二人の休日
インターフォンに指が近づきそして離れる。フィルミネスは蓮華の部屋の前でその一連の行為を繰り返していた。
大丈夫よ。あいつ日曜日は開いてるって言ってたし。昨日メールも送ったし。
「よし!」
気合を入れて、今度こそインターフォンを押す。昔なじみのピンポーンという音が鳴り響いた。しかし、中から人は出てこない。
「あれ、おかしいわね」
もう一度インターフォンを鳴らしてみるがそれでも返事はない。ドアノブに手をかけるがやはり開かない。
こういう時は普通開いてるものなんじゃないの?
なんで出ないのかわからないがもういっそのことこのドアを燃やしてやろうかと思っていると後ろから話しかけられた。
「あのー……」
「ちょっと遅いわよ! なにしてたのよ! 私今日来るって言ってたでしょう」
「すいません。コンビニ行ってました」
フィルミネスは指さしながらしかりつける。しかし、目の前にいたのはフィルミネスの知らない男性だった。
「……え? えっと……」
あわてながら部屋のドアの横にある名前を見ると霧ヶ丘と書かれていた。
「すみません! まちがえましたぁぁぁぁ!」
そう叫びながら、顔から火が出る思いでその場を走り去っていった。
今度は大丈夫。なぜならしっかり確認したから。横の名前も霧ヶ谷と書いてあるし寮長の人にもちゃんと確認はとった。
それでもフィルミネスの指は震えている。また、間違ってしまうのではという恐怖が先ほどからフィルミネスを襲っている。その恐怖におびえながらもなんとかインターフォンをゆっくりと押した。
「なんで、出ないのよ……」
もう一度押した。それでも出ない。もう一度……もう一度……何回も押した……押しまくった。もうやけくそのように連打する。
「うるせぇ!」
その声とともに突然ドアが開かれる。
「あ、でた」
「お前か、フィール。そういや、来るとか言ってたっけ。まあ、いいか。ほら入れよ」
そう言って蓮華はフィルミネスを招き入れようとするが、蓮華は今パジャマ姿だ。さすがに人前に出るような恰好ではない。
「とりあえずなんでもいいから着替えてきなさいよ。私ここで待ってるから」
「……別にいいけど、お前が今向けられてる視線に耐えられるんならそうする」
それを聞いたフィルミネスは他の部屋にいた人たちに見られていたことに気付いた。
「は……入ろうかしら、うふふ」
「どうぞ」
二人は中に入った。蓮華はタンスを開けて着替えを取り出す。
「ちょっとここで着替えるの?」
「え? だめ? 別に俺見られて恥ずかしい物つけてないよ」
「いや、そういうことじゃなくて……その……」
蓮華はため息をつきもう一つの部屋を軽く指さした。
「じゃあ、あっちで着替えてるから」
そう言って蓮華は向こうの部屋に消えていった。フィルミネスはベッドに腰かけて部屋のあたりを見渡す。
「結構、きれいにしてるわね」
フィルミネスは机の上に妙なものを見つけた。
「何かしらこのボロボロのヘッドフォン」
普通に使ってればつかないような切り傷などがついていた。よく考えると蓮華は常にヘッドフォンを装着している。
そうこうしていると、隣の部屋から蓮華が出てくる。
「何してんだ?」
「ねえ、蓮華。このヘッドフォンはなに?」
「ああ。それはこのヘッドフォンの前に使ってたやつだよ」
蓮華は説明しながら今つけているヘッドフォンに手を添える。
「蓮華は音楽とか好きなの?」
「ああ、好きだぞ」
「へー。好きなアーティストとかっているの?」
「エリカ・リートリーとかかな。こいつの歌はいいぞー。聴いていて飽きない」
今の時代ならだれでも知ってる世界の歌姫エリカ・リートリー。人の死とか命の儚さ、世界の理不尽さを語ったような歌だ。
「それは私も知ってるわ。確かにいい歌だとは思うけどちょっと暗い感じよね」
「そうだな。でも、俺が歌で泣いたのは後にも先にもこいつの曲だけだ」
「……泣いたの?」
「まあな」
この話をして今までしっかりと聞いたことがないと思い出したフィルミネスはひそかに聞いてみようと決意した。
「それより俺、腹減ったよ。朝からたべてねえや」
時計は十一時を過ぎていた。もうお昼時だ。
それを聞いたフィルミネスはもじもじして蓮華に言った。
「私……が、作ってあげようか?」
「えっと、じゃあ頼むわ」
「わかった」
元気に返事をして、持参していたエプロンを身に着ける。その姿を蓮華に見せつけるようにくるっと一回転した。それを見て蓮華はなんとなく意図を察したようで一応ほめておく。
「似合ってる似合ってる。どこもおかしくないよ」
「もう少し恥ずかしがって言ってくれたらもっとよかったのに」
そう言い残してフィルミネスは台所に向かう。
しばらくすると台所から急に、パァン! という音が聞こえた。何かあったのかと思い蓮華はフィルミネスのもとにかけつける。
「どうした! なんかあったのか!」
そこには立ちつくしているフィルミネスと、真っ二つに割れたリンゴが一つあった。
涙目になりながらフィルミネスは語る。
「昨日、料理番組でリンゴでウサギを作るやり方があったから蓮華に見せたくてリンゴ切ったら勢いよく包丁が沈んで、銃声みたいな音がなって……」
こいつはなにをもってあんなに得意げな顔ができたんだ?
そう思いつつも蓮華は半ば放心状態になっているフィルミネスの肩をつかみ。
「料理はいいから。どっか外に食いに行こう。な!」
「……うん、そうする。ごめん気を使わせちゃって」
「別にいい」
「どこに行くの?」
「俺がよく行く喫茶店」
二人はにぎやかなショッピングモールを通り過ぎ細い路地に入っていく。蓮華の部屋を出てから十五分ほど歩くと純喫茶エルフと書かれた店が見えてきた。
「エルフ?」
「マスターがアニメとか好きで、喫茶店始めたころ自分の中でエルフがブームだったんだと」
「へ……へー」
大丈夫かと思いながら中に入ると意外と普通だった。店の雰囲気は悪くなく、落ち着いている。まあ、悪く言えば人が入ってない。
「マスター、なんか食わせて」
「おお、霧ヶ谷くん。いらっしゃい。ん? 彼女さんかい?」
そう言ってからかってくるマスターに蓮華は少し笑って言う。
「違いますよ」
「そうかい? 二人ともなかなかお似合いだと思うけど……」
「やめてよ、マスター。俺に彼女なんてできるわけないでしょ」
「それもそうか!」
二人はあっはっはっはーとフィルミネスをよそに笑っている。
私たちって恋人同士に見えちゃうんだ。ふーん。いや、別にうれしくないけど……
「まあ、冗談は終わりにして二人とも座って座って」
冗談!? 冗談だったの?
「ご注文は?」
「それじゃあ、コーヒーとサンドイッチ」
「私も同じので」
その後、マスターはサンドイッチだけ出してコーヒー豆がきれていたと言って補充しに行ったため店内は蓮華とフィルミネスの二人だけとなった。
「蓮華は結構ここに来るの?」
「ああ。コーヒー飲みながら本読んだり、音楽聞いたりしてるよ」
「ふーん。そうなんだ。ここいい感じだし私もたまに来ようかなー」
意味深な雰囲気で言ってくるフィルミネスに対して、特に蓮華は表情を変えずに、
「いいんじゃないか?」
と、言った。フィルミネスはそれだけかとも思ったが、蓮華だからそんなものかと割り切っていた。
そんなことをしているとマスターがお待たせ―と言って戻ってきてすぐにコーヒーを入れてくれた。
「おいしい」
そうつぶやきながらコーヒーを飲んでいるフィルミネスに蓮華は頬杖をつきながら優しそうな笑みを送っていた。
純喫茶エルフからの帰り道。フィルミネスはこんなことを言ってきた。
「帰りショッピングモールのスーパーに行ってもいい?」
「なんか買いたいのあるのか?」
「うん…………ぜんまい」
焼き肉屋で蓮華が言ったとおりになった……




