E評価の真実
アンナとマリは食堂で昼食をとっている。マリは何か考え込んでいるようで先ほどから険しい顔をしている。
「マリ、どうしたの? お腹でも痛いの?」
「いや違うけど……」
どうも歯切れが悪い。さっきからずっとスパゲティをクルクルして一向に口に運ばない。
「じゃあ、なにかあったの? いじめられた?」
「いじめられたって、子供じゃないんだから……」
「でも……それ……口に入るの?」
そう言ってアンナは野球ボールのようにきれいに丸くなったスパゲティを指さす。それを見たマリは優し気な作り笑いを浮かべた。
「これは……その……そう! この前テレビでスパゲティを一度クルクル回してからそれを戻すと味に深みが出るってやってたんだ。うん」
マリは慌てながらフォークを今までとは逆に回し始めた。
「ふーん」
食べないんだ……
話が逸れてしまったがアンナはやはり心配そうな顔をして聞く。
「そうじゃくて。なんかあなた今日おかしいわよ。何かあったの?」
「ああ、ふと思ったんだ。霧ヶ谷くんって……バカじゃないんじゃないかって」
「……え……そんなこと?」
「いや、だって! 入試の結果、学力E評価だったけど今までの彼を見ていたら……なぁ?」
同意を求めるように聞いてくるマリにアンナはあきれたようにため息をついた。
「蓮華は頭がいいかどうか、ですか?」
放課後の生徒会室。アンナとマリは食堂での疑問をフィルミネスに投げかけた。
フィルミネスはなぜそんなことを聞くのかわからないという表情をしている。
「いきなりどうしたんですか? お腹でも壊したんですか?」
「なんで、アンナと同じことを言うんだ! 今日の私はそんなにおかしいか?」
「いえ、会長に言えと言われました」
マリはアンナを見ると、口を押えて笑っている姿があった。
「アンナ、どうした? 腹痛いのか?」
「ううん。何でもない。それより早く本題に入りましょう」
アンナは笑いすぎて思わず目から出た涙を指で払いながら言うと、マリは反応を見せた。
「そうだよ。で、どうなんだフィールくん」
「どうなんだと言われましても……というかなんでそんな話になったんですか?」
フィルミネスがそのような単純な質問にアンナが答える。
「実は霧ヶ谷くんの入試の成績で学力の項目は評価Eなの。でも今までの彼を見ていたら頭よさそうだなって思って」
「そういうことですか……あ、入試の成績が悪いのは私のかもしれないです」
フィルミネスには何か心当たりがあるようだ。それが気になるのかマリは少しだけ前のめりになった。
「どういうことだ?」
「あ、はい」
マリの突然の問いに言葉が詰まったが、フィルミネスはゴホンと咳をして言葉を紡ぐ。
「あれは、入学式の日でした……」
「回想から入るのか」
「長くなりそうね」
「ちゃんと聞いてください」
フィルミネスが話し始めた途端に文句を言うアンナとマリ。聞くのがめんどうくさいと感じ始めてしまった。だが、聞くように努める。
「雲一つない快晴。私フィルミネス・シオンは自信に満ち溢れて……」
「入試の日は確か雨だったよな?」
「よく覚えてはいないけど、晴れてはいなかったわね」
「……多少は美化したっていいじゃないですか!」
窓の外を見つめて雰囲気を作りながら語るフィルミネスにまたもアンナとマリの二人は口をはさんでくる。
◆
神楽坂第三学園入学試験。傘にしずくが当たる音が聞こえてくる。傘だけでは防ぎきれず足が濡れてくる。
学園の校門をくぐりながらフィルミネスは大きくため息をついた。
「じめじめする……もうヤダ」
早々に弱音がこぼれてくる。昨日まではあんなにやる気があったのに気持ちが天候に左右されてしまう。
やっと、教室に着いたフィルミネス。自分の受験番号が書かれた机に向かう。周りを見てみると勉強してる者と雑談に興じている者に分かれている。ジェンティーレは義務教育になっているため油断しているのだろう。
「よし。がんばるぞー」
そう自分に言い聞かせるがフィルミネスの前の席にいる少年は気持ちよさそうに寝ているためどうもやる気がそがれる。
今日の日程は午前に能力テスト、午後は座学ということになっている。
最初は射撃能力テスト。やることはいたって簡単。銃を使って遠くの的に十発撃ってどのくらい当てられるかということを確認するだけ。
だんだんフィルミネスの番が近づいてくる。
「受験番号221番、霧ヶ谷蓮華。次、やりなさい」
「はーい」
蓮華と呼ばれた少年は気のない声で返事をする。
あ、さっき寝てた人だ。
「始めなさい」
試験官のその合図と同時に十発一気に撃ちだした。ほかの受験生は一発一発を丁寧に使っていたため少し異質な存在感を放っている。
結果は七発命中。蓮華は結果などどうでもよさそうにあくびをしながら次の会場に向かった。
「なんであんな適当に撃って七発も当たるの……?」
次は近接能力テスト。これも簡単で好きな武器を一つ選び、戦闘用ロボット『シュールくん』のレベル1、つまり最低レベルのシュールくんを何分で倒せるかである。
「受験番号221番、霧ヶ谷蓮華」
「はーい」
またも気のない声が聞こえてくる。その声に今度の試験官は少しムッとし表情になったが蓮華は一切気にしない。
「武器を選びなさい」
「えーと。じゃあ……剣で」
霧ヶ谷って人こっちのほうはどんな感じなのかしら?
フィルミネスがそんなことを考えている内にテストは始まりそうになり、試験官がカウントを始めた。
「3、2、1、はじめ!」
一瞬だった。いつの間にか蓮華はシュールくんの奥に立っていてシュールくんの首と胴体は離れていた。
「え? うそでしょ。なにがあったの?」
フィルミネスも含め周りの人間誰もがいきなりの出来事に騒然としている。それは試験官も同じのようで、タイマーを止めることを忘れて、今もモニターには動き続ける数字の羅列がある。
「君、申し訳ないがもう一度やってくれないか?」
「えー? なんで俺だけもう一回? 俺、じゃあ記録なしでいいですよ」
蓮華はあっけらかんとそう言ってみせた。
「すまないが、規則なんだ。次はちゃんと計るから」
「……わかりました」
結果は変わらなかった。テストは案の定一瞬で終わった。
その姿を見たフィルミネスは不思議と彼から目を離せなくなった。剣に関しては努力してきた、十分な自身もあった。しかし、自分よりもすごい人がいる。努力してきた人がいる。フィルミネスは蓮華に嫉妬……などはなく彼を尊敬するような、一種の憧れのような感情を抱いた。
「ただの怠惰な人かと思ったけど、すごい人だったんだ」
午後のテストの時間、10分前。フィルミネスは焦っていた。かばんのどこを探しても筆箱が見つからない。
「あれ、うそ。ない」
わすれてきたー! どうしよ。
それでもあきらめずにかばんの隅々まで手を突っ込む。しかし、一向に見つからない。終わった。もうだめだと思っていると。
「シャーペンでいいならやるよ」
前の席の少年、つまり蓮華がフィルミネスに話しかけてきた。急なことでフィルミネスは肩がびくっと動いた。
「え……でも」
「いいから」
そう言って、蓮華は有無を言わさずフィルミネスの机にシャーペンを置く。そして、そのまま前を向いた。
「本当にいいの?」
心配そうに聞いてくるフィルミネスに蓮華は笑みを送った。
「大丈夫」
なんだ、もう一本あるのね。よかった。
「俺、寝るから」
それからテストが終わるまで蓮華は机に突っ伏したままだった。
◆
「以上です」
フィルミネスは話が終わり一息を入れる。マリは釈然としない面持ちでフィルミネスに問いかける。
「結局、どっちなんだ?」
「どっちって何ですか?」
「それは、霧ヶ谷くんは頭が良いのか悪いのか」
そんな質問だったな、とでも言いたげに「あぁー」というフィルミネス。
「答えは……」
「「答えは?」」
アンナとマリが聞き返した。
「わかりません!」
フィルミネスは、堂々と胸を張ってそう言った。




