第2話 王宮からの来客
その日の昼過ぎ。いつも通り、エレノアが自身の部屋で椅子に座って魔法書を読んで魔法の研究をしていると、ある気配に気付いたため読んでいた本を閉じて窓の方を見る。
「エレノア様。どうかなさいましたか?」
今できる分の家事が終わらせたことでエレノアの側で控えるように立っているクインがエレノアに声を掛けた。
「誰か結界の中に入ってきたけど、この気配は…」
エレノアとクインの2人が住んでいるこの屋敷を訪れる人間はほとんどいない。そもそも、屋敷の周辺にはエレノアが人除けの結界を張っているため普通の人間ならここまで辿り着くことすら難しいのである。今はそんな結界の中に現れるように入ってきた者の気配をエレノアは感じていたのである。
「どなたでしょうか?」
「この気配は…姉様ね」
「セレスティア様ですか?」
「ええ」
クインが名前を出したセレスティアというのはエレノアの姉であり、このローズベルク王国の第一王女である。普段は王宮におり外出は公務の時以外は許されない身の上なのだが、そんな彼女の気配を感じ取ったエレノアは玄関へ向かう。
(ガチャッ)
エレノアが扉を開けると、そこには1人の女性が立っていた。穏やかな表情にエレノアと同じ銀色の長い髪に王女らしい服装、そしてその立ち姿には自然と人の目を引きつける気品がある美しい人物で、彼女こそがローズベルク王国第一王女のセレスティア・ローズベルクだ。
「ごきげんよう。エレノア」
「ごきげんよう。姉様」
姉のセレスティアがこの屋敷に来訪してきてもエレノアは慣れているかのように気楽に挨拶する。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとう」
エレノアが通したことでセレスティアが屋敷の中へ入ってくるとクインが微笑みながら出迎える。
「ごきげんよう、セレス様」
「ごきげんよう、クイン。急に来ちゃってごめんなさいね」
「私はいつでも歓迎いたしますよ」
「ありがとう」
セレスティアはエレノアの使用人であるクインとも仲が良く、和やかな空気が漂っている。ちなみにセレスティアは名前の長さからあだ名としてセレスの愛称があるため、クインはセレス様と呼んでいる。
「それじゃあ、今日も泊まっていこうかしら?」
「よろしければ、どうぞ泊まっていってください。お部屋の方はいつ来られてもいいように毎日お掃除してありますので」
「待ちなさい」
会話の流れからセレスティアがこの屋敷に泊まっていく流れになっているため、エレノアが呆れたように2人の間に入るように声をかける。
「姉様!まさか、またここに泊まっていく気ですか?」
「だってエレノアのところって、居心地が良いんだもの」
「そう言っていただけるのは嬉しいですけど、最近は頻繁に私のところへ遊びに来るからこの屋敷の中に姉様が泊まる部屋があるようになってしまっているんですよ」
セレスティアがこうして来る時はよくこの屋敷に泊まることが多いため、この屋敷の中にはセレスティアが泊まる時に使っている部屋があるのだ。ちなみにそれを作ったのは他でもないエレノアなのだが。
「いいじゃない。それに私専用の部屋を作ってくれたのはエレノアでしょ?」
「まあ、そうなのですが」
エレノアとセレスティアが話をしていると、その間にクインが紅茶の入っているティーカップを準備して運んできてくれた。
「お2人とも、どうぞ」
「ありがとう。クイン」
「ありがとう」
エレノアはいつも座っている椅子に座り、セレスティアはエレノアのすぐ近くにある椅子に座って紅茶が入っているティーカップをクインから受け取って一口飲むと、お互いに表情が綻ぶ。
「やっぱり美味しい」
「ありがとうございます。セレス様」
「やっぱり、ここに来ると落ち着くわ」
「それは何よりです」
クインは優しく微笑むが、エレノアは少し苦笑といった表情を浮かべている。
「ふふ、エレノア様もセレス様も相変わらず仲がよろしいようで何よりです」
「それは否定しないわ」
エレノアも微笑んでから紅茶をまた一口飲む。クインの言うとおりローズベルク姉妹の仲はとても良いのである。
「姉様には感謝しているもの」
「私もエレノアには感謝しているわよ」
「そうなのですか?」
「ええ」
セレスティアは紅茶のカップをテーブルの上に置いてから、エレノアの方を見て優しく微笑む。その顔はこの国の王女としてではなく、愛する妹を見る1人の姉のものだった。
「だって、エレノアがこうして楽しそうに暮らしているんだもの」
「姉様…」
「それだけで私は嬉しいのよ」
エレノアの今のこの生活があるのは、目の前にいる姉セレスティアのおかげだった。
この国の第二王女として王宮にいた頃のエレノアは、自身の持つ莫大な魔力と7大属性全てを扱える魔力を国のために力を利用されることを恐れていた。その気持ちを理解し、王宮から離れて暮らすことを提案してくれたのが他でもない姉だった。表向きは「見聞を広げるための旅」としてだが、実際にはこの屋敷で自由に暮らすためだった。
「姉様」
「なに?」
「ありがとうございます」
「ふふ。急にどうしたの?」
「なんとなく、言いたくなっただけですわ」
「どういたしまして」
エレノアからいきなりお礼を言われたことでセレスティアは照れ隠しをするように笑った。セレスティアに対して本当に感謝しているからこそ出た言葉だった。
「私達は姉妹なんだから、そんなこと気にしなくていいのに」
「そうですね」
エレノアもつられて微笑む。姉妹の仲睦まじいやりとりを見ながらクインは2人の側で優しく微笑んでいた。
「ところで、姉様。今日は王宮のお仕事はよろしいのですか?」
エレノアから質問されたセレスティアの笑顔が固まる。エレノアはなんとなく予想していたことだが、セレスティアが城を抜け出してきたことが明白なものとなったため、エレノアは短くため息をつく。
「今日はもう…仕事のことを考えたくないの」
「なるほど。そういうことでしたか」
エレノアは何となく察した。セレスティアはこのローズベルク王国の第一王女として毎日、王宮で忙しい日々を過ごしており、休む間もほとんどなくこの国のために働いている。そういったことからそんな生活に嫌気が指しては、こうして妹のエレノアがいるこの屋敷に現実逃避をするように遊びに来ている。
「でしたら、私からは何も聞きません。好きなだけゆっくりしていってください」
「ありがとう。エレノア」
この屋敷の主であるエレノアが滞在の許可を出したことでセレスティアが嬉しそうに笑う。彼女は王宮では第一王女として、常に完璧であることを求められる。しかし、この屋敷にいる時だけは違う。ここでは彼女はただのエレノアの姉でいられる。それが心地良くてこうして何かと足を運んでしまうのである。
「それではセレス様。お部屋を整えてまいりますね」
「ありがとう。クイン」
「夕食もセレス様のお好きなものをご用意いたしますね」
「いいの?」
「はい」
無邪気に喜ぶセレスティアにクインは優しく微笑むが、妹のエレノアはジト目に近い目で見ながらセレスティアに声をかける。
「姉様。第一王女としての威厳はどちらへ?」
「そんなもの、城に置いてきたわ」
「そうですか…」
エレノアは苦笑するがそんな姉を見ながらも、心の中では少しだけ嬉しく思っていた。毎日、王宮で頑張っている姉がここでは肩の力を抜いて過ごせる。それならば、この屋敷を作った意味はきっとあるのだろうと思っていた。




