能力の使い方
「とりあえずおめでとうと言っておこう」
次の日の朝、巴は蓮華を職員室に呼び出しそんなことを言った。しかし、顔はそれほど賞賛しているようには見えない。
「えっと……どうも」
蓮華は軽く会釈をした。その後、両者しばらく無言が続く。視線が交差してなんだか目をそらした方が負けというような野生の本能のようだ。
えー、それだけ? こんな朝早くに呼び出しといてそれだけ?
「うむ。勝ったからと言って調子に乗ったりはしていないみたいだな」
「一回勝ったくらいで天狗になったりはしませんよ」
それを聞くと、巴はなぜか誇らしげに鼻を鳴らした。
「それにしても昨日の君の戦いは実におもしろかった」
「そうですか? やってる俺からしたら武器入れ替えたり、作戦考えたりですごく大変ですけど」
「まあ、そうだろうな。多種多様な武器を使い、敵の心理状態まで考慮に入れる。器用で観察眼が鋭い君ならではの戦い方だ」
そんな風にほめられると蓮華としても悪い気はしない。
「最近の若者はみんなどこかで見たことがあるような戦い方をする。実につまらん。十人十色という言葉を知らないのかと、問いたくなる」
「それには同感ですね、能力がありゃあ強いって勘違いしてる奴が非常に多い。能力があるからこそつけ入る隙ってのはある」
「その通りだ。だが、それでも大きなハンデを背負っていることには変わりはない。期待しといてなんだがまさか本当に勝つとは思っていなかった」
そう言って、巴はいつもの引き締めた顔を緩めて優しい先生のような笑顔を向け蓮華の背中を強めにたたいた。
「よくやってるよ君は。めんどくさいと言いながらかなりの負けず嫌いだ。そんな君にご褒美だ! 今日の放課後は空けておきたまえ」
「……わかりました。楽しみにしてます?」
「素直に喜べ! まったく。話は以上だ」
それを聞いた蓮華はまた巴に向かって軽く頭を下げその場を去って行く。だがそれを巴が何か言い忘れたようで蓮華を呼び止めた。
「霧ヶ谷、待て」
「はい? 何ですか?」
「……これは私の勘違いかもしれんが、君は今までの試合……本気で戦っていたか?」
その問いに蓮華は一瞬口ごもる。そして蓮華は意味深な笑みを浮かべた。
「さあ? どうでしょうか?」
◆
同日の昼休み。フィルミネスは生徒会室の窓を開けた。すると気持ちのいい風が部屋の中に広がりとても過ごしやすい空間になるまでさほど時間はかからなかった。
「気持ちいいですね」
そう言って、フィルミネスは大きく体を伸ばした。入ってくる風は強くもなく弱くもない程よい強さで、この場にいるフィルミネス、アンナ、マリの三人の髪をなびかせる。
「そうね。やっぱりこの時間の生徒会室はいいわね。日も当たって気持ちいいし。というかマリ、あなたさっきからなに見てるの?」
アンナがそう言うと先ほどまでマリは手に持っていた髪を二人に見せびらかすように示す。
「学校新聞だよ。霧ヶ谷くんのことが記事になってるんだ」
「え? 見せてください」
マリはその学校新聞をフィルミネスとアンナに見えるようにテーブルの上に広げた。そして、蓮華の写真が一面を飾っているページを開く。
「霧ヶ谷蓮華、快進撃! もうスクルータなんて言わせない! だってさ、なんかおもしろいな」
マリがそう言うのに続いてアンナも気になったところを読み上げる。
「はじめは一回戦で敗退するだろうと思われていた彼だが誰にもまねできないような戦い方で勝ち上がる」
フィルミネスもそれに続く。
「その戦い方とはあらゆる武器で敵を翻弄し勝利するための一手を確実に打つ。その戦闘スタイルのせいか『ウエポンマスター』や『策士』などという二つ名が定着しつつある」
それを聞いたマリが思わず吹き出した。
「ウエポンマスターって何それ。二つ名がつくなんてこの学校始まって以来初めてなんじゃないか?」
「そうね。しいて言うなら望月先生の『女帝』があるくらいかしら」
「ああ、確かにそうだ」
しかしフィルミネスは自分よりも注目されているのが少しだけくやしかった。
すごいのは知ってるけど、まさか二つ名なんてものが付くなんて……
「なんだか先を行かれた気分です」
フィルミネスがそんなことを言うのは意外だったのか、アンナとマリはきょとんとしている。そして二人で顔を見合わると小さく笑いをこぼした。
「フィールくんもそんな風にくやしがるんだな」
「少し意外ね。周りの視線とかはあまり気にしないのかと思っていたわ」
「私だってそういう感情を持ちますよ」
そう言ってフィルミネスは窓の外に目をやった。まぶしかった。それと同時にマリは腕を組んで黙り込むとすぐにその腕を緩める。
「ウエポンマスターか……実に的を得ている」
「いきなりどうしたんですか? おかしくなったんですか? それにしても改めて聞くと本当に望月先生と口調似てますね」
「その話は忘れてくれ。ただ、一度霧ヶ谷くんの家にお邪魔した時にわかったことなんだが、彼は自分でアクセプションを使っているんだ。だから霧ヶ谷くんは本当にウエポンマスターということだなと思ってな」
そこまで言い終えたときフィルミネスの姿はもうそこにはなかった。
「なんだよいきなり」
フィルミネスによって屋上に呼び出された……というか連れてこさせられた蓮華は眠そうな目を彼女に向けた。
「単刀直入に聞くわ」
意を決したように言うフィルミネスに蓮華は少しだけ気圧され、唾を飲み込んだ。
「マリ先輩を家に入れたって本当?」
「……本当だけど」
「いつ!?」
蓮華が言い終える前に話を進めた。蓮華はそんなフィルミネスの姿の一種の恐怖心を覚えた。
「篠原先輩と剣で勝負した日。くじいた足を手当しようと思って」
「そういうことね」
「納得したのか?」
そう聞くと、フィルミネスは何も言わずにうなずいた。
特に何もなかったじゃん! 勝手になんか焦って私バカみたい! すっごいはずかしい。
「それだけか? 俺もう行くからな」
「待って」
フィルミネスは立ち去ろうとする蓮華を止める。
なんか今日、ほかにも似たようなことがあったぞ。なにこれデジャブ?
「私も蓮華のうち行きたいんだけど」
そこまでいってフィルミネスは急に赤くなる。なんてことを言ってるのだろうと自分をしかりつける。
「別にいいけど」
それを聞いたフィルミネスは嬉しそうな顔をして蓮華を見つめた。たった一言、その言葉を待っていたと言わんばかりに。
「じゃあ、今日の放課後……」
「あ、ごめん。無理」
さっきとは打って変わってフィルミネスの顔はまさに絶望という感じだ。
「なんで?」
「なんか、望月先生が放課後開けとけって」
なにそれ。マリ先輩の次は望月先生? 蓮華、あんたやっぱり――
「年上が好きなの?」
「違うわ!」
「だってだって……」
そこで、この会話に終止符を打つように無情にもチャイムが鳴り響いた。悲し気な表情を向けてくるフィルミネスに蓮華は一応言っておく。
「今週の日曜なら空いてるからその日なら来ていいぞ」
「うん。そうするね」
そう言って今日一番ともいえるような笑顔を残してフィルミネスは屋上から出て行った。
「なんかもういいや。サボろ」
◆
とうとう放課後になった。蓮華は巴に連れられてとある店の前にいる。道中二回ほどエンストし、予想外の時間を食ったが何とかたどり着いた。
「やっと着きましたね。ここですか?」
「ああ、私の行きつけのラーメン屋『千変万化』だ!」
その店の名前を聞いて蓮華はあからさまにいやそうな顔をする。
「なんだその顔は? 私の店のチョイスに文句でもあるのか?」
「店のネーミングからしていい予感がしないんですけど」
「みんなそう言うさ。だが問題は味だ。食ってみればわかる。いくぞ」
そう言って先陣を切って歩いていく巴をよそに蓮華はため息をつきながら重い足取りさびれた扉をくぐった。
「んなぁぁぁぁぁぁぁにいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
中に入るとまず、シャンデリアが目に入った。かなりお高そうなテーブルにイス。まるで高級ホテルの宴会場に来たみたいだ。まあ、かなり狭いけど。
不思議なのは蓮華だけでなくここに連れてきた巴も驚いていることだ。二人で立ちつくしているとメイド姿の店員が話しかけてくる。
「いらっしゃませ、何名様ですか?」
「二名だ」
巴がそう言うと店員はテーブルまで案内し、イスまで引いてくれた。
「注文が決まりましたらそこのベルを鳴らしてください」
そう言うとその店員はそそくさと去って行った。
あの人かなり恥ずかしがってたな……
「どうだ霧ヶ谷、すごいだろう」
「はい、さっきからずっと圧倒されてます」
そう言って蓮華は周りを見渡すとメイド姿の店員のほかにも執事姿の人もちらほらといる。
巴はそんな蓮華を頬杖をつきながら笑ってみている。そして、勝手にベルを鳴らした。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「いつものを二つくれ」
「かしこまりました。萌え萌え巴ちゃんスペシャルですね? 少々お待ちください」
なんだかラーメン屋では絶対に聞かないような単語が蓮華の耳に入る。
「なんですか、萌え萌え巴ちゃんスペシャルって?」
「……何も言うな」
巴は蓮華のことを思い切りにらんだ。
こわっ。ていうかこの人どんだけ来てんだよ。自分の名前がメニューになるなんてよっぽどだぞ。
数分後、二人のもとにラーメンが届いた。巴はそのラーメンを冷めないうちにと言いながら勢いよくすすっている。
見た目は普通。そんなにおいしいのか?
そう思いながら蓮華も口に運ぶ。
「……う……うめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うまかったか?」
ニヤニヤしながらそう聞いてくる巴に蓮華は文句の一つも出てこない。
「はい。すごくうまかったです」
「気に入ってくれて何よりだ」
そんなやり取りをしている、二人のもとに中年の男性がやってきた。
「よお、巴。また来てたのか」
「まあな」
年上相手なのに敬う素振りすら見せない。蓮華は二人を交互に見る。
「お父さんですか?」
「違う。ここの店長で私の学生時代の先生だ」
「へー。そうなんですか」
それを見ていた男は蓮華を見て何か思い出したように口を開いた。
「君が霧ヶ谷くん?」
「え? はい。そうですけど」
「そっか。巴から話は聞いてるよ。おもしろい奴を受け持ったって」
なんかこの人めんどくさそうだな。俺の勘がそう言ってる。
「なんだかんだでお前も立派に先生してんだなー。なんかうれしいよ」
涙ながらにそういう男。巴もなんだがうざがっているのが目に見えてわかる。蓮華の勘はしっかりと当たっていたようだ。
「そうだ自己紹介が遅れたね。僕は山根という。山ピーと飛んでくれ」
「俺は、霧ヶ谷蓮華です。えっと、山根さんで」
「ノンノン。山ピーって呼んで」
そう言って山根は人差し指を蓮華の目の前に持ってきて左右に揺らす。
――イラッ!
「……はい。よろしくお願いします。山ピー」
「はいよろピくねー」
――イラッ!
蓮華のフラストレーションは限界に近付いてきた。
やべー落ち着け。落ちつけ俺。殴っちゃだめだ。そうだ話題を変えよう。
「えっと、ここの名前の千変万化ってどう意味なんですか?」
しまった、めんどくさそうな質問しちまった。
「ああ、それはね。しょうがないなー。教えてあげる。ここはね二日おきにこの店の内装が変わるから」
はあ?
蓮華はきょとんとしている。なにを言ってるのか意味が分からない。ということを巴に目で知らせた。すると巴もまたよくわからないことを言ってきた。
「私がこの前来たときはバニーガールがいたよ」
蓮華はなんとなく察しがついたもしかしてこれは――山根の能力なのではないか、と。
「もしかして山根さん……じゃなくて山ピーの能力ですか?」
蓮華がそう聞くと山根は待ってましたと言わんばかりに目を見開いた。そして、大きな声で……
「ピンポンピンポーン!」
うぜぇ。
「よくわかったねこれは僕の能力だよ。僕は、部屋の大小問わず一つの部屋なら内装を変えられる」
「へー。すごいですね」
ここは社交辞令で笑っておく蓮華。
「まあ、一度変えたら24時間はもとにも戻せないし、一度絵に描かないといけないんだけどね」
「それでなんでラーメン屋に?」
「なんでって、ラーメン好きだから」
山根は当たり前のようにそう言ってのけた。それを見ていた巴が思わず笑みをこぼす。
「先生は類を見ないほどのラーメン好きでな、昔から自分でラーメンを作ってきては私と私の同級生に味見をさせていたんだ」
懐かしそうに巴は話す。それを見ていた蓮華は今度は違う疑問が沸いて出てきた。
「その能力をなんでラーメン屋に使ったんですか?」
「……僕はね、戦いが得意ではなかったんだ。だから思ったんだ、ラーメン屋を作ろうって!」
なんで!! ほかにあっただろ!
「僕はね能力を戦い以外の方法で使ってみたかったんだよ。使い方次第で人の役に立ち社会に貢献できる。使い方次第で人をだまし死に至らしめることができる。能力ってゆうのはそういうものさ。僕のだってここを宇宙空間に変えれば簡単に人を殺せるよ」
少し悲し気に語る山根。きっとこの人は人を傷つけたくないのだろう。まるでそう思わせるような口ぶりだ。
「でもね見てごらん」
そう言って山根は両手を広げた。
「使い方次第でこんなにおもしろいことができる……こんなに人を笑顔にできる。すばらしいよ」
蓮華はそう爽やかに言い切った山根を見て思わず感動してしまった。巴はそんな蓮華を何も言わずに優しく見守っている。
「山根さん。あなたはすごくいい人ですね」
それを聞いた山根は小さくため息をこぼした。
「山ピー……だよ」
――イラッ!




