第14話「完全なる調和・そして未来へ開く扉」
店の裏庭。
寒風を和らげる背の高い木の下で、疲弊した異国の商人たちは所在なさげに身を丸めてすわっていた。
そこへ、お盆の上に黒々とした熱いどら焼きとそれぞれの数の小さな陶器の碗を乗せたタクミが姿を現した。
「お待たせしました。東の砂漠を歩いてこられた冷えと渇きを解くための、特製の組み合わせです」
碗から立ち昇るのは、彼らが経験したことのない深い濃緑色をした湯と、鼻の奥をしきりにくすぐるような高い焙煎の香りだった。
先ほどどら焼きのみを食べた隊商の長が、最初にそれへ口をつける。
唇に触れた瞬間に訪れたのは、強い苦味と直後のすかっとした心地よい渋みだ。
どら焼きの濃厚な甘みによって痺れていた舌の感覚が、その強い緑の湯によって瞬く間にきれいに洗い流され、清浄な状態へと強制再起させられるのを感じた。
「コレ、ハ……。ニガミガ、次ノアマイ快感ヲ、マタ呼ンデル……!」
男は再び手元のどら焼きへかぶりつく。
咀嚼の音が響き、ねっとりとした甘みが口内を満たした直後、彼はすぐさま二口目の湯を喉奥へ流し込んだ。
二つの相反する要素が口内で衝突し、互いの雑味を相殺しながら、清涼感と滋養だけを胃袋へ急速に送り届けていく。
強烈な苦味が舌を洗った直後、男たちの顔に驚愕が走るのを、タクミは静かな満足感とともに見つめた。
甘みと苦味が口内でせめぎ合い、互いを高め合う。
これこそが、彼が前世の厨房で幾度も追求し続けた、相反する要素の完璧な調和だった。
乾燥でひび割れていた隊長たちの顔に瞬く間に血の気が戻り、凝り固まっていた全身の筋肉にみるみるうちに熱と力が循環していくのが目に見えてわかった。
「スバラシイ……! アマルホドの甘サだというのに、ドコマデモ水ノヨウニ体が欲シテ軽クナッテイク!」
彼らはあっという間に三人で十数個のそれらと茶を平らげた。
つい先程までの疲労困憊の顔など嘘のような元気な大声で笑い合う。
そして彼らは深く深く頭を下げ、今度こそ正規の十倍の価値にあたる報酬を押し付けるように置いて力強い足取りで門を出ていったのだった。
それを無言で見送っていたタクミの隣に、片付けを終えた小柄なルミナがそっと肩を並べた。
「お茶の渋みであんこの強さを消すことばかり考えていたのに。……逆に甘みが深く、愛しく感じられるようになるなんて、本当に不思議な調和ですね」
「甘いだけでも苦いだけでも駄目なんだ。二つが交互に重なり合って、互いを支え合うからこそ人は無限にそれを食べていけるんです」
彼はふと、自らの言葉の響きにどこか一つの確信が宿ったのを感じて横を見た。
冬の柔らかな日差しが差し込む中、彼を見上げるルミナの瞳の中にも、今と同じ強い調和の光が映り込んでいた。
かつて路地裏で拾われた命。
紅魔豆の洗いを手伝い合い、商業ギルドの巨大な壁の前で共に震え、そしてこの新しい城で同じ炎の色を見つめ続けてきた毎日。
「……なんだか、私たちのことみたい」
ルミナがほんの微かな吐息とともに漏らしたその独白は、冬の冷気の中で嘘のない澄んだ形になってタクミの鼓膜を打った。
職人は自分の手で何もかもを作りたがるが、自身の背中や生活を支えてくれる存在がいなければ、新しい味を創り届ける場すら守ることができない。
「ええ。あなたが居てくれたから、俺のあんこは完成した。……この先どれほど遠く異国の人たちが相手になろうと、この店はルミナさんとなら絶対に揺らぎはしません」
強く確かな響き合いの中で、タクミの左手が静かに彼女の右の掌をすくい上げ、ほんの少しの力を込めて固く握りしめた。
握り返してきたルミナの十指には、どら焼きの皮に触れ続けた証である小さな温かいタコがいくつか形成されている。
タクミは、そのささやかな硬さを指の腹でそっとなぞり、彼女が重ねてきた努力の重みを肌で受け止めた。
あんこ商会へと列をなす客のざわめきが、表通りからどこまでも途切れなく木霊している。
ただ一人の和菓子職人が落とされたこの異世界への旅。
互いを決定的な調和で見出し結びついた少女と共に、甘い歴史を紡いでいくという約束の形を持って、最初の広大なる一幕を完成させたのである。




