残りは神楽坂第三学園のスクルータたちである。今までは闘技場の近づくことさえしなかった者たちが三分の一の大半を占めている。

 蓮華の試合を見た彼らは何か刺激を受けた者もいれば、やっぱりだめだとあきらめる者にくっきりと分かれていた。


 はっきり言って後者の方が多いが彼らに足を運ばせたという事実から、蓮華がスクルータに何らかの影響を与えたのは確かなことだろう。


 それにしても試合は開始の三十分前に開示されるという学内トーナメントのルール上、誰がいつ試合をするかなんてそれまでわからないのに見に来るなんてみんな暇なのだろうか。





 学園内で蓮華の名前を知らないものなどいないせいか学校に登校するだけで視線は蓮華に集まった。

 羨望や嫉妬、憧れや妬み……ありとあらゆるまなざしが蓮華を襲っている。しかし、蓮華はそんなこと気にも止めずに歩く。




「あー、つかれたー。まったくー。ずっとこの調子だよ……だんだんイライラしてきた」


 教室に着くなり、拘束が外れたかのように内心思っていたことが口に出る。文句を垂れ流している蓮華に秋久が寄ってくる。


「お疲れ気味だね蓮華」

「ああ、まあな。毎日毎日たまったもんじゃない」

「まあまあ。それだけみんな蓮華のことを認め始めてるってことじゃないか。いいことだと思うよ」


 仏頂面の蓮華を少しでもなだめてあげようと秋久は言葉を振り絞ったが、それを聞いても蓮華の機嫌は直らず、机に突っ伏してしまった。


「別にあんな奴らに認められたいわけじゃない……」


 そう言うと同時にチャイムが鳴り、巴が教室に入ってきた。


「全員、席に着け―」


 教壇に上がった巴はめんどくさそうに一人づつ出欠を確認していく。


「霧ヶ谷」

「……」


 返事はない。ただのしかば……ではなく、先ほどと同じ状態のまま蓮華は動かない。巴がもう一度名前を呼んでも答えないため、クラス中が蓮華のほうに顔を向けた。


「霧ヶ谷。どうした? 具合でも悪いのか?」


 巴はそう言いながら近づいてくる。やはり答えは返ってこない。いつもならめんどくさそうにではあるが返事はしている。


「霧ヶ谷。おい? なんとか言え。腹でも痛いのか?」


 いつもの力強い口調ではあるが、巴なりに心配しているのか慣れない手つきで背中をさすってやった。クラスの誰もがそんなことやっても意味ないと、内心思いながらその光景を見つめていた。


「うるせえよ……」

「…………」


 蓮華は状況を把握しきれていない。


「誰だ、さっきから俺の名前呼んでんのは? あと腹なんか痛くないっつーの」

「…………あ゛?」


 ここで蓮華はやっと顔を机から離した。蓮華の頬から冷や汗が垂れ、顔は明らかに引きつっている。


「あの……」

「なんだ? 何か良い言い訳でも思いついたのなら言ってみろ」


 そう言いながら巴は右拳を強く握った。


「ちょっと待って。せめて右手にウィース込めるのやめてください! お願いですから!」

「それは無理な相談だな」

「生徒の相談に乗るのは先生の役目の一つだと思うのです……がは!」


 蓮華の腹に巴の拳が入る。そして蓮華はもう一度机に突っ伏す羽目になった。それを見た巴は少しすっきりしたような顔つきになり蓮華に向かって再び同じことを言った。


「霧ヶ谷……腹でも痛いのか?」

「…………はい」


 かすれた声で蓮華はそう言った。





「ってことがあったんだ」


 昼食時、食堂にて秋久は朝の出来事をフィルミネスたちに聞かせた。


「まあ、あの後望月先生に連れてかれてから何があったかは僕は知らないけど」

「ふーん。そんなことがあったのね。だから今、蓮華はこんな状態だと」


 そう言ってフィルミネスはさっきからずっと隣でぐったりとしている蓮華に目をやり、心配そうに蓮華の背中に手を置いた。


「ちょっと、大丈夫? あんたらしくもない」


 そんなフィルミネスの言葉に続くように凛とカルミラも声をかける。


「霧ヶ谷がそんな調子だとフィーちゃんも元気ないからしっかりしてよ」

「同意。何か悩みがあるなら聞く」

「ちょっと二人とも私は別にそんなことないから!」


 そんな会話を蓮華の冷たい声が真っ二つに斬った。


「お前らには一生わかんねぇよ。あいつらの視線が俺にとってどんなにつらいものか」


 蓮華の容赦ない一言に全員が言葉を失った。だが凛だけが納得できないと声をあげる。


「ちょっと霧ヶ谷、それどういう意味? 別にあたしはいいけどアキくんがいる前でそれはないんじゃない」


 霧ヶ谷はアキくんのこと少しはわかってると思ってたのに……


「それをよくアキくんの前で言えるわね! 有名人にしかわからいことってことですか!」

「……お前なー。猫アレルギーってけっこう大変なんだぞ」


 開いた口がふさがらない。そのせいだろう。先ほどとは似て非なる静寂が流れた。


「「「猫アレルギー?」」」


 カルミラ以外の三人が声をそろえた。蓮華は一人落ち着きはらっているカルミラに戸惑いの視線を向けた。


「……どういうこと?」

「みんな蓮華が周りの『人』の視線に困っているのだと思ってたみたい」


 落ち着いて話すカルミラに秋久が疑問を投げかけた。


「カルは驚いてないの?」

「……え? だって蓮華が周りの人間の視線で悩むはずないと思ったから」


 いつ通りの静かな声音でカルミラは言った。


「「「そうですか……」」」





 放課後、蓮華はまたもや巴に呼び出されていた。職員室までの廊下を歩きながら、また怒られるのだどうかと思っている。そんな蓮華の足取りはかなり重いものになっている。


「失礼しまーす」


 そんな決まり文句を口にして蓮華は職員室に入る。巴のほうに目をやるとあごでこっちに来いと促された。


「すまなかったな」


 そう言って巴は頭を下げた。


「え? なんで先生があやまるんですか?」

「いや、今朝のはさすがに私も怒りすぎた」

「は……はあ」


 蓮華はいつもと違う巴に動揺を隠せないせいかあいまいな返事を返してしまった。


「だが……もとはと言えば君があんなことを言うからだ。原因は君にある」


 口をとがらせながら巴はそう言った。こういうことに慣れていないのだ。それを見たおかげで蓮華の緊張はどこかへ行ってしまった。


 なんか子供みたいだな。おっと、これは言わないでおこう。今度は顔を殴られそうだ。


「さて、本題はここからだ」


 え? なに?

 どこかに行ったと思っていた緊張はちょっとした家出をしただけのようであった。


「君は言ったな。生徒の相談に乗るのは教師の務めだ……と」

「……はい」

「何か悩みでもあるなら私に話してみろ。何かできる保証はないが手助けくらいはしてやる」


 やっぱこの人……少し怖いけどそれ以上にすげーいい先生だ。

 蓮華の緊張は今度こそ、彼のもとを去って行った。




「なるほど。猫……か」

「そうなんですよ」


 蓮華の話を聞いた巴はこらえきれず声を出して笑い出した。


「先生。俺にとっては笑い事じゃないんですが?」

「あーいや。すまん。あまりに意外だったものでな。まさか君の弱点が猫だったとはな」


 笑いすぎて出た涙を巴は人差し指で払う。蓮華はまじめに相談したのに笑われたのでむすっとしている。


「それで、俺はどうしたらいいでしょうか」

「まあ待て。そう急ぐな。君の話をまとめると……猫は君の登下校に必ずいる。その時間帯が早くとも遅くともだ。しかも大量に」

「はい。道を変えてもいますし、襲い掛かってきます」

「猫たちが現れたのは君に二つ名がついたあたりからか。それにしてもウエポンマスターってのはまた面白いな」

「話逸れてますよ」


 巴はごほんと咳をして、緩んだ表情を元に戻す。


「こんな感じで間違いないな?」

「はい」

「君も大変だな」

「ほんとですよ。猫にも情報ネットワークみたいなものがあるんでしょうか?」

「新聞を読めるやつもいるかもしれんな」


 そんな二人の会話は他の職員たちの耳にも入っていた。それを聞きながら誰もが思った。

 猫……こわっ。




 原因究明のため今日は巴が蓮華を送る形となった。


「先生。そろそろです」


 そう言って蓮華は腰を低くして身構えた。


「何もそこまでしなくても……」


 言葉をすべて発し終える前に巴の目にはその光景が入ってきた。月の光を反射している何十匹もの猫の目が二人を見つめていた。


「これは予想以上だ」


 巴の口から思わず本音が出た。そして何らかの対処をしようと思ったころには時すでに遅し。猫たちが蓮華に襲い掛かってきた。


「ぎゃあああああああああ!!」


 蓮華の悲鳴が響いた。蓮華はいつもこれをどうやって対処していたのか疑問に思った巴。しかしその疑問はすぐに払拭された。


 蓮華の悲鳴を聞いた近所の人たちが箒をもって玄関から飛び出してきた。


「こら! あっちへ行け!」

「しっしっ」


 などと言いつつエプロン姿のマダムたちは慣れた手つき猫たち追い払う。中には小さな少女の姿もあった。そしてこんなことも……


「ママ! ギルティだよ! ギルティが帰ってきた!!」


 ギルティ!? なんでそんな名前にしたんだ? 犯罪でもしたのかその猫は!


「お兄ちゃんありがとう。お兄ちゃんのおかげでギルティが帰ってきたんだ!」


 いたるところが赤く染まってる蓮華に少女は満面の笑みでお礼を言った。


「あ……ああ。どういたしまして」


 そう言って作り笑いを蓮華は浮かべた。


 追い払われて去って行く猫たちを巴は観察した。その猫たちはなんだか寂しそうな顔をしていた。そこで巴は一つの解答にたどり着く。


「霧ヶ谷。お前は動物に好かれやすいだろう」


 自分のバックから薬を取り出しながら蓮華は考えた。


「確かにそうかもしれないですね。家の庭とかで寝て、起きたら隣に犬がいたとかはありました」

「やはりそうか。あれは君にじゃれているだけだ」


 それを聞いていた、一人のマダムが話に割って入ってくる。


「そうだね。あの猫たちいつも楽しそうにしてるよ。猫アレルギーだって言うから早く助けに来てるけど本当はもっとあのこたちに遊ばせてやりたいんだけどね」


 巴は確信した。そして見つけた。この問題を解決する方法を。


「なら、飼い主を見つければいい」

「なんでですか?」

「あの猫たちは寂しそうにしていた。遊んでくれる飼い主がいないからだ。そんな時動物に好かれやすい君を見つければとびかかるのは至極まっとうなこと」


 蓮華はなんとなく納得し、猫たちの飼い主探しをすることにした。神楽坂学園にはペット可の寮がいくつかあるので思っていたよりも飼い主探しは早く終わった。





 蓮華は今日もいつも通り学園からの帰り道を歩く。いつも通っている住宅街の中の一軒の家の庭から少女の声が聞こえた来た。


「ギルティ、また田中さんのおうちから盆栽とってきたの? ダメっていつも言ってるでしょ」

「ニャー」

「ニャーじゃなくて。ほら謝りに行くよ。ママー! また田中さんのおうち行ってくるねー!」

「ええ。いってらっしゃい」


 蓮華のそんなやり取りからなんとなく情景を想像しつつ沈みそうな夕日を背に歩みを進めた。



 盆栽!? どうやってとってきたんだよ?

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