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異世界和菓子職人の甘味無双~家畜の餌と呼ばれる赤い豆を「あんこ」にしたら、お貴族様も大絶賛で大繁盛商会になりました~  作者: 黒崎 隼人


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第7話「街外れの農村と新しい甘みの形」

 市場の巨大な囲い込みから背を向けたその日の午後。

 タクミは手押し車の進行方向を裏通りからはずし、王都を取り囲む外壁のさらに外へと続く未舗装の街道へ向けていた。

 わだちが深く刻み込まれた赤茶色の土の道は、歩みを進めるごとに両足の下でボサボサとした乾いた音を立てる。

 照りつける日差しはいくらか和らぎ、広大な農地を吹き抜ける風が草木の鋭い青々とした匂いを運んできていた。

 ルミナは歩くタクミの斜め後ろで、道端の小石を蹴るようにしながら不安げに長い金糸の髪をすくい上げる。


「本当に、壁の外の村へ直接買い付けに行くの。街の商人たちはギルドの統括が怖くて、直接農家と取引なんて絶対にしようとしないのに」


「市場の商人を通すのは、輸送のリスクと手間を省くための手数料です。彼らが荷下ろしを拒むなら、運搬の過程を自分たちの足ですべて賄えばいいだけのことですよ」


 タクミの足取りは、荷がないこともあってごく軽やかだった。

 ギルドという見えない社会の圧力網であっても、物理的な物の生産場所そのものを隠すことはできない。

 三十分ほど歩き続けると、点々と小さな木立に囲まれた農村の入り口が見えてきた。

 家々の周りには家畜である大型の鳥が放し飼いにされており、のどかな鳴き声が木霊している。

 そして、粗末だが広大な畑の一角には、まだ鞘のついた紅魔豆の木が赤黒い実をたわわに実らせて連なっていた。


 農村の広場近くで井戸を使っていた小柄な老人に狙いを定め、タクミは静かに歩み寄った。


「こんにちは。いきなり押しかけてすみません。少し、畑の作物について伺いたいんですが」


 老人は水を張った木桶を地面に置き、陽に焼けて深く刻まれた顔のシワの奥から、怪訝そうな眼差しを向けた。


「あんたらかい。こんなとこへ街の若いのが来るなんて珍しいな。市場ギルドの使いにしては立派な服は着ちゃいないし、一体なんの用だ」


 職人ではなく農家の相手へのアプローチとして、タクミは取り繕うような態度は一切見せず単刀直入に語りかける。

 まどろっこしい言葉遊びは、土とともに生きる人間には不躾なだけだ。


「俺たちはルミナという名で焼き菓子屋をやっています。畑にある紅魔豆……そして、もしあればの話ですが、砂糖に代わるような甘い果汁が採れる作物を、市場を通さずに直接余っている分だけ卸してもらえないかと」


 その言葉を聞いた老人の眉間が、急激に険しさを増した。


「直接の買い付けだァ? こちとら代々の決まりで黒金の秤に全部一括で放り込むことになってるんだ。勝手に横流しして見つかりでもしたら、今後の冬越しの保証金を止められる。冗談じゃない、余所者はとっとと帰りな」


 強く片手を払うようにして拒絶を示した老人は、再び木桶を持ち上げようとする。

 その腰の曲がった背中からは、閉鎖的にならざるを得ない絶対的な制度への隷属の歴史が深く根付いているのを感じ取れた。


「待ってください。ギルドに納めるべき一級品の麦や良い野菜を安くくれとは言っていません。紅魔豆は元々規格外や家畜用の飼料として安く買い叩かれているはずでしょう。俺たちは、市場の選別から弾かれて廃棄される寸前の……いや、傷んで使い物にならない扱いの豆でいいんです」


 タクミの声は決して高ぶることなく、淡々と事実のみを紡ぐ。

 ギルドがあらゆる商品を管理しているとはいえ、売れないゴミまでは厳格に監視しない。

 市場で底辺価格しかつかない紅魔豆の、その中でもさらに弾かれもののクズ豆。

 それを買い取られれば、農家にとっては痛手にならないどころか、思いがけない小金になるはずだという計算があった。

 現に老人の手が止まり、ゆっくりと振り返った。


「見切り品の豆泥を、金を出して買うってえのか?そんな硬くて虫食いの豆なんて誰も食やしない上に、肥料にするにも面倒な代物だぞ。……それに、甘みのある作物とはなんだ」


「この農村の近くに、ツタのような形で黄ばんだ房をつける果実はありませんか。昔の図鑑で見た記憶の限りですが、水気が少なくて生食できない分、煮詰めれば強固なねっとりとした甘露になるはずのものです」


 その問いかけに、老人はひどく驚いたように目を丸くし、大きくため息をつきながら土の地面を指差した。


「……シトラの実のことか。あんな物は街の砂糖よりずっとえぐみがあって、煮詰める手間暇が掛かるだけのただの自生の雑草だ。誰もわざわざ取りまとめやしねえよ」


「それで構いません。傷モノの紅魔豆とシトラの実。この手押し車に乗る分だけ、現在街で引き取られている飼料価格の二倍の銀貨で買い取らせてください。これは飼料として私が個人的に消費するものです。取引の記録には腐敗による廃棄として処理できるはずだ。ギルドの役人は、泥に塗れたクズ豆の数まで数えはしない」


 腰元の袋から一枚の銀貨を素早く取り出す。

 光を帯びたそれを老人の足元へとは向かわず、井戸の縁へ静かに置いた。

 確証に満ちたその誠実な手順と金貨の響きに、老人はしばらく黙り込む。

 その後、ボサボサの頭をかきむしりながら村の奥へ向かって怒鳴り声を上げた。

 結果として一時間後には、虫食いや割れの目立つ紅魔豆の麻袋が三個と得体の知れない黄色いツタ植物の束、さらに農村で挽かれたばかりの粗ごしの小麦と新鮮な卵までもが手押し車へどっさりと積み込まれ、銀貨と交換されたのであった。

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