負けず嫌い
観客席の端のほうで巴は蓮華たちの試合を見届けていた。
「ほう。ここからだと二本のワイヤーはよく見えるが、真正面から……しかも頭に血が上った相手なら見抜くことは困難な位置にうまく張っている」
巴は腕を組みながら今回の試合について自分なりの分析をする。
「だから霧ヶ谷は今まで敵を煽るようなことばかり言っていたのか。それにしても最後の終わり方を見るに霧ヶ谷にとって一つ目の策が失敗に終わるのは想定のうちだったと言える」
闘技場から去って行く霧ヶ谷を目で追いながら巴の独り言はまだ続く。
「だとするなら、あのワイヤー戦術を使うために最初の一発はわざと食らったのか? おそらくあれは近づけば勝てると月島に思わせるための布石……」
「なるほどー」
何やらあるはずのない相槌が聞こえたが、その程度では巴の集中は切れない。うんうんうなずきながらまだまだ話は続いた。
「ほかにも今までの試合では使わなかったワイヤー銃などのアクセプションまで使用している。もしそれを戦闘中……いや大会中に考えていたとするなら、とても学生のレベルではないな」
「ということは今回の試合は霧ヶ谷選手の思い通りに戦況が動いたということでしょうか?」
「うむ。まさにその通りだ!」
巴はそう言って力強くガッツポーズをして意気揚々として口元をつり上げた。
「本当にそうだとするなら、月島には悪いが霧ヶ谷が勝つのは必然だと言える。今の試合もこれまでのもバカの一つ覚えのように真っ向からぶつかっていた者と先を見越し己の手の内を隠しつつ戦闘中も自分が勝つための策を練り続けたもの――どっちが勝つのかなんてガキでもわかる」
今までの興奮を抑えるように巴は大きく息を吐き、今度はまだ闘技場でうなだれている凛に目を向けた。
「だが、これから多くの経験を積み、霧ヶ谷ほどとは言わないが戦いの駆け引きというものを理解してきたのなら……月島は化けるかもしれんな」
会場中が静寂に包まれる。今だけは、女帝ではなく教師として尊敬する視線が彼女に集まった……
「いやー、望月先生! 今回の試合のまとめ、ありがとうございました。とてもわかりやすかったです」
そう言われて初めて巴は自分の前にマイクが置いてあったことに気付いた。しかし決して取り乱さずに放送部員の女子を凝視する。
「いつからとってた。先生が腕を組み始めたあたりからです」
「……そうか」
そう言い残し巴は足早にその場を去って行った。少しだけ恥ずかしそうに……
「なんだか、望月先生がうまくまとめてくれたな」
「そうですね」
マリとフィルミネスがそう言い、話したいことがなくなったせいで少し気まずくなっている。そんな静寂を破るようにカルミラがつぶやいた。
「なんか意外」
何が意外なのかなんとなく想像はついたがフィルミネスは話を膨らませるため一応聞く。
「意外って何が?」
「望月先生のガッツポーズ」
「確かにそうだよね。クールビューティーで少し怖いイメージだったけど……」
そこまで言ってフィルミネスはアンナやマリなどの先輩方は何か知っているのではないかと思い問いかけてみた。
「望月先生って前からああいう、けっこう親しみやすそうな先生なんですか?」
アンナとマリは首を横に振った。
「いや。あんなことをするのは見たことないなー。私たちが入学した時もいたけど、やっぱりなんだか話しかけにくいって感じだったな」
「そう言えば今のマリの男口調は望月先生に習ってだったわよね?」
思いもよらない発言にフィルミネスは反射的にマリを見た。
「えっとその。あのーフィールくーん。せめて何か言ってくれ」
「……がんばってください」
「あれ? 思ってたのと違う!」
「そんなことより私は凛になんて言えばいいのでしょうか?」
「そんなこと!?」
「はい」
そんな時、いつも通りカルミラが空気を読まないタイミングでつぶやく。
「秋久がいない」
それを聞いてフィルミネスは思った――心配なさそうかな、と。
◆
凛は控室に備え付けてあるシャワーで試合中に体に掻いた汗や汚れを落としていた。
「……負けちゃった……」
そう言って、自分より高い位置にあるシャワーに顔を向け、顔面から水を受け止める。
シャワーを浴び終わりジャージに着替えてからフィルミネスたちののもとに帰ろうとするが足が動かない。今帰ったら、いつものようにみんなと話せない感じがしたからだ。
そうやってベンチに座ってうなだれていると、控室のドアが叩かれた。
「僕だよ。秋久。入っていいかな?」
入ってほしくなかった。今の姿を秋久には見てほしくなかった。そう思っていたが体は正直とはよく言ったものだ。さっきまで微動だにしなかった足が動きドアノブに手をかけた。
「うん、入って」
「それじゃあ、おじゃましまーす」
秋久は何を話せばいいかわからなかった。ここに来る途中少しは考えていたのだが凛の顔を見たらその言葉たちはどこかへ行ってしまった。
「アキくん。あたし負けちゃった……」
「うん……見てた。残念……だったね」
考えても、考えてもかける言葉が見つからない。だが秋久は凛がいつもと違うことに気付いた。そりゃあ、落ち込んでいるから当たり前なのだがそれ以外でだ。
「凛……泣かないの?」
そう、これだ。いつもの彼女ならもっと目が赤くなっていてもおかしくない。
「泣かないよ」
「なんで? いつもは勝負ごとに負けたら泣いてたじゃないか」
「………………泣いてもいいの? みんなに言ったりしない?」
「しないよ。当たり前じゃん」
それを聞いて何かが吹っ切れたのか凛は秋久の胸に顔をうずめて嗚咽を漏らし出した。胸のあたりが凛の涙で湿ってくるのを感じる。
「凛は昔から変わらないね。何事も負けず嫌いで、それでいてとっても泣き虫だ」
凛の返答はないが否定するかのように秋久の胸にどんっ、と拳が当たった。
「だってそうだろう。小学校の休み時間にやった鬼ごっこでさえ最後に鬼だったらくやしくて泣いてるのに……」
少し落ち着いたのかところどころ途切れつつも凛は話していく。
「あ……たし、くやしかった。すご……く……くやし、かった」
「うん。わかってる」
「蓮華に負け……た……のが…………くやしかった」
「ああ」
「せんせ……い、の言った……ことに……納得し……たのが…………くやしかった」
「ああ」
「あたし……もう……負けたくない」
「そうだね」
自分の胸の中で心の内を明かす凛に秋久の顔は優しそうに緩んだ。
巴は凛の真っ向から勝負を仕掛けることに少し否定的なニュアンスを含ませている感じであったが秋久は全然そうは思わない。
何事もまっすぐ向き合うのは簡単なことではない。自分にはおそらくこんなにまっすぐに進むことはできないだろう。きっとそれは凛の強みなんだと思う。これは長所と短所は表裏一体ということなのだろう。
「凛。僕は君のそういうところすごく好きだよ」
「ほぇ?」
間抜けな声をあげながら思い切り顔をあげ秋久は顔の目を見つめた。
秋久は起き上がった凛の肩に手を置く。
「僕も強くなるよ! 凛のようにまっすぐ最短距離では進めないかもしれない……横道にそれることもあるかもしれない。けど……絶対に追い付いてみせるから。いつかちゃんと君の隣を歩けるような立派な男になるからさ……ちゃんと見ててくれよ」
秋久は蓮華の前で誓ったことを、今度は凛の前で言う。
あまりの出来事に驚いたのか、十秒ほど間があって凛が口を開いた。
「……わかった」
そう言った凛の顔は秋久が今まで見たこともないくらいに赤くなっていた。
数秒後、秋久の顔も真っ赤に染まった。




