第3話 王宮からの来客
「それで、エレノア。この魔法薬はどういうものなの?」
その午後、エレノアの屋敷のリビングで紅茶を飲みながらセレスティアが机の上に置かれた小さな瓶を眺めていた。透明な瓶の中には淡い青色をした液体が入っている。
「これは最近、作ったばかりの魔法薬なのです」
「最近、作ったばかり?」
「ええ。効果そのものは問題ないはずなのですが、まだ十分な実験ができていないのです」
「それなら、エレノアが自分で試せばいいんじゃない?」
「それが少々難しいのです」
「どうして?」
「私はこれまで、数え切れないほど魔法薬を作っては自分の身体で試してきましたから」
エレノアがここまで言ったことでセレスティアが納得したような顔をする。
「なるほど。薬に対する耐性がついてしまったのね」
「はい。私自身の身体では効果が出にくくなっているので実験にならないんですよ」
エレノアは魔法薬が入っている小瓶を手に取りながら話す。エレノアはこれまで自身で作成したありとあらゆる魔法薬を自分の身体で試してきたことで薬に対する耐性がついてしまったのである。そのため、毒薬や媚薬、眠り薬などのありきたりな薬は効かない身体になっている。
「じゃあ、クインで試すというのは?」
「クインも私ほどではありませんが薬に対する耐性がありまして。それに、今回の魔法薬はクインでは効果が出ているのか分かりづらいものなのです」
「どういうこと?」
「姉様はわかりやすいですから」
「それって、どういう意味?」
エレノアからわかりやすいと言われたセレスティアは怪訝な顔をする。セレスティアは美人であることからむっという表情をしても綺麗な顔であることは変わらない。
「褒めているのですよ?」
「本当に?」
「もちろんです」
ここでエレノアは手に持っている魔法薬の効果を説明しようとしたが、その前にセレスティアが声をかけてくる。
「効果を確認するために必要なことなのよね?」
「ええ」
エレノアは魔法薬が入っている小瓶を軽く揺らすと、液体もそれに合わせてわずかに揺れる。
「姉様。お願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
セレスティアは迷うことなく魔法薬が入っている瓶をエレノアから受け取る。普通の人なら試すことを躊躇うのだが、セレスティアは妹であるエレノアのことを全面的に信頼しているからこそ、彼女が作った魔法薬を試すことにも躊躇いはないのだ。
「ありがとうございます」
「それで、これを飲めばいいのよね?」
「はい」
セレスティアはエレノアから受け取った魔法薬が入っている小瓶の蓋を開けると一気に中身を飲み干した。
「ふう…甘いけど、なんか不思議な味ね」
セレスティアは魔法薬を服薬してもいつも通りの様子であったため、不思議そうな表情をする。
「何も起きないわよ?」
「そうですね」
「失敗?」
「そんなにすぐ効果が出るものではありませんわ」
「そうよね…あら?」
エレノアはしばらくセレスティアの様子を見ていると、彼女の瞳からいつもの生き生きとした光が消える。普段は明るい表情もどこかぼんやりとしてきている。
「セレス様?」
セレスティアの表情が明らかに変わったことでクインが心配そうに声を掛ける。
「大丈夫よ」
セレスティアは淡々と答える。どうやら会話はきちんとできる上に受け答えもしっかりできるようだ。
「少し変な感じがするだけ」
「成功ね」
「え?」
エレノアが成功だと言ったことでクインが少し驚いたような表情でエレノアとセレスティアを交互に見る。
「エレノア様。これは一体、何の魔法薬なのですか?」
「質問に対して、正直に答える薬。正確には薬の効果が続いている間、質問されたことに対して嘘をつくことができなくなるのよ。知っていることなら、必ず正直に答えるようになる薬ね」
「セレス様に、なぜそのような魔法薬を?」
クインが疑問をぶつけるとエレノアは少しだけ考えてから答える。
「姉様は責任感が強いでしょう?」
「はい」
「そして、なんでも1人で抱え込んでしまうところがあるわ。王女としての立場もあるし、私に心配をかけまいとして何も話さないこともあるから、もし姉様が自分1人では抱えきれないようなことを抱えているのであれば私には無理にでも教えてほしいのよ。それで1人で抱えきれないことを抱えているのであれば力になりたいし」
「エレノア様…」
クインが少し驚いたようにエレノアを見る。エレノアの言う通り、セレスティアはローズベルク王国の第一王女として責任感が強い性格で普段からしっかりしているからこそ、自分だけで抱え込んでしまう癖がある。そういった性格から妹のエレノアには心配をかけまいと抱え込んでいることを話さないことも多いのである。
「だから、今回この薬を作って姉様に試したのよ。本当は魔法で思考操作をしても良かったのだけど、そこまでするのはさすがに気が引けるから」
「なるほど…」
クインは納得したように頷くと、エレノアはセレスティアを支えてソファに座らせた。エレノアはそんなセレスティアの隣に座ってから声をかける。
「姉様」
「なに?」
「今から私がいくつか質問しますから、正直に答えてくださいね」
「もちろん」
セレスティアは言うことを聞く形で即答したため、エレノアは小さく頷く。そこでまずは最近の王国事情について聞くことにした。
「最近、王国で何か問題は起きていますか?」
「大きな問題はないわ。今のところ国は平穏よ」
「では、次の質問です。姉様自身について何かありますか?」
「あるわ」
王国のことではないならばセレスティア個人のことだろうと予想していたとはいえ、その内容まではわからないため、少し緊張するエレノア。
「何があったのですか?」
「最近、王宮の中でエレノアを戻した方がいいのではないか、という話が大臣達から出ているの」
「私を?」
エレノアが聞いたことにセレスティアは短く頷く。
「エレノアの魔法の才能や知識を考えれば、王国のために力を使ってもらうべきだという意見が出ているのよ」
「そうですか…」
エレノアはセレスティアが続ける言葉を聞く。悩んでいるならここで全て…とまではいかないが吐露させて楽にしてあげたいと思っているのだ。
「エレノアは魔法が好きだけど自分の魔法を国のために、誰かのために使わされることは嫌いだった」
「そうですわね」
「だから私は、あなたが望むならと王宮から離れて暮らせるようにしたの」
淡々と話すセレスティアの表情は変わらないが、その言葉には強い意思があった。
「今でも王宮の人達からはエレノアを城に戻してほしいと言われるわ。第一王女としては、彼らの意見にも一理あると思っているわ。でも、姉としては絶対に認められないからずっと断っているの」
エレノアはセレスティアからその言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなる。第一王女としてよりエレノアの姉としての感情を優先してくれていることにエレノアは嬉しくなった。セレスティアは姉としていつもエレノアのことを気にかけてくれている上に彼女が王宮から離れてからも見守ってくれていたのだ。自分自身が王宮で責任を背負いながら、エレノアがここで自由に生きられるようにしてくれていたのである。
「姉様…」
セレスティアの気持ちを知ったエレノアは腕をすっと広げると、そのまま姉のことを抱きしめた。
「わっ…エレノア?」
「ありがとうございます。姉様」
エレノアはセレスティアに対する感謝の言葉を抱擁と一緒に目一杯伝える。急に抱きしめられたことでセレスティアは困ったような笑顔を浮かべている。
「ちょっと…急にどうしたの?」
「私のことを守ってくださっていて。ずっと、私のことを見守ってくださっていたのですね」
「当たり前でしょう?」
セレスティアもエレノアの背中に手を回して抱きしめ返す。エレノアは姉の優しさを温もりと一緒に感じながらお礼を言う。
「それでも、ありがとうございます」
セレスティアの本音が聞けたことでエレノアは小さく魔力を動かす。今回の魔法薬の効果を強制的に解除する魔法だ。淡い光が一瞬だけセレスティアの身体を包むと彼女の瞳にいつもの光が戻り、表情もいつものものに戻った。
「えっ?」
数秒後、セレスティアは自分がエレノアと抱きしめ合っていることに気付いて困惑気味に声をかける。
「エ、エレノア?」
「はい?」
「どうして私、エレノアに抱きしめられているの?私もエレノアのことを抱きしめてるし」
「姉様が私のことを守ってくださっているということがわかりましたので、そのお礼ですわ」
「そんなの当たり前じゃない。あなたは私の妹なんだから」
セレスティアはなんとなく状況を理解したようでエレノアの身体をちゃんと抱きしめる。今度はちゃんと自分の意思で愛しい妹を抱きしめていた。
「これからもあなたがここで自由に暮らせるようにするから、安心してちょうだい」
「はい。ありがとうございます、姉様」
「どういたしまして」
「ところで、姉様」
しばらくしてからエレノアはようやくセレスティアから身体を離した。先程まで薬の影響でどこかぼんやりしていたセレスティアだったが、効果がなくなった今ではすっかりいつもの表情に戻っている。
「先程、飲んでいただいた魔法薬のことですが」
「そういえば、結局なんだったの?」
セレスティアが少し不思議そうに首を傾げながら聞くとエレノアは先程、試した魔法薬が何の薬だったのかを話す。
「質問されたことに対して、嘘をつけなくなる魔法薬です」
「そうだったのね」
「はい。効果の確認もできましたので、実験としては成功ですわ」
「なるほど…」
セレスティアは机の上に置かれている空の小瓶を見ながら怪訝な表情になる。
「薬の効果が出ている時でも自分で言ったことをなんとなく覚えているのだけど、私が何か隠していることまでお見通しだったのね」
「姉様の妹ですもの。わかりますわよ」
「本当、エレノアには敵わないわね…もう少し上手く隠す努力をした方がいいのかしら?」
「隠す必要などありませんよ。私は姉様が1人で抱え込んでしまうよりも、頼っていただいた方が嬉しいですから。むしろ遠慮せず私にどんどん相談してください。私は姉様の妹なのですから」
「エレノア…ありがとう」
「どういたしまして」
エレノアの薬の効果で悩んでいたことを話したセレスティアは少し考え込むように視線を落とした。
「ねえ、エレノア。何か良い方法はないかしら?」
「良い方法、ですか?」
「ええ。さっき話した、あなたを王宮へ戻した方がいいという話。私はエレノアをここから無理矢理、城に連れ戻す気はないし、これからもここで自由に過ごしていてほしいのよ。でも、王宮の中で意見が出続けるといつまでも無視するわけにはいかないでしょう?」
「そうですね」
セレスティアが悩んでいる内容は彼女自身のことではなく自分に関係することであることからエレノアは少し考える。
「国の情勢そのものに問題がないのであれば姉様が『必要がない』とおっしゃればよろしいのではないでしょうか?」
「必要がない?」
「はい。王国が平穏で、現在の体制で問題なく国が動いているのであれば、わざわざ私が王宮へ戻る理由はありません」
「たしかにそうね」
「はい。姉様が第一王女として判断して、それでも問題がないとお考えになるのであれば、それで伝わると思います」
「わかったわ。ありがとう、エレノア。あなたに話して少し気が楽になったわ」
「それならよかったです」
エレノアはセレスティアの悩みが少しは軽くなったことで気も楽になったが1つだけ、どうしてもセレスティアに伝えておきたいことがあった。
「とはいえ、その話が原因で姉様の身に危険が迫るようなことがあれば、その時は私が必ず助けに行きます」
「エレノア…」
「私は王国の政治には今後も関わるつもりはありませんが、姉様の身に危険が迫った時は全力で守りに行きますわ」
エレノアはローズベルク王国の第二王女であるが、今はその地位から遠ざかって生活していることから国の政治に関わる気は一切ない。そうであっても目の前にいる姉のセレスティアの身に何か危険が迫った時には妹として全力で助ける決意をしているのだ。
「ありがとう。エレノア。そういう時が来ないことを願うけど、いざとなったら…よろしくね」
「お任せください」
そんな話の後に今まで黙って話を聞いていたクインが軽く手を叩いたため、エレノアとセレスティアの視線がクインに集中する。
「お話が落ち着いたようですので、そろそろよろしいでしょうか?」
「ええ」
クインは少し離れたところにあるテーブルに置いていた皿を1枚持って戻ってきた。その皿の上には、焼き色のついたクッキーが綺麗に並べられている。
「お茶菓子にクッキーを焼いてみたのですが、お2人ともいかがですか?」
「まあ、美味しそう」
クインが作ってくれた美味しそうなクッキーを見てセレスティアの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとう。クイン」
「どういたしまして。どうぞお召し上がりください」
先程まで王国の現状や未来について話していたとは思えないほど、空気が穏やかになっていた。真剣な表情からいつもの雰囲気に戻ったエレノアはクッキーを一枚手に取って口に運ぶ。
「美味しいわ」
「本当ですか?」
「ええ。甘さもちょうどいいし、紅茶との相性も抜群ね」
「それならよかったです」
エレノアの感想を聞いたことでセレスティアもクッキーを1枚口に運ぶと表情が綻ぶ。
「うん。美味しい!」
「ありがとうございます。クッキーはまだございますので、どうぞ遠慮なく召し上がってくださいね」
「それじゃあ、もう1枚…」
「姉様」
「なに?」
「先程まで真剣な話をしていたのに、クッキーを見た途端に元気になりましたね」
「だって美味しいんだもの」
「それは否定しませんけど」
エレノアが思わず笑ってしまうとセレスティアもつられて笑う。王国の情勢についての話はひとまず終わったが、大きな問題が解決したわけではない。これから先に何かが起こる可能性だってある。それでも今はセレスティアがここにいて、クインが淹れてくれた紅茶があって、焼きたてのクッキーを3人で囲んでいる。そんな穏やかな時間があればエレノアにとってはそれで十分だった。




