滞る陰謀
蓮華、フィルミネス、秋久、凛、カルミラの五人は「しゃぶしゃぶ」という焼き肉店に来ている。店の内容と名前には多少の差が生じているがお肉は絶品と話題の焼き肉店。
「二人ともおつかれさまー!」
秋久がジュースの入ったグラスを掲げてそう言うと、ほか四人もそれに続く。
「いやー二人ともいい試合だったね」
「うん。ありがとう、アキくん」
元気に答える凛に蓮華は開始早々切り込んでいく。
「なんだ。もうちょっとくやしがってると思ったんだけどな……」
「あたしは切り替えの早い女なのよ」
「なんだそれ」
さっきまでバチバチと戦っていたとは思えないらい普段通りな二人を見てフィルミネスは胸をなでおろした。
「なんか凛になんて言ってあげようかなって考えてたんだけど、いつも通りでよかったー」
「あたしは前を向いて歩いてるからね。いちいち後ろを気にしても意味ないわ!」
なんだかうれしそうに目を輝かせていたが秋久にツッコまれた。
「少しは後ろも見ようよ」
凛は試合後に言ってたことと違うと言いたげに寂しそうな視線を秋久に送るが秋久は蓮華とカルミラに「これよく焼けてるよ」と言ってその目を逃れる。
秋久に勧められた肉をほおばりながら蓮華は凛に言った。
「やっぱりなんかおかしいなぁ。お前の性格ならもっと荒れてると思ったんだけど……あっ! そう言えば控室から帰ってくんの遅かったよな。もしかして泣いてたんじゃ……」
相変わらずの鋭い発言に反射で肩が動いた。
凛は顔に冷や汗をかきながらもばれないように取り繕う。
「そんなわけないでしょ! あれよ、シャワーがなかなか出なくて困ってたのよ」
蓮華はそう言って否定している凛に疑いの目を向けた。
「ほんとかー?」
「ほ……ほんとよ」
「ふーん。そうか、ならいいや」
蓮華は目の前で焼けていく肉の誘惑に負けたのか先ほどからずっとトングを構えている。完全に凛のことはそっちのけだ。
「ちょと蓮華、トング貸してよ。私、このホルモン焼きたいんだけど」
「だめだフィール。俺は今この壺漬けカルビと死闘をしている」
蓮華はフィルミネスに向かってそんな子供じみたことを言ってのける。
「じゃあ、私が焼いてあげる」
フィルミネスは蓮華が丹精込めて焼いていた壺漬けカルビに人差し指を向けた。えいっ、という掛け声とともに彼女の指から炎が出てくる。
「上手に焼けましたー」
「……真っ黒だよ! アホか、おまえはー! なに、何ですかもう! いやがらせですか? それにしたってやりすぎでしょう。この前といい、今といい……お前は俺の食うもんに恨みでもあんのか!」
「そんなに言わなくてもいいじゃない。ちょっといたずらしただけでしょ!」
「今は俺と月島のおつかれさま会ってことになってんだ。少しは気使えよ!」
数秒間、二人は仲良さげににらみ合っていたがそれも意外にあっけなく終わる。
「やべーやべー。焦げてきた」
「本当だ。早くひっくり返した方がいいわね」
そんな二人のやり取りを見て、自分の話題が出なくなったことにほっとしたのか凛も肉に手をつけようとした。しかし油断大敵――鋭い者はもう一人いた。
「凛、少し目赤い?」
先ほどまで黙々と手を動かしていたはずのカルミラが……おそらくこの場の誰よりも肉を食べているであろうカルミラがそこに気付いた。
「それは……」
秋久はばれることを阻止しようとするが……
「そう言えば秋久は凛のこと迎えに行ってあげてたのよね? 帰ってきたときなんか服が濡れてたような」
追い打ちがかかった。故意ではないだろうが証拠まで提示されてしまった。これはもう実は凛は泣き虫なんですと言ってしまった方が早いのではないかと思っていると……蓮華がフィルミネスとカルミラの頭に手を置いた。
「お前らなに言ってんだ。あれはちげーよ」
勘だけど二人の顔見る限りこれはあんま触れちゃいけない話題だな。自分で振っといてなんだけど助け舟出しとくか。
「違うって何が?」
そう問い返すフィルミネスと首をかしげているカルミラをよそに、蓮華は真っ黒に焦げた壺漬けカルビが乗っている皿を凛の前にそっと寄せた。
「これだろ?」
『はあ?』
蓮華以外の全員が思わず口から出た。
「月島は壺漬けカルビが食いたかったんだよ。さっきずっとこっち見てたし」
「いや、別にそう言うつもりじゃ……」
「あまりに食いたくて食いたくて仕方がなくてまばたきもせずにずーっと見てたら目がショボショボしてきたんだよ」
これまた意味が分からない。けれどそう言い切る蓮華を見ているとなんだか本当にそうなのではないかと思えてしまうので不思議だ。
「じゃあ、秋久の服が濡れていたのは?」
フィルミネスが聞くと蓮華はまた胸を張って答えた。
大丈夫。考えはちゃんと用意してある。
「それは顔を洗ったんだ。闘技場の中は暑いからな」
さすがに言い訳が厳しかったのかしばし沈黙が続く。居心地が悪い。蓮華は心の底からそう思った。
「お肉……食べようか」
秋久がそう言うとみんなが賛同し各々食べるなり焼くなりを始めた。
固まっていた蓮華にフィルミネスが気を使い、自分が頼んだビビンバからぜんまいを蓮華にあげた。
「……ありがとう」
気のない返事をして蓮華は受け取ったぜんまいを口に運んだ。おいしそうに食べる蓮華の姿を見たフィルミネスはいつもと違う一面を知れたようで少しうれしかった。
「おいしいの?」
「ああ、すげーうまい」
「ぜんまいが好きって本当だったんだ」
「まあな。てゆーかなんだよ、さっきからずっと物欲しそう顔で見て。そんなに食いたいなら食わせてやるよ」
そう言うと蓮華は箸でぜんまいをとり、フィルミネスの顔に近づける。
「ほら、食わせてやるよ。口開けろ」
しかし、フィルミネスは無言のまま顔を真っ赤に染めている。
「おい、口開かなきゃ食えないだろ。それともなんだ? お前は鼻から物を食べるんですかー。ごめんね気づけなくって」
蓮華の箸は迷いなくフィルミネスの鼻に寄せられていく。そしてぜんまいの端が鼻先に容赦なく当たった。それと同時にフィルミネスは蓮華の腕をつかんだ。
「……その……自分で食べられるから……」
恥ずかしそうにフィルミネスは言った。
「え? 鼻で?」
そんな風にからかってくる蓮華にフィルミネスは少し腹が立ち口を開けた。
「そんなわけ…………」
開いた口を見逃さずに蓮華はしっかりとフィルミネスの口にぜんまいを入れる。
「うまいだろ?」
恥ずかしがりながらもフィルミネスは口の中のぜんまいをしっかりとのどの奥に流し込む。
「……うん……おいしい」
「そうだろうそうだろう。これでお前も今日からぜんまいの虜だ。明日また食いたくなるぞ」
そこまでぜんまい好きにはならないと思ったが……本当に味が良かったのか、雰囲気のせいかにすごくおいしかった。そして、フィルミネスはまた食べたいのか、食べさせてほしいのかわからないが自分でも思わぬ行動に出た。
「蓮華……その……もう一回…………あーんしてほし……じゃなくて食べたいんだけど。
フィルミネスはもじもじしながらそう言った。
見せつけてんのか――とほか三人は思ったが、とりあえずそっとしていくことにした。
しかし蓮華はそんな醜態をさらしているフィルミネスをよそに――
「えっと、このビビンバのぜんまいのみでってできますか?」
――注文していた。もう、フィルミネスを視界はすら入っていない。
そしてフィルミネスはまた頭にきた――イラっと。
「ねえ蓮華? ちょっと……聞いてる」
「え? 単品は無理? そうですかー」
「蓮華。あの聞いてほしいことがあるんだけど……」
「フィール、俺今この店員のお姉さんと話してんの。少しくらい待てっての」
はあ? 美人のおねえさん?
どうにもフィルミネスの耳は蓮華にとって都合の悪い解釈をしたようだ。
「えっと、じゃあビビンバと壺漬けカルビを一つずつお願いします」
注文を終えた蓮華はフィルミネスのほうを向いた。
「で、なんだって?」
「……もしかして蓮華って年上好きなの?」
フィルミネスは両手の人差し指を合わせてそう蓮華に聞いてくる。
「もしそうなら、私が……蓮華の……お姉ちゃんになろっか?」
「………………ごめん。間に合ってる」
直角に首を曲げてうなだれているフィルミネスにカルミラが声をかけた。
「ドンマイ」
◆
外からは波の音ではなく雨音がする。月が雲に隠れ、たった一つの小窓からは一筋の光すらささない。そんな空間の中にろうそくの火が一本ともった。その火を中心に五つの人影が伸びた。
「なんでろうそくなんだ? 今の時代ならもっと便利なのあるだろうに」
「雰囲気の問題だ」
そう言い放つ男に目線が集まる。
「なんだよ」
「今時ろうそくはないでしょう」
「そうそう。それにリーダー、マッチでろうそくに火つけたぜ。せめてライターだろ」
ほか三人も口々に文句を垂れる。なにも言い返せないことがくやしい。だが、そんなことはどうでもいい。
「そんなことはどうだっていいんだ!」
今まで何も言わずに黙っていた男が声を荒げた。
「リーダーはそんなことを言わせるためにこの場を設けたんじゃない!」
おお。こいつ……こいつだけは俺の味方か。そうだこの流れで本題に入れ。
「コードネーム……リーダーは俺たちにコードネーム与えるために集めたんだ」
「ちげーよ! そんなことじゃねーよ!」
リーダーの男は早く本題に入ることを決めた。
「それより話進めるぞ。ターゲットについて各自思ったことを言え」
「「「「かわいい」」」」
「そういうことじゃないでしょ!」
大声で四人の発言にツッコみながらろうそくが置いてある台を強くたたいた。するとその手の勢いのせいでろうそくの火は一瞬にして消えた。
「うわ、なんも見えねぇ」
「みんな、ちゃんとそこにいるのか?」
「いて、箱にひざぶつけた」
「てゆーかろうそく地味にいい役割してたな」
「そうか! リーダーは俺たちにろうそくの大切さを教えるために呼んだんだ!」
この光景を見て……いや、聞いて、リーダーの男はひそかに心に決めたことがあった。
――次からはちゃんとランタン持ってこよ、と。




